第27話 穏やかな日常

 アデリーナと一緒にジュリオの酒場に戻ったイヴァン。入り口で出迎えるジュリオにイヴァンは頭を下げる。


「できることは何でもするから、ここに泊まらせてくれ。頼む」


 深々と頭を下げるイヴァンの隣にならヴィアデリーナも一緒に頭を下げた。


「私からもお願いします」


 ジュリオだけではなくイヴァンも驚いてアデリーナを見つめるが、彼女は顔を上げることなく頭を下げ続けた。


「ああ、分かったよ。だけど、俺の意見だけで決められないこともあるから相談してみるよ」

「すまん」

「ありがとうございます」


 二人は同時に頭を下げ、部屋に移動した。空いている部屋はここしかなく、一日と経たず元通りの生活に戻る。


「なんか恥ずかしいな。またこうやって同じ部屋で過ごす生活に戻るなんて、覚悟を決めて出て行ったはずなのに一日もたたずに帰ってきた」

「いいことですよ。そんなこと考えないで休みましょう」


 暫くしてからイヴァンが部屋を出て行き、アデリーナもいつもの訓練に向かった。


 中庭に入ると既に先生が来ている。


 ——普段はもう少し遅いのに今日はなぜ?呼んでくださればすぐに向かったのに。


 ヴィットリアが簡易な剣に魔力を込め大技を放つ、それはアデリーナの得意技である烈火で受け止めきれるかどうかだった。


 技を終えた先生は向き直りアデリーナに微笑みかけると、足がもつれ地面に倒れ込む。驚いたアデリーナは急いで駆け寄る。


「ヴィットリア先生!」

「大丈夫よ、ちょっとふらついて」


 先生に寄り添うアデリーナは違和感に気付いてしまう。先生に魔力のコントロールを教わったアデリーナは感覚的に魔力を感じ取れるようになってきていた。

だからそこ先生は視覚的情報以外で私の技の威力や鎧の魔力が薄い所を狙って攻撃できていた。


「ヴィットリア先生……魔力が」

「そう、気づいたのね」


 先生の体から魔力が飛散していた。体に蓄えないといけない魔力が勝手に漏れている。先生は自力で立ち上がると静かに続ける。


「私がなぜ『炎の暁』抜けたか言っていなかったわよね」


 黙って頷くアデリーナに先生は続ける。


「最古の騎士って言われている所以でもあるのだけど、寿命なのよ。明確な限界は分からないのだけど、ある日から唐突に体の外に魔力が勝手に零れるようになったわ。まあ十分生きたからいいわって今はそう装思っているけど、当時は違ってね。生きる気力を失って無気力になってしまったの。何も頑張れない、自暴自棄になってしまった私は行き倒れてしまった。夫に出合ったのはそんな時だったわ。彼はなぜか私を助けたの。この国の国民性を知っているでしょ、家族以外の他人とは目的がなければ関わらない。自由意志なんて存在しない、全ては女王陛下と同じ場所に行くために清く正しく行動する。その為の準備段階だとしか思っていない。なのに彼は私を助けた。その理由を聞いたら彼「知らねー」って言ったのよ。当時の私はそんな彼に悩みを自分への怒りをただぶつけた。助けてもらった相手に何してるのって話だけど、あの時は助かりたいなんて思ってなかったから。彼は最後まで私の話を聞いてからこういったの。「別に頑張らなくてよくね」その言葉が当時の私には衝撃的だったわ。でもその言葉に私は救われた。肩の荷が降りて、凄く胸がすっきりした。いつの間にか忘れていた人生を楽しむということを夫が教えてくれたの。それで、残りの人生を彼と一緒に過ごそうと思って『炎の暁』を抜けたわ」

「ではなぜ戻ってきたのですか?」

「……そうね。やらないといけないことを見つけたからかしら」


 アデリーナは遠い未来きっとあなたの願いは叶う。心配する必要はないとそう伝えたかったが、口には出なかった。それはアデリーナが知っている限り未来に先生のような強い騎士がいなかったからだ。それは災厄な結論をアデリーナの中で導き出してしまう。先生はアデリーナの生まれる前後で死んでしまう。


 先生がいなくても暁の騎士団の勢いは凄く私たちは劣勢だった。しかし、そんなことを伝えれば、それは先生は未来で死んでいるという可能性を暗示してしまうことにもなる。


 先生は微笑むとアデリーナから離れ剣を向ける。


「貴方にはもっと強くなってもらわないと悩み事がまた一つ増えちゃうわ」


 アデリーナは真剣な眼差しを返し鞘から剣を抜く。


 その剣を真っ赤に輝かせ凛々しい声で力強くはっきりと言い切った。


「任せてください!」


 ***


 先生にこてんぱんにやられたアデリーナはほっぺを膨らませながらぶつくさと愚痴り階段を上る。部屋に戻るとイヴァンがいる事実に頬が緩む。


「お疲れ様です。お話はどうでしたか?」


 今後についてジュリオを挟みアリーと話す流れになっていたことをアデリーナは知っていた。


「ここに住むことを許されたよ。仕事はして貰うってさ。覚えるのが大変で疲れたよ、この仕事続けてて素直にジュリオはすげーなって思った。それとアリーチェさんからこの短剣を渡された。俺たちのような一般市民が『炎の暁』に入るには儀式をしなければならないんだと……ただ俺にはその勇気が出なくて」

「時間はあるのですから、急ぐ必要はありません。」

「アデリーナは先生との例の剣技の練習だったっけか?お疲れ」

「こってり絞られてきました」


 その言葉にイヴァンが笑い、アデリーナの顔にも笑顔が宿る。


「俺を助けてくれた時のアデリーナは、相当強かったのにそれ以上に強い赤騎士もいるんだな。つくづく世の中は広いなって思うよ」


 イヴァンの言葉を頷いて聞くアデリーナはふと部屋の静かさから一人いないことに気付く。


「リノさんはどこにいかれたのですか?」

「下にいると思う。ああ、その事なんだけど、やっぱり城にまた通わせることにする」

「本当に良いのですか?」

「確かに不安が完全に消えるわけじゃないが、リノの事を思ったら通わせてあげた方がいいって感じてな。サラさんが言っていたリノがマークされてないって確認して貰ったし、なによりまだ何も知らないこの子には同じ年の友達が必要だろ。慣れ親しんだ城に行くとき、いつも楽しそうにしてたからさ。わざわざ俺と同じような道に進まなくていいんだ」


 サラ・ディ・レオーネ。彼女はヴィットリア先生が『炎の暁』を抜ける前の一番の教え子だったと聞いている。でも、どうして急に彼女の名前が出て来たのか引っかかる。


「そうですか。分かりました、送り迎えは私に任せてください」

「いや、これ以上迷惑かけるわけにはいかない。それに、リノもサラさんにはすぐ懐いたみたいだから……」

「サラさんも私と同じ騎士ですよ!強さなら負けない自信がありますし、忙しさも変わりません!それに、リノさんも絶対私の方がいいと思うはずです」


 食って掛かるように詰め寄ってくるアデリーナにイヴァンは両手を上げて承諾した。

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