第34話 確保
がーがーといびきを立てて全裸で寝ている一部除けば見た目は美女がここに一人。
そしてそれを見下ろす男がここに一人。
その周りに散らばるのはタッパーの残骸や袋の残骸、そしてアルコール臭がするガラスの破片。
そして開きっぱなしの冷蔵庫と冷凍庫、そして年数の浅い酒を保存していた貯蔵庫。その全てが空っぽになっている。
1週間、当人としてはそこまで長い時間を空けたつもりもなく、セキュリティとして秘密を守らなければならない場所には立ち入られてはいないようだ。食料だけに目をつけたのか他の場所へは目がいかなかったらしい。
それはそうと、今まで数年単位でため込んでいた食料の99%が食い荒らされていた。
よく見たら家具も破壊されていたり、爪を研いだ後があったり、何故か齧りついた歯型まで付いていた。
この惨状を作り出したのは目の前でいびきをかいて寝ている奴しかいない。
堂々と盗みに入り、堂々と食い荒らし、堂々と自分の家の様に眠りこけている馬鹿を叩き起こさなければならない。
今までアルコールを摂取したことが無かったのか、酔っ払いの様に顔を赤くしてむはーと酒臭い息を吐き気持ちよさそうに眠っている。
音をたてないように男は工房の扉を開けて。
「コード・メタルリキッド。追尾モードで」
パンドラの箱を起動させた。箱となっていたナノマシンの集合体は銀色のスライムの様に半ゲル状のような何かになって男の後ろをついていく。
「待機モード。指示あるまで端に」
声を出して命令しているが、美女は目が覚める様子はない。どうやらこの安全地帯が相当お気に召したようだ。
残念ながらダンジョン深層に安全地帯など存在しない。安全と思っていた中層と深層を繋ぐ階段でさえ罠が仕込まれてあったのだから。
銀のスライムは指示通り端っこまで音もなく寄ることで準備は整った。
幸せそうに眠っている馬鹿を、今こそ叩き起こす時。
「起きろこの馬鹿が!」
「ぐぅ?ごっ!?」
美女の足を掴み持ち上げ、胴体が浮き上がった瞬間に足を話して胴体を抱え込む。そのまま眠りから覚めかけた美女をさらに持ち上げて一直線に地面へ頭から落とした。
プロレス技のパワーボムである。
その一撃は美女、その正体は人間に擬態したキメラであるためここからはキメラと称す、キメラの8tもある体重も合わさり壮大な威力となって床を砕いた。
流石に気持ちよくして油断していたところにっ入ったダメージなのか、キメラは即座に抵抗できなかった。
だが、攻撃されたことは理解したのか頭を打ち付けられて数秒後に体を後転させて立ち上がる。
肉体のそもそもの重量の差であっさりと起き上がられてしまう。ホールドした腕は既に離されており、男ことケンと向かい合うことになる。
「があっ!」
酔いは抜け切っていないがキメラは家主が帰ってきたことを理解して即座に襲いかかかる。
超重量級でありながら音を軽く超えた速さで、鋭い爪と腕力を振るいケンを切り裂こうとする。
その攻撃は僅かに身体をずらしたケンのせいで外れた。紙一重とはいえ普通なら即至級の攻撃を確実に見切ったこの男の眼は何を見るのか。
「ぐるるる…………」
「獣の如く、か。いや、そもそもお前は獣か」
交わされたことで一度距離を取り、その場で円を描く様にじりじりとお互いに回り始める。
キメラは両腕を大胆に広げてその胸に獲物を誘い込まんとし、大してケンはコンパクトに両手を構えたファイティングポーズをとる。
言ってしまえばどちらも反撃に備えたようなポーズをとっている。
無理もない、ケンは自身の肉体が自分自身ですら破壊することのできない強固すぎるもの。大してキメラはケンよりも遥かに劣るが耐久力はそれなりにある上にナノマシン捕食によるどのような状況にあっても再生可能というお互いにふざけたチート性能を持っている。
故に厄介な相手に対してお互い無理に攻めずカウンターよりの動きを取ってしまうのだ。
そのことに先に気づいたのがケンだった。
そもそも防御力自体がカンスト超えて限界突破、それをさらに何条も重ね続けた理論上ブラックホールすらねじ伏せかねない可能性を叩きだした存在であるため、こうなった以上はこちらから攻めるに限る。
そう思っていた時だった。
「がうっ?」
そこに落ちてあった元食材の入っていた袋を踏みつけキメラが後ろに足を滑らせバランスを崩した。
未だにバランス感覚が十全でなかったキメラはそのまま後ろに倒れこんでしまう。
「捕縛モード、対象四肢!」
その隙を逃さないケンは瞬時に接近してキメラの胸の谷間を厚底靴で踏みつける。
重心を瞬時に見抜かれ的確に押さえられた上に突然停止していたナノマシンのスライムが四つに分裂、キメラの四肢を包み込み密着した状態で地面に杭を打つかのように刺さる。
「拘束完了。まさかこんな簡単な形で捕まえられるとはな」
「がうっ!ぐるるっ!」
抵抗しようにもガッチリと拘束された四肢は全く動かない。ナノマシンの集合体が自重だけでなく小さなジェット噴射装置のようなものが作られており、さらに押さえつけようとしている。
踏みつけている足を退かそうと胴体を上下に動かすが、カメラも思っている以上に重い乳房が揺れるだけでしっかりと押さえつけられている。
「こいつは…………何だ?人型のモンスターとはいえここまで露骨な奴はいなかったはずだ。それに顔立ちも整ってるから地上で話題にならない筈がない」
「がっ!がっ!」
「人の言葉喋れるか?」
「がぁーっ!」
「野蛮過ぎるだろこいつ」
野蛮と言ってもモンスターであるため人間性は期待していない。もし話せるなら事情を聴けたりしないかなという心にもない期待を込めて言っただけである。
とはいえこのモンスターの正体に心当たりが無いわけではない。
「お前、やっぱりキメラなんじゃないか?何故擬態を解かない」
「がっ!がっ!」
「噛みつこうとするな」
「ぺっ!」
「つばも吐くな、待てこれ毒液じゃねえか」
尖った前歯で寄ろうものなら噛みつこうとし、それが出来ないなら唾を吐いてくる。質が悪いことに攻撃用に毒液を吐いてくる。
一切臆せず敵意を見せ続ける姿勢から間違いなくキメラだということをケンは確信した。
「あれがどうなってこうなるんだ?」
上から下までじりじり見てそう呟く。
でかい、女性という特徴をとらえた顔つきではあるが筋肉はシルエットを逸脱しない程度に細く、されどゴリラというには細すぎるくらいでちょうどいい感じと言える。
そして特徴的なのは胸、乳房が爆乳と言って過言ではないほどの大きさで両手で鷲掴みにしても有り余る大きさと言えよう。
下の方へ視線を向けていく。腰のくびれは残っているがしっかりと八つに分かれた腹筋という人間では以上に鍛えなければできない領域を平時として備えている。
そして股の方に視線が行く。
勃ってもいないのに何という立派な棒と玉があったとだけコメントを残しておく。
「雌雄同体は間違いないか。遺伝子異常というべきか何なのか、詳しい奴に話を聞くしかないか」
そう言ってポケットに仕舞ってあった端末を取り出しカメラモードに切り替える。
「はい、チーズ」
「ぐるああああ!」
とりあえずキメラと一緒に映る形で自撮りをした。
その映り具合は悪くない。全裸で四肢を拘束された上に踏まれている美女と何の変哲もない男が映りこんでいるという犯罪に近い写真が撮れた。
「さて、あて先は…………普通に教祖様へって送り付けてやるか」
その宛先は150年前に設立されたカルト的な教団。ダンジョンが発生して50年が経過して文明が一時滅びかけた頃に出来た、とある人物を崇め奉る新興宗教、にしては少し年月が経ち過ぎたものである。
ネットが復旧した現在でも活動は続いており、欧西諸国を本拠地にして活動している。
もちろん、様々な懺悔や支援を受けるためのプラットフォームもあるため誰でも気軽に入信できたりする。
「があっ!ぐるるるる!」
「唸るなって。今、文言考えてるんだから」
そう言いつつも端末を捜査する手を止めない。フリック入力で文字を入れていき、終わった送信した。
「さて、こいつをどう調理してやろうか。核融合炉にでも突っ込むか?」
「ぐるるる、があああ!」
何故か一向に擬態をやめないキメラに警戒しつつ思考を続ける。
そして、とある一つの案を思いつきニヤリと笑う。
「おい、言葉が分かる前提で話すぞ」
「ぐるる…………」
「お前は俺を殺したい、それは合ってるな?」
その答えには返事はなく、ただ抵抗しようと体を上下に揺らして拘束から逃れようとする。
「ならいいことを教えてやろう。実は俺、死ぬ手段を考えている」
「があっ!…………ぐぅ?」
何を言っているんだこの男は、と言わんばかりのきょとんとした顔になった。どうやら話は一方的にだが通じていることは確定した。
それだけ進化が進んだのか、それとも人間を喰って得た能力なのか。
「お前のことを教えてくれ。そうしたら俺のことも教えてやる。取引だ、分かるか?」
「がう…………」
何やらこの言葉を聞いて意思が揺れている様子。そういえばキメラだったので頭は三つあったはずと思ったが、もしかしたら今の時点で脳が三つあって脳内会議をしているのかもしれないとケンは結論を簡単に叩き出した。
「お前の喰い散らした飯のこともある。ちょっと貯蓄を賄ってくるからそれまで大人しく考えておけ」
胸の谷間に置いてあった足をどけ、そのまま開きっぱなしの出入口へ足を向ける。
「答え、待っているぞ」
それは言葉でなのか、それとも行動でなのかは分からない。
四肢を拘束しているとはいえ擬態次第で抜け出すことも容易なはずだ。もしかしたら自分がいることでキメラのプライドを刺激しているかもしれないということで、あえて一時的にこの場を去るのだ。
その選択はどう出るのか分からない。
ただ、ここにきてキメラに新たな選択肢が出来てしまったことが一番悩ましいのだ。
「ぐるる…………」
どうするのか、どうしようか、キメラは頭の中で会話を続ける。
この男が何を考えているかは分からないが、死にたいのなら喰らってやる。なのに何故抵抗するのかは分からない。そういった矛盾がキメラの脳内会議が終わらない理由となる。
男が持つ『死』への望み。何が原因でそうなるのかは当人のみぞ知る。
「がああああ!」
それはそれとして拘束は解きたいので必死に抵抗だけは続けるのであった。
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