第11話 落とし物の箱に何が落ちるか
火のないところに煙は立たない。どの時代もそうだ、少々のいざこざから相手を貶そうと小さな火打石が思わぬ大火を生み多くの人を巻き込む。
それが善意だとしても、気に食わない輩は突っかかる。
ダンジョン深層入り口に突然現れた謎の箱。とあるSNSの情報から様子を見に来た探索者が発見した。
『落とし物箱、誰かの大事なものが入っているかもしれません』
とある金属製のような箱の写真と共に投稿された一文。その中には一つのドックタグと誰かの小手が入っていた。
ドッグタグに彫られていた名前から誰のものか特定されたが、ダンジョン深層へ赴き帰ってこなくなっていた人間の名前だった。
その人物と親しい仲だった人が頼み込み、安全地帯であるダンジョンの階段の近くまでならと潜ってみたところ発見したのだ。
そして中に入っていたのは写真の通りの品物。深層で消息を絶った探索者の遺品だった。
一体誰が?何のために?
ダンジョン深層へ潜ろうとする探索者はここ最近急激に増えてきている。
とある理由からダンジョン深層攻略が出来る可能性を示されたことに、ここぞとばかりにダンジョン深層へ潜ろうとする者達が現れたのだ。
一応だが、ダンジョンへ潜ろうとするなら特別なライセンスが必要になり、ダンジョン配信者になるためにはさらに厳しい審査を受けなくてはならない。
ダンジョンは危険なものだから死にに行かせるわけにはいかないと、とある人物が組織を発足させて設立させた。
ダンジョンが突如現れ、そこからあふれ出たモンスターによって主に首都が襲撃されて世界は混乱し、文明もかなり後退した。
そこから長い年月をかけて文明を復興、ダンジョンの素材を用いり当時の技術より飛躍したものを作られるようになった。
そして現在、文明はようやくダンジョン発生前より少し進んだものとなり今に至る。
だが人類は忘れなかった、ダンジョンという脅威を。
はじめは地域ごとの公助会から、それが市を経て組織として巨大化し、最終的に世界各国へ通信が回復すると一つの組織へとまとめ上げられていった。
長く作り上げられた組織故に結束は固い…………と思われがちだがそうでもない。
多くが集まる命がけの戦いを常日頃から繰り広げている人間たちの個性が弱いわけが無い。
自己顕示欲を求めて始まったのがダンジョンブログ、そこから派生してダンジョン配信となった。
そして今、隠密ならばダンジョン深層でも通用するかもしれないという期待で潜ろうとする人間が現れる。
その殆どが帰ってこなかった。
そして今、謎の箱の中に遺品が残されており、見てくるよう依頼された探索者はそれを持ち帰った。
鑑定の結果、当人の遺品である事が確定して家族の元へ送り届けられた。
彼、もしくは彼女を待っていた家族は泣いた。待ち続けた人がもう帰ってこないのだと。
その亡くなった人間のコミュニティでの一区切りはついた。それはいい、それを周りが見たらどう思うのか?
「あかね!多分例の人が投稿してるよ!」
「知ってるー」
「あれ、興味ない感じ?」
「
坂神あかねはダンジョン配信者である。主にダンジョン中層で配信しながらモンスターを狩る事を生業にしてる21歳女性である。
深層の
先日ダンジョンに潜ったため今は地上にて休養を取っている。
「あの人の事だから何があっても気にしないよ。無駄に強いし、文句あるなら深層にこいって感じの人だよ」
「そう、かもしれないけど」
「マネージャーなら私の心配してよー、もっと燃えてるんだよー?」
「もちろん火消しはしてるよ。法的処置も進めてるんだから」
「さっすがぁ!ネットは清く正しく使わないとね!」
お互いニッコニコで恐ろしいことを言い合う。ネット上で活躍する以上、誹謗中傷は免れることは無い。
中には根も葉もないものまで転がっているのが顔が見えないと油断して暴言を掃き溜めが時間と共に積もっていく。
そこを突いて懲らしめることを常に計画しているのがあかねのマネージャーなのだ。
「あかねはさ、この人に入れ込んでるの?命の恩人ブースト含んで」
「なに?いきなり恋愛話?ケンさんは…………多分恋人にはしたくないタイプだよ」
「その心は?」
「間違いなく頑固な人だし、研究者気質でかなり長いこと帰ってこなくなるよ?」
「浮気し放題じゃん?」
「そういった人を蹴落とすのが好きな人は?」
「私でーす!」
にこやかに挙手したマネージャーに呆れたような顔を見せる。こんな人を陥れることに喜びを感じてしまう人間をマネージャーにするとか事務所もどうかしている。
それでもこのマネージャー、抑止力としてはかなり働いている。
ゴシップ好きで無駄に顔も広いマネージャーは担当の噂一つあれば様々な伝を用いて調べ上げる。
それが嘘なら相応の対応を。本当なら相応の罰を。
こうして身内の癌を早急に取り除きクリーンな事務所を作り上げたからこそ彼女は重宝せざるを得ないのだ。
「例のあの人がやってくれたおかげでちょっとこっちに飛び火してるんだよね。全く、迷惑なことこの上ないわ」
「この箱凄いね。滅茶苦茶重くて今の人間が運べる重量じゃないんだって」
「話聞いてる?」
マイペースにダンジョン内で撮影された、落とし物ボックスを持ちあげようと悪戦苦闘する動画が出回っていることを知ったあかねがマネージャーにその画面を見せる。
筋肉自慢そうな探索者が箱を持ちあげようとしたが全くびくともせず、かといって壁や床と溶接のような接着加工もされていない。
魔力を剥奪する加工はされているようで、純粋に重い箱という奇妙なオブジェが完成していた。
蓋は単純に丈夫な革のようなもので蓋をされており、箱から飛び出ている突起に皮を引っかけて閉めるという設計のようだ。
皮も切って持ち帰ろうとしたらしいが刃物が全く通らない。どうすれば割くことが出来るのか分からず、深層のモンスター素材だろうと判断し、そして戦慄した。
相手は魔力を失ったとはいえただの革のはずなのに手持ちの武器すら通らない。
これが深層の素材、加工するにも生半可なものでは済まないはずの物を誰にでも見せびらかすように設置する。
これを作り上げる誰かが深層に存在することにさらなる戦慄を覚える。
「これも遊び心で作ったのかなぁ?」
重すぎる落とし物ボックスを持ちあげようとする動画を延々と見続けるあかねはそう呟いた。
善意か気まぐれかどうあれ、誰かの役に立つものを作ったことは間違いない。
中身を補充するのもケンの役目だろう。後々厄介なことに巻き込まれることは分かり切っているのにやってしまうあたり、変人らしさを隠しきれていない。
「そうだ、次の企画は落とし物ボックスの前で待ち伏せしてみない?」
「他人の不幸を喜ぶような企画はNGです」
「そうかー。ごめんなさい、倫理観が無かった」
今日も二人は次の配信に向けて企画を立てる。
その間に世界がどう動いているか、どのような変化が起きているのか。
悪意は止まらない。ダンジョンという資源でありながら厄災となるものを知らずのうちに軽く見てしまった人間がどうするのか。
恐ろしいのはモンスターか、はたまた人間か。
それともそれを超越した『何か』なのか。
それを知るのは、深層攻略が本格的になるまでは分からない。
大規模な深層攻略が開始されるまでのカウントダウンは、漸く動き出したのだから。
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