第29話 儀式

 体に伝わる魔力を直観にアデリーナは必死に走りヴィットリアの魔力の痕跡を探す。


 その時だった。


 横切った女性から魔力の痕跡を見つけたアデリーナは立ち止まった。振り返ると明らかに一般市民で『炎の暁』とは関係なさそうな女性だった。しかし、やっと見つけた手が足りの一つ、自分の直感を信じたアデリーナはこっそりと彼女を追う。彼女の体はやせ細り、髪はぼさぼさで、腕が擦り傷だらけ目元から生気を感じない。


 唐突に道の真ん中で立ち止まる彼女は懐から短剣を出した。他の一般市民は彼女に見向きもしない。警戒するアデリーナをよそに彼女は死んだ目でその短剣を見つめる。


 どこかで見たその短剣から魔力の痕跡を感じる。そしてその短剣がイヴァンが持っていたものと同じだったという事を思い出す。


 ——彼女は『炎の暁』の関係者?


 今思えば一般市民が行わなければいけない儀式をアデリーナは知らない。恐らく経験者であるジュリオから聞いておけばよかったと、そう思った時。


 彼女は何のためらいもなく自分の喉を掻き切った。


 まるで真っ赤な目玉焼きの黄身を潰したかのように喉元からどっと血が溢れ出し垂れていく。


「何をしているのですか!」


 アデリーナは急いで近づき喉元を抑えるが、隙間から溢れ出す血は止まらない。自分の喉を掻き切った彼女は力なく地面に膝を突くとアデリーナにもたれかかった。


 あまりに軽い。服のせいで気が付かなかったが手で触れたときに感じる腕の細さと冷たい体。


 力なくアデリーナを見つめると、彼女はかすかに微笑み最後の言葉を残す。


「ああ……騎士様。この儀式……やっと覚悟を決めることができました」


 言い終えた彼女は目をつぶり死んだ。周りの監視機がアデリーナとその市民に向く。


 ——これが儀式?死ねということ?


 彼女の手から落ちた短剣が地面に触れると光の粒子となり消えていく。現実を受け止められず目の前の光景をただ茫然と腕の中で亡くなった彼女を見つめるアデリーナ。


 しかし、現象はそこでは終わらない。ただの人間の彼女の体に魔力が集まっていくのを感じる。ぶくぶくと風船のように異常に体が膨れ上がり、服が破れどんどん巨大化していく。


 巻き込まれないように咄嗟に後ろに飛んだアデリーナだったが、着地した後も目の前で起こる現象に目を奪われていた。


 数倍にも膨れ上がったその体はもう人間ではなかった。それはアデリーナが何度も戦ってきた、見て来た姿。そう、あの白銀のドラゴン。


 大きな咆哮を上げるドラゴンの姿に市民たちが逃げまどい、ドラゴンは炎を吐き尻尾で建物を薙ぎ払い空へと飛んで行いく。


 アデリーナは何もできず一連の光景をただ見つめていた。


「これが儀式?……死ねということ?私はイヴァンに死ぬことを進めて……。違う……今までこのことを隠していた『あ炎の暁』だ信用できないんだ。だましていたんだ……でも。どうして……どうしてこんなこと」


 目の前に飛び込んできた真実にアデリーナの心が追い付かない。


「アリ—さんが理由もなくそんなことをするはずがない……でも、それを言うならシルビア様も同じこと。……私はまた……苦しんでる人がいることを知らず、知っても何も出来ず……更には、今まで殺してきた人たちは、ここで暮らしていた人々……」


 もしこれが儀式なら、アデリーナはイヴァンに死ぬことを進めていたことになる。そして今まで殺してきたドラゴンがただの人間、ただ一般市民であることになる。あの永遠の大地に飛んでいたドラゴンも人間。なぜこんな大事なことを今まで黙っていたか、隠していたのか。『炎の暁』を本当に信じていいのか。そんな思いから、自然と女王陛下の名前がこぼれる。


「私は……どうすればいいのですか。教えてください、シルビア様……助けて、ブル—」


 その時、アデリーナの意識を呼び戻す程の絶叫が耳を打つ。


 それは先ほど飛び立ったドラゴンの咆哮だった。しかし、今のアデリーナには悲鳴のように聞こえる。


「私は……私が……私。今は私が助けなければ、彼女は私が助けなければいけない」


 そう確認するように自分に言い聞かせるアデリーナは急いでドラゴンの後を追った。


 ドラゴンは1人の青騎士と4人の衛兵に囲まれ、翼には二本の槍が刺さり赤い鮮血を流している。弱ってもう立つこともできないドラゴンに寄ってたかって衛兵たちが攻撃を仕掛けていた。


 ドラゴンはまた悲鳴を上げ目から水滴を流す。


 ——彼女は人間だ。ドラゴンではなく今も人間なんだ‼


 そう思った時には体が勝手に動いていた。羽織っていたマントを消し、ドラゴンと同じ白銀の鎧をきらめかせる。


 ——彼女は私が助ける‼


 青騎士がアデリーナの存在に気付いた時にはもう遅かった。複数衛兵を瞬時に移動したアデリーナは、先生から教えて貰った技を叫ぶ。


「迅風(シンフウ)!」


 青騎士は後方へ吹き飛ばされて建物に背中を打ち付け倒れ込み、起き上ってくることはなかった。


 ドラゴンはヒューヒューと力ない鳴き声を上げる。よく見るとお腹に大きな切り傷があった。恐らく今倒した青騎士によってつけられた傷。


 ——あの時、私が悩んでいなければ助けられた命だった。


「すみません」


 アデリーナは小さな声で謝るとドラゴンの喉に剣を突き刺した。少しでも痛みが残らないように一撃で息の根を止める。何の罪もない一般市民を殺めてしまった罪悪感に打ちひしがれている暇は今のアデリーナにはなかった。


 遠くから聞こえる衛兵たちの足音がアデリーナの耳に届く。


 今はイヴァンの事が心配だ。なによりも『炎の暁』という組織が信用ならないから。



グオオオオオオオオ!



 瞬く間に複数のドラゴンの声が町に響き渡る。その方向はイヴァンの働く酒場の方からだった。

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