第31話 本来の目的

グオオオオオオオオ!


 瞬く間に複数のドラゴンの声が町に響き渡る。その咆哮は四方から聞こえた。恐らく、何か大変なことが起きている。


 嫌な予感を加速させる咆哮の真相をすぐにでも確かめようと足に力を入れ魔力を込め飛び立った。屋根を伝いながら移動するアデリーナの視界に、黙々と上がる煙が見える。更に辺りを見渡せば、町に何匹ものドラゴンが飛び立っていた。


 ——イヴァン!


 心の中で好きな人の名を呼んだ時、アデリーナの目の前に二人の赤騎士が着地した。一人はアデリーナに顔を向けることなく周囲を警戒する。手前にいるもう一人の赤騎士がアデリーナの手握り言った。


「私はサラです。付いてきてください、早く行きましょう。事情は後で説明しますから」


 そんなことを言われてもアデリーナは彼女の後についって行こうとは思えなかった。代わりにアデリーナは町が戦場へと変わっている理由を問いかける。


「その前に状況を説明してください!これはいったいどういう事態なのですか?なぜ『炎の暁』に入る儀式の内容を隠していたのですか?なぜ私たちは戦わなければならないのですか?先生はどこへ行ったのですか?なぜシルビア様を倒さねばいけないのですか!」


 奥で見張りをしていたもう一人の騎士がアデリーナに詰め寄り怒鳴る。


「お前、調子に乗ればでしゃばりやがって!今はそんな駄々をこねている暇はねーんだ!何がシルビア様だ!二度とあたしの前でその名を口にするな!」

「落ち着いて、ミヤ!」

「なんでこんな奴に先生は後を継がせたんだ。いくら先生のお願いでもあたしは認めないからな!掟の原則は自由だ。あたしは好きなように行動させて貰う!」


 その言葉と同時に懐にしまっていた小さな二本の短剣を何の躊躇もなく一般市民へと投げた。背中に短剣を刺された二人の市民が力なく地面に倒れ込む。


「何をしているのですか!」


 アデリーナは怒りのまま鞘から剣を抜きミヤと呼ばれる赤騎士に矛先を向ける。刺された市民は膨れ上がるとドラゴンへと姿を変え暴れはじめた。


「それはこっちのセリフだ!あんたはどっちの味方だ!あたしが守りたいのは『暁の炎』に属する一員だけ!それ以外は誰が死のうがどうでもいい!」

「迅風」


 唐突に言われる技名にアデリーナとミヤの間に一筋の斬撃が放たれ、疾風が二人の間を引き剥がす。


「いい加減にしてください!二人とも落ち着いて!言い争っている暇などないのです!」


 サラの警告の通りまたどこかで爆発音とドラゴンの咆哮が聞こえてくる。


「今、国内にあるすべての拠点が同時に襲撃を受けています。以前から計画されていたものだと推測できるので一度『永遠の大地』へ炎の暁のメンバーは全員帰還します。その為に炎の魔法の痕跡を頼りに、計画を知らせに回っていました」


 先程とは打って変わって鋭い眼光がアデリーナの目を刺す。


「ここからは私個人の要件です。氷の魔女に着いていたアデリーナさんからこの現状について何か有益な情報はありませんか?」

「ごめんなさい。私の記憶の中にこういった状況はありません。ただ……」


 アデリーナは記憶を呼び起こす。約260年前の生まれたばかりの時アデリーナはすでに城にいた。当時、城から見える町には大きな戦いの跡が残っており『炎の暁』によってこの惨状が生まれたとシルビア様に説明された。氷の魔女に記憶を消されたのだとすれば今が丁度その260年前に該当することになる。炎の魔女の眷属であるアデリーナをさらい記憶を書きかえるとなれば、それこそ大事になっているはず。となると今この現状が最もそれに当てはまることになる。


「おい!何思い耽ってやがる!」

「どうしたのですか?」


 アデリーナは二人の騎士を交互に見てから一つの真実を口にする。


「おそらく、今日私が生まれます」


 アデリーナはそこで初めて、氷の魔女の配下に置かれる前の自分がこの国のどこかにいることを自覚した。


 氷の魔女によってこの世界に顕現したということが自分の中で当たり前の前提として残っていたために今まで気付くことができなかった。一体記憶を消される前の自分は誰で今どこにいるのだろうか。


 次から次へと明かされる真実に心が追い付かない。


 そう言葉を残し去っていく2人を見つめアデリーナはパンクしそうな頭を必死に整理した。そして大切な事を思い出す。『イヴァンの事……そしてリノの事を頼みます』


 アデリーナは我に返ったように城の方を向き先生の子どもの名を呼ぶ。


「リノ」

「リノは恐らく城で保護されていると思います」


 サラの言葉にアデリーナは続ける。


「先生にイヴァンとリノのことを頼まれました。ならば先にイヴァンを助けに行かなければ」


 漠然と動き始めるアデリーナの腕をサラが引き留める。戸惑いながら振り向くアデリーナにサラが言う。


「貴女は本当にアデリーナですか?以前の凛々しく頼もしい姿はどこに行ったんですか?」


 次第に口調が強くなっていき、気が付けば以前の冷静さは失われ感情をむき出しにしていた。


「別に私は貴女が信じていたものを否定する気はありません!ですが、もじもじ悩んで立ち止まるのは貴女らしくない!思い出してください!」

「おい!サラ!そこまでだ!」


 サラの後ろにいたミヤが会話を遮ろうと声を上げる。それでも止まる様子のないミヤの肩に手を伸ばし体を揺らす。


「私たちの思いはどうなったんですか!私たちがつないできた志はどうなるというのですか!この、灯は!貴女は!」

「サラッ‼」


 強引にサラを振り向かせるミヤ。そこでミヤの言葉は止まった。


「落ち着けよ……。それは言わない約束だ。アリーチェが言っていた、私たちが守らなきゃいけない大切なおきてだろ。もう散々話し合ったんだから」


 その言葉にしぶしぶ承諾するサラはアデリーナに向き直る。


「アデリーナさん、見苦しいところをお見せしてすみませんでした。ヴィットリア先生が守って下さっていますから、イヴァンさんは大丈夫です。なので、リノさんを助け出してあげてください。それでは私たちは先に行きます。まだ先生に託された任務が残っていますから。」


 そう言ってサラはこの戦場のなか飛び出した。


「私は認めねーからな」


 ミヤがアデリーナに小さく悪態をつくと、サラの背中を追いかける。


 アデリーナは一旦考えるのをやめ、リノを城から救出することに意識を向ける。ラヴァンダ城のことはアデリーナが一番詳しい事は言うまでもない。今この状況で最もアデリーナが適任というざる負えない。


 アデリーナ自身もそれを重々理解していた。


 思いから体を上げ、迷いをはねのけるように足に力を入れる。


 はじき出された蹴りは下に立つ、住居を勢い良く砕いた。

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