第2話

 『悪霊ゲーム』。

 集められた九人は、この屋敷に潜んでいる『悪霊』を退治するためにやってきた『悪霊払い師エクソシスト』だ。だが、その中の一人が屋敷の『悪霊』に取りかれてしまい、毎晩一人ずつ仲間の『悪霊払い師エクソシスト』を殺害し始めた……という設定らしい。


 『悪霊』役はランダムで決定され、本人以外には、誰が『悪霊』に選ばれたのかは分からない。『悪霊払い師エクソシスト』たちは毎日一回投票を行い、自分たちの中から一人、『悪霊』として最も怪しい人物を決定する。そして、その投票の結果『悪霊』として選ばれた人物は、実際に『悪霊』であるかないかに関わらず、その日の夜の十二時にゲームの運営によって『処刑』されてしまうのだ。

 ただし、投票の結果選ばれた者が本当に『悪霊』だった場合には救済措置があり、夜の十二時までに他の誰か一人を殺害することが出来れば、次の日も生き延びることが出来る。投票の結果は『悪霊』役にしか明かされないので、それ以外の『悪霊払い師エクソシスト』役には、その晩死んだ人間が『悪霊』だったのか、それとも無実な『悪霊払い師エクソシスト』だったのかは分からない。

 また、もしも投票の結果が正しく、『悪霊』役がなんらかの理由で十二時までに誰かを殺すことが出来なかった場合、その次の日からは『悪霊』がいなくなってしまうはずだが……そのときは、生き残った『悪霊払い師エクソシスト』の中からランダムにまた一人、『悪霊』が選ばれる。

 『悪霊』は完全に排除することはできず、『悪霊払い師エクソシスト』たちに憑依しながら最終局面まで毎晩誰かを殺害し続ける。集められた九人の男女は昨日の友すらも信用することが出来ずに疑心暗鬼になりながら、最終日までたった一人の生存者を目指す。

 それが、瑠衣たちが巻き込まれた非人道的で残酷なゲーム……『悪霊ゲーム』だった。



…………………………



 こ、こんなのまるで、『人狼ゲーム』のパクリでしょ……。

 いや……最後に残れるのがたった一人しかいないって時点で、『人狼ゲーム』よりよっぽどタチが悪いよ……。

 し、しかも……。


 瑠衣は、自分の首元に手をあて、そこにある無骨な『首輪』に触れる。

 それは、瑠衣たちがこの屋敷で目を覚ましたときに勝手につけられていたものだ。瑠衣たちが、こんな『非人道的で残酷なゲーム』に参加することを余儀なくされている理由。このデスゲームに逆らったものを処刑する、爆弾だ。

 例えば、誰かがこの屋敷の外に一歩でも出ようとしたとき。あるいは、毎日の『悪霊』の投票をボイコットしたり、夜十二時に投票によって『悪霊』とされた人物を処刑するとき。デスゲームの運営が、その対象の人物の首輪を起爆する信号を送信する。それは、周囲を巻き込むほどの大きな爆発にはならないらしいが、それでも当然、人ひとりを確実に死にいたらしめるだけの威力はあるはずだ。

 つまりゲームの運営者は、この首輪を使って瑠衣たち自身の命を人質にとって、こんなゲームを実行するように強制しているというわけだ。

 もちろん、目を覚ました時点で、全員携帯電話やスマートフォンなどの通信端末は奪われている。この屋敷は人の寄り付かない断崖絶壁の無人島にあるらしく、外の誰かが異変を感じて助けに来てくれる可能性もない。


 やるしか……ないんだ……。


 覚悟を決めて、少しずつ足を進め、ベッドの方へと近づいていく。


 部屋の床には分厚いカーペットが敷いてあり、瑠衣の足音を完全に吸収してしまう。

 すでに部屋の入り口の扉は音もなく閉じている。だが、どこか室内に弱い光源があるらしく、窓もないのに周囲は完全に真っ暗にはならない。薄暗い屋敷の廊下をここまでやってきた瑠衣ならば、目が慣れていて「標的」のことを見失ったりはしない。

 瑠衣が『悪霊』だと告げる手紙と一緒に瑠衣の部屋においてあった、すべての個室を開けるマスターキー。

 屋敷のキッチンには、充分な量のカップ麺や袋入りポテトチップス、チョコレートなどの調理が不要な食糧と一緒に、瑠衣が今持っているような刃渡りの大きな出刃包丁が何本もおいてあった。

 それらはすべて……この、悪趣味なゲームの「本来の目的」のために用意されているのだ。


 この屋敷のすべてのものがこの「人殺しゲーム」を実行するためにあり、逆に、そのために不要なものは一切存在しない。この屋敷全体が、『悪霊』として選ばれてしまった瑠衣に「人殺しをしろ」と言っているように感じる。


 やらなきゃ、自分が死ぬ。だから、やるしか……。


 今日の昼間、『悪霊』役になってしまったことに焦り、挙動不審になった瑠衣は、それを怪しまれた過半数のゲーム参加者たちによって、実はすでに『悪霊』であると投票されてしまっていた。つまり、今夜十二時までに他の誰かを殺害することが出来なければ、彼女はゲーム運営者によって首輪を爆発させられ、死んでしまうのだ。

 だからこそ、何の変哲もない、どこにでもいるような普通の女子大生の瑠衣が、凶器を手に他の参加者の一人の部屋に忍び込んだのだ。

 ……だが。


 ベッドの目の前までやってきて、包丁を振り上げる瑠衣。

 しかし、そこからなかなか次の動作へと体を動かすことができない。

 目の前で眠る女性――確か名前は、闇藤あんどう茉莉まり。自己紹介のときは、東北の方の田舎で悠々自適な暮らしをしている地主の娘だと言っていた――。

 その整った美しい表情が、自分の凶器によって歪められるのを想像するだけで、耐え難いくらいの吐き気と頭痛に襲われる。


 どうしてこんなことを……しなくちゃいけないの……。

 部屋に入ってきたときと同じような苦悩に、再び立ち戻ってしまう。


 目の前の彼女が何をした? 何か、自分に殺されるようなことをした? ……そんなはずはない。彼女に死ぬ理由なんてない。

 彼女だけじゃない。このゲームに参加している他の人間も。

 本当に殺していい人間、死んでいい人間なんて……自分が知っている中には、一人もいなかった。


 ……そうだ。


 ゆっくりと、振り上げた手を下していく。

 

 こんなの、やっぱりおかしいよ……。


 包丁を持った手が瑠衣の胸のあたりで止まる。彼女はそれから、今度はその包丁を自分の左胸に向けて動かした。


 自分が生き残るために、誰かが死ななくちゃいけないなんて……。

 誰かが生きるために、誰かを蹴落とさなくちゃいけないなんて……。


 もう、彼女の体は震えていない。

 さっき部屋に入ってきたときよりもずっと強い「覚悟」を、決めていたからだ。


 そんなバカバカしいルールに従うくらいなら……。

 いっそ、自分で自分を……。


 時刻はもうすぐ深夜の十二時になろうとしている。部屋を移動する時間も、一度決めた「覚悟」を考え直す時間もない。選べる選択肢がなくなったことで、彼女の行動には一切の迷いがなくなっていた。

 そして瑠衣は、その鋭利な包丁を自分の胸に突き刺……そうとした。


 そのとき、彼女の方に誰かの手が伸びてきた。

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