第16話 陰陽表裏にして一体。天地の理を知ればかなわざるなしの件
ハンゾウの部隊は
ヨウキ以外のセイナッド勢ならば、近づいて来れば気配が現れる。
ヨウキの存在だけが不確定要素であった。
今も
ヨウキの存在にはまったく気がついていない。
ヨウキは鉄丸を取り出し、音もなく親指で弾いた。鉄丸は空中高く飛び上がり、放物線を描いて二人組の頭上からその足元にぽとりと落ちる。
「うん?」
一人が顔の横を何かが通過した「風」を頬に感じて横を向いたが、何も見当たらない。物音がした足元に目をやると、黒光りする丸い物が……。
(
鉄丸から半径二メートルに渡って水面が広がり、表面を雷撃が走った。小刀や手裏剣など鉄器を身に着けていた忍び二人は、水面から放たれた雷撃に打たれ意識を失った。
止めを刺したいところだが、血の匂いをさせれば仲間が寄ってくる。ヨウキは倒れた二人をその場に残して移動した。
次に出会った二人組は隠形に長けていた。完璧に気配を消していたため、霧の中で出くわすまでヨウキも気づかなかった。
「出たっ! 猿だ!」
ヨウキに気づいた敵が、声を上げながら手裏剣を投げつける。
(火遁、炎隠れ!)
ヨウキは足元に視力を奪うほどの閃光を生み出すと同時に、宙高く跳躍した。
(土遁、高跳びの術!)
眩しい光にヨウキを見失った二人は必死に動いてその場から離れようとする。強い光を浴びて、その姿は上空のヨウキから丸見えとなっていた。
(
ヨウキの手中から雷気を帯びた鉄丸が五倍の重力で加速する。
鉄丸は一人の肩から体内にめり込み、雷撃で痺れさせつつ敵を倒した。
(むっ!)
跳躍の頂点を過ぎて落下の途中にあるヨウキに向かって、残る一人が手裏剣を続けざまに投げつけて来た。
炎隠れで奪われた視力がようやく戻って来たらしい。
だが、手裏剣を当てるには距離が離れすぎていた。精々近くをかすめるものがあるくらいで、ヨウキにけがを負わせることすらできない。
(時間稼ぎか?)
手裏剣でヨウキをけん制しながら何かの術を用意していると思われた。場所を知られた以上、ヨウキの方も空中からそれ以上仕掛けることができなかった。
(勝負は着地の瞬間!)
敵は足元の定まらないその瞬間を突いて、攻撃を仕掛けてくるだろう。ヨウキの打つ手は――。
ヨウキは地表を覆う霧の中に落下していった。
(気配は読めぬ。だが、猿にも実態がある! 影が映るはずだ)
地上では残された敵が火遁の術を放つべく、ヨウキの落下を待ち構えていた。
その時、霧の中に黒い影が動いた。
(あれだ! 火遁、
男が突き出した右手の先から小粒だが数多くの火球が散弾のように撃ち放たれた。一撃の威力は小さいが、数で圧倒しようという術であった。
(火の勢いに怯んだところを、斬る!)
男はヨウキの落下地点目掛けて走り出した。
(こ、これは!)
そこで見たのは、ボロボロになって燃えながら落ちて来る1本の手拭いだった。
(
男の周りの地面が爆発し、火炎をまとった岩石が
「ぐわぁーっ!」
全身を火山弾に叩かれた男は、身を焼かれながら倒れた。
ヨウキが落下の途中で使ったのは、「
隠形五遁に通じる者は、そこにあるものを隠し、そこにはないものを現す。
(む。霧が薄くなってきた)
大気中の水分を集めて霧と為す。それが「霧隠れ」の術理である。
しかし、大気の水分には限りがある。霧が散ってしまえば、空気を大量に入れ替えない限り、再び霧を呼ぶことは難しかった。
「いたぞ! 人影だ! 猿だ!」
薄くなった霧を通して、ヨウキを見つけた敵が報せの叫びをあげた。
(見つかったか。ふふふ。ならば、次の術を食らわせるのみ。
ヨウキは強風を呼んだ。
風は地表の木の葉や土砂を巻き上げ、土嵐となって敵の目を襲う。
「げふっ! 目くらましだ! 口を塞げ、土砂を吸い込むな!」
土砂を透かしてヨウキの姿を見つけようと、敵が右往左往する間に、ヨウキは気配が薄い方向に距離を取った。
「うろたえるな! 風神の術!」
駆け寄って来たハンゾウがヨウキの術に対抗して強風を吹かせた。あとからかけた術の方が勢いに勝る。
ハンゾウの風神はヨウキの木の葉隠れを吹き飛ばした。
(やるな、ハンゾウ。だが、悪手だ。
ヨウキはハンゾウが吹かせた強風に載せて高温の炎を飛ばした。炎はヨウキが吹き散らした木の葉に引火し、燃え上がる奔流となってハンゾウたちを襲う。
「おのれ! させるか! 水遁、
しかし、ハンゾウの術は弱々しい水流しか呼べない。火炎流を消し去るには勢いが足りなかった。
(馬鹿め。霧隠れの後だ。大気の水気が薄くなっておるわ)
ハンゾウの風神が大気を完全に入れ替えた後であれば、水竜巻は十分な勢いになったであろう。ハンゾウは優れた術者であったが、天然自然の理を操ることにおいてヨウキの天才に及ばなかった。
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