“転生者”

 約束通り昨日と同じ時間に家の近くの川辺に来た。

 あの人はすでに待っていた。

 昨日と全く変わらない格好、同じ姿勢、もしかすると立っている位置まで同じじゃないか?


 そこだけ時間の流れが止まっているかのように、昨日と変わらない光景が目の前に広がった。

 しかし、昨日までの僕とは違う。自信と鋭気が全身をまとっていた。

 それもあって目の前の人物をじっくりと見ることが出来た。




 ……あれ? 

 よくよく注視するとフードの留め金に何か刻印されている。

 …この文字って……




「……ほう、約束通り来るとはな。てっきり来ないものと思っていた」


「…正直なところ来たくはありませんでした。貴方様には全てを見透かされそうで恐いですから。まぁ、来なかった場合、どのみち貴方様の方からいずれ逢いに来られるようになるよりかは、こちらから赴いた方がいいとも考えましたので」


「はっはっは! 昨日の帰り際の態度とは違い素直ではないか。では、早速お主に聞きたいことが…」


「お待ちください。私も聞きたいことが出来ましたので、この場に参りました。ご無礼とは存じますが、先に質問する許可を頂きたく存じます」


 僕は上位の者の言葉を遮る無礼を謝りつつ、自分の要望を伝えた。だが、正直なところこの人は上位の人ではない。

 上位の地位にいた人で、実力はあるにしても今は逃亡者だ。本来なら僕は礼節を示す必要がないが、僕はあえて礼を持って相手に許可を願い出ている。

 これで相手が断るならば、それは明らかに相手が礼に欠く人物だ。

 だが、この人はそんなことはしない。それも分かっている。

 昨日の帰り際の親切心からも礼節を心得ている人だ。




「ほう、よかろう。何なりと答えよう」




 ……きたっ! この言葉を待っていた。

 相手を困らせる、僕をドン引かせる、そして意趣返しが出来るこの質問を投げかけた。




「では、お聞かせ願います。?」




 ───その瞬間、周りの空気が変わった。




 フードの奥深くにある瞳が間違いなく僕を見ていた。

 その目は見極めるような、警戒心を隠そうとしない鋭い眼孔で睨みつけてくる。

 突き刺さるような視線に晒されるだけで、僕の身体は重くなり自然と自分の意志に反するようにこうべが垂れ、そこから自分の右足が地面に勝手に膝をつき、身体がガクッと落ちた。

 左手は片膝を立てている左足に自動的に動かされ、それは臣下の礼を取るような姿勢になった。


 ………何だこれッ!? 

 明らかにあの瞳が僕の目を捉えた事で自分から膝をついてしまった。僕にはそんな気はさらさらなかった。

 それにも関わらず僕の身体は自然と動き出していた。この人にはこの態度でなければならないとでも言うかのように…。




「……我が威を受けてもそこに留まるか。…なるほど、見事だ。おもてをあげよ」




 上げたくもない顔を上げて再び視線が合う。

 だが、先程の警戒心に染まっていた瞳が、好奇心に満たされていた。 

 何かを見極めるかのようにまじまじとこちらを眺めている。




「お主を認めよう。お主を我が弟子とする」


「はい?」




 語尾の“い”が思いのほか上がって声が出てしまった。

 間違いなく疑問系の声を出している。先程まで自分の身体を思うように動かせなかった反動からか、大きな声で聞き返していた。

 ……まずいよ。この人あからさまに変な未知なる力を使ってきているし…やばいやばいやばいッ!!


「…ふむ、すぐに自我も取り戻しておる。間違いなく弟子にしたほうが良さそうだ。……とは言え、あまり時間は残されてはいない。私がお前に伝えられる情報もかなり限られている。かなり短期的で僅かな術しか指導は出来ないがやむを得まい」


 何がやむを得ないのだろう。

 とりあえず反論だけはしておかなければ、なりたくもない弟子になってしまう。

 

「お断りいたします。私のためにこれ以上、貴方様の貴重な時間を無駄にしてはもったいないと思います。そして何より、先程の私の質問の意図をご理解しておられるということは、その反応を観て明らかです。貴方様は理解した上での対応だと思いますが、それが貴方様のご返答であるならば、この話を私自身が受けたいとは思いません」


 あの質問の意味…それは相手が僕に対して知りたいと思っていた事を、そのまま相手にぶつけたのだ。それは暗に、“こちらの事情を知りたければ先にそちらのことを教えて頂きたい”という意味を含んでいた。

 もしこの人がそれを断るなら、この人はその質問を僕にすることは出来なくなる。僕が質問をして自分は答えないのに、その質問をこちらに投げかけても僕はその質問に答える義理は無くなるのだ。

 この質問で昨日の最後に逃げ場のない状況を作ったこの人に対して、僕がこの人に逃げ場のない質問、要はこの人の最も知りたい事を知らせないという意趣返しも兼ねていた。

 この人は“何者でもない”という曖昧な答えをする程、自分の事を知られたくないから降りるしかない……そう思ってた。


 小さな子供の僕が、こんな意趣返しをするなんて気持ち悪いとドン引かれたはずなのに、何でこんな事になっている。

 それも何やら変な強行手段にも出られてまで………解せぬ。

 だけど、それらの意味を全部無視したこの人の対応に僕は喜んで従うわけがない。

 不誠実な対応に誠実にこたえる必要はないんだ。




「何を言っておる。この話しはお前にも利益があるはずだ……お前は転生者なのだろう?」


「え…?」



 

 最後の一言は僕を黙らせるのに、話しを聞きたいと心動かされるのに十分な言葉だった。


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