第2話
好き過ぎて、泣いちゃうくらい。
清らかな塩水が1滴、ほろりと流れた。
コードネーム『 雑草 』と名乗る変人男子から、短く悲鳴をあげると、左目に傷がある男が遠ざかった。
ビリビリ草。ボンボン草。時爆草。べどべどん草。
「もうすぐお別れだ……。まさか、こんなことになるなんてな」
「あ、兄者……なんかこいつ人んちの店の前で雑草植えたあと泣いてるみたいですぜぇ」
左目に傷がある男が兄者と呼ぶ店主に耳打ちする。
頭に身に着けているタオルから生やした(?)雑草をほろりと泣く度に揺らすザ・変人男子。傍で見ると歳は十四、十五くらいに見える。
「ああ。そ、そうだなすっごい愛着があったんだろうな。ていうか、テメェほんと誰だよ」
兄者と呼ばれた店主が思わず同情しそうになりながら問う。
「クッ……俺のコードネームは『 雑草 』だって言ってるだろ! 大体さぁ、あんた等がもっと早くからギルド任務に申請しといてくれたら、俺の懐で育てた可愛い可愛い雑草達をこんなちんけな店の前に植えずにすんだのにッ」
フード服前と膝下くらいのズボンに付いているポケットたち。僅かにスッポリ抜かれた跡を残してある、ポケットの中の土を見えるように。渉がポケットを前に突き出し強調した。
「なんかこいつ切れやがったぞ。つか、ちんけって言うな。俺も同感だけど思ってても兄者には言うな」
兄者店主の店は看板も屋根も捲れあがっていて、お世辞にも綺麗とは言い難い見た目だ。
「てめぇは、黙ってろ。俺が聞いてるのは本名だ」
弟の頭を人殴りし、気絶させ地面にくたばらせた。徐々に紫になったコブを見て思ったより強かったのかもしれない。
渉はため息をついた。
雑草に少しでも同情してくれたら、見込みのある依頼主なんだけどな。そしたら、喜んで受けるんだけど。今回は例外だ。アイツとの初任務だからな。嫌だけど。
いちいち答える義理はないと思い、俺はフンッとそっぽを向いた。
ふと視界の先に埋めた雑草が写り込み、また涙腺が緩んだ。
「うう……俺の約一年共にした雑草兄弟よ……」
「ズズズッ……それは、悲し過ぎるぜぇ……」
俺は間違っていたのかもしれない。
隣を見ると鼻水をすすりながら涙している兄者店主がいた。
そう。雑草に同情を。こいつは見込みのある依頼主だ!
ザ・変人男子と兄者店主がお互いの手を強く握った。
「俺の本名は
「そこまで聞いてねぇ」
どちらかと言えば顔はイケメンではなく、そこそこ可愛い顔をしている。黒髪の髪はツンツンはしているどころか真逆のマッシュ。土と雑草をフードとズボンの全てのポケットなどに入れている? いや、生やしてる? のに動きやすいもくそもあるのか。
突っ込むのも面倒くさくなって、兄者店主は口に出さない事にした。
「お前ギルド依頼できたのか」
渉と名乗った、ザ・変人男子が頷いた。
渉の所属ギルド、『ウォーターフェアリー』は水の国の東部の『ゲルダ』という街にある。そこから右の数キロ先に草の国があり、その国境入口は草の国独特の巨大山脈『モーリーモーリー』に囲まれている。水の国に近く、最も西の山頂にある小さな村『ツルガ』に兄者店主の店がある。
そして、兄者店主の依頼。それは、一日限定店番だった。
「ギルドを成り上がらせた『 雑草 』、どんなやつかと思ったが……。テメェがこんな仕事引き受ける必要ねぇだろ。こんな仕事って言える立場じゃねぇけどよ」
「そう?」
見た目はこんなやつでも、世間をさわがす程凄い奴なんだ。きっと凄い魔法が使えるんだろう。こんな屁でもねぇ仕事を一人で引き受けたのは、日頃の仕事の息抜きとかなんだろう……。兄者店主はそう考え、一人で納得した。
「でも、俺は一人じゃないよ」
「店番くらい一人で出来るだろッ」
後で、もう一人来るんだ。そう言いながら耳を塞いでいたが、少し遅かったらしい。耳がキンキンする。
「だけどギルドに依頼するほど、治安が悪いってことだよね? それに、俺。5リットルの水しか出せないし……」
「…………くれぐれも二人で頼んだぞ。特にこの辺では『ゲリラ』と名乗る連中には気をつけろよ。それにしても、テメェ。本当にあの『 雑草 』か? それによぉ、依頼は今日じゃなくて明日だぞ」
渉はニヤリと笑った。
「だから、今日来たんだよ」
泥棒の一人も倒せなさそうだと疑いの目を向ける兄者店主をよそに、渉は能天気だ。
アイツは、明日にでも到着するだろう。
「そうだ。今日はここに泊まるよ」
「勝手だな、ああ?! まぁ仕方がねぇからここに泊まれや。宿泊代はしっかり報酬金からいただくからな」
兄者店主はジケルと名乗り。くたばった弟はシェゲルだぞうだ。
シェゲルは目覚めると仕事があるからと店を去り。ジケルとは夜遅くまで話し込んだ。そして、借りた部屋に戻る前に店の前に埋めた雑草の元に向うと、地面に雑草を増やした。植えなかった残りの雑草だ。
夜少し離れるのは寂しいけど、気付かずに寝返りをうち踏み潰すよりかはマシだろう。
植木鉢があればもっと近くで睡眠につけたのに。そう思いながらベッドに寝転んだ。
いつも通り、こんな任務すぐに終わらせて帰ろう。
渉はゆっくりと眠りについた。
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