第30話 魔力とは


「ようやくだ、完成したぞ」


 ケンは目の前にある機械の前で腕を組んで頷いた。そう、念願の監視装置完成である。


 魔力の扱いにはかなりの苦戦を強いられたが、魔力を纏ったしなる金属という思わぬ突破口を見つけたことでようやく作業が進むことになる。


 そこからトライ&エラーで何度も繰り返して数か月、ようやく使えるものとしてダンジョン内で使える通信機器を手元に用意できたのだ。


 端末に比べたらサイズや重量が大きくなるが、壁の中に埋め込むことで大規模な破壊や改修が無ければそれなりに持つと思われる。


 この監視装置の性能として、ダンジョンの端に存在するケンの自室から反対側の端まで電波が届くという初めてにしてはかなりオーバースペックなものである。


 そして、監視装置に映し出されるのは白黒とはいえ滑らかに映し出せる動画である。


 もちろん24時間監視可能の超小型永久炉を仕込んだ逸品である。流石に盗られるといけないので監視装置自体が破壊された際に自壊するというセーフティーは付けてある。


「さて、どこに設置しようかな」


 第一候補として植物の群生地。肉食獣とはいえ上には勝てないのでよく植物を食べにくる。そして食べに来たモンスターを狙って身をひそめるモンスターもいるという食物連鎖が出来ていたりする。



 生態を観察するのと同時にどの種族のモンスターが成長傾向にあるのか確認するため、完成品第一号はそこを真上から監視できる場所へ設置することにした。


 真上からなら見つけられても襲い辛いだろう。なんたって跳躍等の過程が必要で天井を一度破壊しなければならないのだから。


「善は急げ、早速行くか」


 装置は片手で持てるとはいえそこそこ大きいのでリュックサックの中へ仕舞い、そしてハンマーと剣のいつも使う武器を持って自室を出た。


 そこから先はいつものように探索である。


 体長10mある蛇型モンスターが現れては切り裂き、体調10mはある蚯蚓型モンスターをハンマーで殴り飛ばし、幽霊型が何故か押し寄せてくる。


 とはいえ魔力を持たないケンの横を通り過ぎるくらいしか奴らに出来ることは無い。精神攻撃も魔力を介してのものなので効果はないし、魔力をかまいたちの様に飛ばしてきても剣で物理的に壊されてしまう。


 なので周囲でしばらく漂っていてもケンから攻撃を仕掛けようと剣やハンマーに魔力が籠っていないためどうしようもできなかった。


 『とっておき』を使えば消滅は出来ただろうが、今は監視装置を置くことが最優先なので無視して進んでいく。


 やはり、魔力とは不思議なものだと彼は思う。


 実態を持たない存在を物理的に可視化させることが出来るだけでなく、疑似的な生命反応すら見せることが出来るという謎のエネルギー。昔から存在していたとはいえ極々微量、それもさらに極一部、当時から約60億人いた人口のうち1万人程度が保有しているというほど希少だった。


 それを地脈という形で引き出したり、自身の体内で生成したり、周囲の感情や欲望を満たすために発せられる生体エネルギーから変換する…………などケンからしたら科学的に解析できない意味不明な方法まで存在していたりする。


 科学は限界突破し、肉体は極振りを超えて天元突破どころでは済まないレベルにステータスが振り分けられているからこそ触れられない領域があるのだ。


 それが気づけば地上の人間全て魔力持ちという、置いてかれたような気分にはなる。


 ただし、十全に使えるのはほんの僅かだろう。


「よし到着っと。まずはこれを埋め込むか」


 高さある天井へ跳躍して拳で砕く。砕けた天井は破片を飛び散らせているが、即座に修復しようと周りの部分が集まっていく。


 完全に修復する前に監視装置を砕けて出来た穴の窪みに入れ、カメラに当たる部分のみ露出させるように工夫する。


 この時、何故地面に重力で落ちてないのかというと、天井を砕いた手で僅かな凸凹に指をかけて貼り付くように止まり、天井が修復するまで掴んでいたからだ。


 埋め込みが終わると彼は地面へ着地した。


 修復された天井を見上げ、上手い形で監視装置が埋まったことに満足して頷く。


「ようやくだ、いちいち巡回するのも面倒になってたんだ。これで必要時以外に行かなくていい範囲が出来るのはありがたい」


 これは紛れもなく本音だ。本来なら機械の開発に時間を掛けたいケンだが、仕事のこともあって探索の際にはほぼ必ず全域を回らなければならないのだ。


 のんびりしていたら24時間経つのは当たり前。早く終わっても10時間はかかる。


 超人的なスペックをもってしても曲がり角が多く、隠れた道も分かれ道も探索しなければならないため非常に時間がかかる。


 ドローンみたいなAIを乗せた機械を飛ばせばいいと言っている者は思い出してほしい。ここは常識の通用しないモンスターが住み着く魔境ということを。


 小さくてカモとしか思えない金属が浮いていたり地面を走っているとどうだ。そんなのじゃれつかれてすぐに破壊されるに決まっている。


 そのことを予見して固定式の監視装置を作ったのだ。


 仕事が楽になるだけ時間を作れる。それは彼にとってとても喜ばしいことなのだから。


 そんな感じでいつもより浮ついて探索を続ける。


「妙だな、時期的にクソキメラが襲い掛かってきてもいい時期なのに」


 ここ最近、1週間はクソキメラのことを見ていない。あの好戦的な獣が姿を見せないのは妙に違和感がある。


 流石に200年も経てば相手がどのようなものか理解するのだろうか?それとも遊ぶのに飽きたのか?


 クソキメラだけは野放しにすることは出来ない。伊達に200年も相手をして常に何らかの成長を見せ続けているモンスター相手に妥協は許されない。


 だが、くまなく探したつもりだがキメラの姿はどこにも見当たらない。


「あっちこっち歩き回ったのに居ないとはな。俺から逃げ回っている?そんなことはないか」


 仕方なしに探索を打ち切った。このまま探し続けても、逃げ回られていたらどうしようもない。追いつけるかもしれないが希望的観測で物事を図るのはダンジョン内で最もしていけないことだ。


 自室に戻ると監視装置がキチンと動いているかの確認だ。


 一緒に作っておいた大画面モニターの前に、柔らかなソファーに座り観察を始める。


 映し出される天井から見おろした植物畑。野菜だけでなく謎の薬草も生えており、効果も製法も成分も完全に未知のため摘んだところで完全に持て余してしまうのだ。


 食料として最低限しか採っていないせいかどれだけ経っても分からないことは多くあったりする。


「早速動きがあるな」


 何故か草の生えている場所が揺れ始める。何が起きたかを観察していると、土の部分が突然盛り上がり始めた。


 そして、そこから生えた・・・のは緑の醜悪なモンスター。


 定番のゴブリンである。


「…………マジかよ。畑で採れるって噂は本当だったのか」


 これはネット上に転がっている都市伝説から拾った言葉である。昔にも似たような言葉があったが、これだけは毛色がやや違う。


 本当に畑から採れるのが本当のことなら事実上無償でモンスターを提供しているようなものだ。放置しておくとゴブリンであふれかえり、ここではないダンジョンで質の暴力としての脅威として成り立ってしまう。


 それにしてはおかしい。今までゴブリンがこのように湧くならば深層で一度は見かけるはずだ。それなのに、実は今まで見たことが無かったのだ。


「なんで植物の世話なんかしてるんだよ」


 疑問に思っていた矢先にゴブリン達は近くの水源へ一直線へ走り出し、その手に水を汲んで戻り植物にかけているではないか。


 その姿はまさに世話人。いかにも人を殺しそうな顔をしているのに植物の世話とは予想外だった。


 深層のゴブリンは思っていた以上に穏健なモンスターなのかもしれない。


 だが、忘れてはならない。ここは獰猛なモンスターが住み着く魔境だということを。


 せっせと植物の世話をするゴブリンだったが、背後から音もなく近づいてきた蛇型モンスターに悲鳴を上げる間もなく丸呑みされた。


 それを見た他のゴブリンは逃げ惑うが、一匹だけで満足したのか蛇型モンスターは去っていく。


 不幸はこれで終わらない。続いて襲い掛かってくるのはゴーレムと呼ばれるモンスターだった。


 正直、何の目的で存在しているのか分からないモンスターなのだが、生きとし生けるものを憎んでいるのか動物を際限なく襲うらしい。その証拠にゴブリンが大きな手に叩き潰されて赤い滲みと化した。


 ゴーレムはこの場にいるゴブリンを全滅させようと暴れた。ばったんばったんと踏み荒らし、新たな赤い滲みを何度も作り出した。


 10分もしないうちに虐殺は終わり、辺りの植物は荒らされ血と肉片が飛び散らかっていた。


 むごい、というのは当然だろう。やることだけやってゴーレムは重い足音を鳴らしながら植物の園から立ち去って行った。


「何を見せられてるんだ俺は」


 儚い深層ゴブリンの一生を見せられてどうしろというのだ。いや、食料を得たモンスターがいるのだから優先的に狩りを行うための指標になる。


 そういう収穫があったと思えばダメージは少ない。そう思っていた。


「ん?これは…………」


 赤い滲みが荒れた土に吸収されていく。普通ではありえない、瞬間的に蒸発したのではないかと疑うくらい尋常じゃない速度で植物へ吸われていく。


 するとどうだ、荒れていたはずの植物の園はみるみるうちに治っていくではないか。


「…………えげつないな」


 ゴブリンの死体を吸収し、再生させたそれを見てそう呟く。


 これは一種の自浄作用とみて間違いない。多分、汚いものを吐き出させて、それを死という生命エネルギーの放出で綺麗なエネルギーとして巻き戻し、自身を蘇生させたのだ。


 そう考えるだけ考えて、考えるのをやめた。


 ダンジョンというのは謎がとても多い。人知を超えたモノですら知らないことがあるのだから、全てを把握することは難しいだろう。


 ただし、それが出来ないとは誰も言わない。


 古かろうが新しかろうが、あらゆる生命は可能性を秘めているのだから。






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