第20話 嫉妬

 合宿所の外は暗い。


 美帆が空を見上げると、満天の星空が見えた。

 星空は、星空だ。

 わたしの知ってる星空と、美帆の目を通した星空は同じだ。


 美帆が空から地面へと目を動かす。グルンとする。

 自分の意に沿わず、視界が大きく動くというのには慣れない。一瞬、方向感覚が失われる感じがして、くらっとする。目眩を起こす体はないからいいんだけど。


 地面から街灯の下でタバコを吸っている下原先輩おとうさんに視線が動いていく。そして、ゆっくりと近付いていく。

 美帆おかあさんの体は、鼓動が早くなり、緊張している。


 面白いな、と思う。


 麻友と二人でいる時の美帆の感覚はいつも通り。時々、麻友の表情や手の動きに美帆のドコカが反応して、体がほてることがあるけど。



 ねえ、美帆は、どっちに恋をしているの?



 美帆の中でわたしは尋ねる。

 でも、もちろん、美帆にわたしの声は聞こえないから、答は分からない。

 そして、わたしは結果は知っている。

 美帆おかあさんは、下原先輩おとうさんを選んで、永遠の愛を誓って、わたしを産んで、


 別れる



 つまり、美帆が恋を成就させるのは下原先輩ということになる。

 でも、今の美帆は麻友にも複雑な感情を持っている。多分、麻友もだ。

 麻友は麻友で美帆と下原先輩の関係を知っていて、応援している。

 今だって、美帆と下原先輩を二人にしてあげようとしたのは麻友だ。

 そして、わたしの知る限り、美帆の未来に麻友はいなかった。


 三角関係なのに、三角が形成されない。


 目の前で展開される、この3人の形は不安定でいびつ、だ。

 ま、それを美帆の中で眺めているわたしがイチバン歪なんだけど。



「先輩」

 美帆に気付いた下原先輩は、すぐにタバコの火を消して美帆を見た。この時代、タバコを吸ってる人が多い。大学構内も合宿所も廊下に灰皿が普通に置いてあって、建物内や室内でタバコを吸うのが当たり前だ。

「なんで外で吸ってるんですか?」

「気分転換で休憩」

 下原先輩は撮影係だ。

 8mmカメラで、絵の書いてある紙を写真で撮るように撮影している。シャッターはコードで繋がったスイッチみたいなの、レリーズだっけ、を使ってた。1枚を2回撮影したら、ブレないように注意しながら紙を交換する。紙は何百枚とあるので、撮影班は、ひたすらその作業を続けている。しかも、撮影は慎重さが必要な作業なので、美帆と麻友の色塗り班の作業の方が楽そうだ。


「撮影、大変ですもんね」

「全く。変わってよ」

「コマ撮りは、あんまり興味ないんで」

「せっかくカメラ買ったのに」

「普通の撮影なら、いくらでもやりますよ」

「美帆は、時々意味分かんねえな」


 ああ、この後は、いちゃいちゃすんのかな。

 将来、離婚する二人のラブラブな会話を聞かされる娘の身になれるものならなってほしい。

 聞いてられないので、意識を跳ばそうか、と思う。


「最近、浅野さんと仲いいね」


 下原先輩が、麻友の名前を出したので、意識を跳ばすのを躊躇って、やっぱり二人の会話に耳を澄ます。

「美帆が俺と一緒にいる時より楽しそうで妬ける」

「はあ?」

「サークル来ても、いつも一緒にいるし」


 下原先輩が拗ねているようだ。

「そんなこと……」

 そんな下原先輩の顎を見ながら美帆が呟く。視界には、少しだけ伸び始めのひげ。触ったらぞりぞりしそうだなって思って、昔、お父さんに顔を擦り付けられて、きゃあきゃあ喜んでいた幼稚園の頃を思い出した。

「……ありますね」

 美帆、そこは、そんなことない、って否定するところだよ。

「わたし、麻友と一緒にいない方がいいですか?」

「そんなことは言ってないし、言わないよ。友達でしょ」

 友達にヤキモチ妬いてるのは下原先輩の方だよね、とわたしは突っ込む。誰もボケてくれないけど。


「わたしは」

 美帆は、下原先輩の顎から目に視点を動かす。それに下原先輩が気付いて、美帆と目を合わせる。


「下原先輩が、……好きですよ」






 また世界が暗転した。







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