第42話 天使の襲来
「……おはよう」
朝のひと悶着のせいか、航平がリビングを訪れた時には、既に住人が勢揃いしていた。
いずれも美形の男女達が、あれこれと賑やかにやり取りしている。
その空間へ足を踏み入れざるをえない航平は、挨拶と言うには、やや覇気のない声と共にリビングへと入っていった。
「……おはよう」
「「おはようございます!」」
そんな航平に真っ先に気付いたらしい桃花の眠そうな声と、それに続く元気一杯な双子の仔犬達の声。
ある意味イメージ通りだと思いながら、手を上げて応えつつ、彼女らのテーブルを通りすぎて台所へ向かおうとする航平だが、
「おはようございます。
航平様の分もすぐにお持ちしますので、空いてる席に着いていてください」
と、勇太郎姿の優那からやんわりと拒否される。
そうなると、
『まあ大したことも出来ない、顔見知り程度の高校生が食事の準備を手伝うと言っても邪魔だよな……』
と客に食事の準備をさせている後ろめたさを覚えながらも、手が出せないまま空いている席に腰を降ろすしかない航平であった。
そんな航平の前にスクランブルエッグとベーコン、レタスサラダのプレートが差し出される。
「すみません、航平様の好みが分からないので、甘めの卵焼きになっています。
必要ならケチャップか、塩コショウを出しますので……」
「いや、大丈夫!
うちの卵焼きは甘い味付けだから!」
申し訳なさそうな勇太郎の言葉に、昨日聞いた優那の声が被る。
どうにも意識してしまう航平だった。
そんな複雑な内心を取り繕うのに必死な航平。
そこへ、
「だから言っただろう?
八神家は甘めの卵焼きだって!」
明後日の方向から、自慢気な声が響いた。
自分の実家の状況を知っている人間がいることに、違和感を覚えた航平は、その声の方を向くと、
「オッス!
航平! 元気だったか?
姉ちゃんが来てやったぞ!」
闊達に笑う父方の叔母が、台所脇の扉から顔を出した。
「
「叔母さん?」
顔見知りの親族登場に、思わず続柄で叫んだ航平だが、返ってきたのは冷たい視線と怒りを含んだ声……。
「いや、何でもないです!
美守姉ちゃん! どうして此処に?」
「……まあ良い。
仕事だよ。
お前らの運転手兼案内役」
慌てて取り繕う航平に、追及を止めた八神美守は自身の来訪理由を告げる。
それが意味するところは……。
「……まさか、姉ちゃんもリンカート社の関係者?
けど……」
「言いたいことは、一般人の兄貴の妹なのにって所か?
実は違うんだな、これが!」
「……」
あくまでも、特別な家柄なのは母親の方だけで、父親は元一般人と言う自己申告だった。
まあ、斗真のことなので変な誘導があった可能性も低くないと考える航平で、案の定、叔母が一般人を否定して、
「あたしは兄貴の使徒だよ」
「……へ?」
予想以上にぶっ飛んだ言葉を吐き出した。
思ってもいない言葉に間抜け面を晒す航平。
その様子から、
「……使徒って言っても分からないか?
もしかして死語だったりするのかな?」
と不安を述べる美守叔母。
まあ使徒なんて言葉は一般生活で使われる機会も少ないだろう。
「分かりやすく言うと、天使ってやつ?
さすがに天使は分かるでしょ?」
航平に分かりやすいようにと、言い替える叔母。
それを聞いて、
『……ああ。
人外なのは確定なのか』
と、落ち込む航平。
確かに、真面目な顔で正面に座る叔母は人ではないと言われても納得の美貌だが、
「天使……。
たまにうちに来て、ビールをジョッキで一気する美守姉ちゃんが?
ビールの泡で白い髭を生やす姉ちゃんが?」
航平には更なるショックを与える結果になった。
「失敬なやつだな。
天使っつったって、生きてるんだぞ?
酒を飲んでストレス発散したい時くらいはあるよ」
そんな様子に憤慨して文句を言う美守の手には、ビール瓶が1つ。
……どうやら、朝から出来上がっているらしい。
「いや、それはそうかもしれないけど……」
どう見てもストレス以上に飲みたいだけだろう、と言葉を濁す航平。
同時に、
「ちょい待った!
さっき、運転手って言ったよね!
今飲んだら飲酒運転じゃないか!」
重大な内容を思い出す。
さすがに身内が犯罪行為をしようとしているのは見逃せない。
「うん?
あたしは酔わないから大丈夫。
酔ってなければ飲酒運転にはならないの!」
「いや、今飲んで……」
「こちとら天使様よ?
アルコールなんてその気になれば、3分で分解できるの!」
確に昨晩の酒が残っていただけでも、体内に酒が残っていれば飲酒運転であり、逆に飲んだ直後でもアルコールが残っていなければ、問題には出来ない。
ただし、モラル的には問題と言えるのだが……、
「……」
「さ、あたしは良いからさっさと朝御飯を食べな。
今日も忙しいんだから!」
文句を言いたい航平をよそに、暢気に若者達を急かす、質の悪い天使がそこにはいたのだった。
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