わずか8mm幅の恋
うびぞお
第0話 映像
何故だろう
画面に惹きつけられて離れられない
いつもだったら、
首筋やうなじには、まだ
最初に体の中で揺らめいた、蛇のような欲が、今は何処にもいなくなった。
それくらい、この古い映像から目が離れない。
なんで?
全然、面白くなんかないのに。
わたしだけじゃない、
リモコンの再生ボタンを押した時には、わたしの気を逸らそうと、わたしの首周りで遊んでいたのに、多分、
ディスプレイに映されてるのは、ざらついた色褪せた画面だった。
ふだん見ている映像より、ほんの少しだけぎくしゃくした動き。
黒い細いホコリのようなものはフィルムの汚れだろうか。
映っているのは若い女。
整った切れ長の目の美女。少しきつそうな顔つきだが、楽しそうな笑顔を浮かべた時だけは幼く見える。
黒のロングヘアが海風でなびく。コートと髪が一緒に踊るように翻って、その隙間から海からの反射が透けて光る。
海辺ではしゃいでいるみたいだ。
フィルムのせいで海の青も空の青もくすんだ色だけれど、よく晴れた日であることは分かった。
声は入っていないものの、彼女の笑顔からはからからと楽しそうな笑い声が聴こえてきそうだ。
音は、当時流行っていたらしいバラードだけがBGMとして入っているだけ。
その音質も余り良くはない。
海の映像の合間合間に、別の機会に撮ったらしい女の色々な表情や、手や顔のパーツのカットが差し込まれている。衣装や背景が変わるだけでなく、アップ、ロングとカメラワークも変わる。怒ってたり笑ってたり、くるくると表情が変わる。そして、カメラマンと目が合うと照れ臭そうに微笑む。
カメラマンは、どれだけたくさん、彼女を撮影したのだろうか。どんな思いで撮ったのだろうか。
そして、彼女もカメラマンと親しいのだろう。カメラ目線のときの無防備な彼女の笑顔がそれを語っている。
そして、彼女が大きく動いたためにピントが合わなくなった上に、画面から外れてしまう。
すると、カメラマンから怒られたのか、片手で拝みながら、ぺこっと謝って、彼女はちょうど良い位置に戻ってくる。「ここでいい?」とその唇が動くのが分かった。
波打ち際に立った彼女が、口を大きく開けて、「おいで」と唇を動かすと画面がぐらぐらして、それからピタリと止まる。
どうやらカメラが固定されたらしい。
彼女の隣にトコトコと、セミロング、キャメルのダッフルコートを着たもう一人の女が現れた。
キャメルの女が両手で顔を隠すが、彼女がその手を外す。彼女は女を揶揄うように笑いながら、カメラを指差している。
ほら、カメラ見て。
その唇がそう動いたように見えた。
どうやら女はカメラマンらしい。
二人は、カメラから大きくフレームアウトしないようにしながら、波打ち際でじゃれ合うように、見つめ合って、何かを話している。
かなり親しい関係にあることが見て取れる。
二人とも嘘のない笑顔だ。
砂に足を取られてよろけたカメラマンの女を彼女が抱き止めた。
カメラマンの女も彼女の腕をしっかりと掴む。
どちらともなく、互いに視線を向ける。
その眼差しに漂うもの。
女が彼女の頬に両手を当てて顔を近付けた。
彼女が目を細めた。
映像はそこで終わり、黒い画面に音楽だけが流れた。
思いを伝えられなかったという、
その歌詞が胸に響いた。
Still love her
エンドロールはそれだけ。
それは、この映像のタイトルでもあるようだ。
エンドロールが消えて、映像が終わった。
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