第18話 特上鰻重 8,000円なり
「と、せっかくのご馳走が冷めても勿体ないわな。
続きは飯でも食いながらや!」
そう言って、案内された社長室のテーブルには漆塗りの重箱が3つとそれぞれに吸い物、香物がセッティングされていた。
「"鰻山海"の特上鰻重や!
わいの奢りやで、遠慮せずに食うたってな!」
航平と雅文を席に案内して、早速とばかりに薦めてくる門松。
「いや、さすがに……」
「ではご馳走になります!」
どう見ても良いお値段の昼食に及び腰の航平に対して、遠慮もみせない雅文。
「ちょっ! 叔父さん?!」
「航平君。
せっかくの社長の好意を無駄にしないで、美味しく頂こうじゃないか。
仮に僕らが拒否すれば、他に誰が食べると言うんだい?」
「それは……」
驚く航平に、諭すように声を掛ける雅文だが、頻繁に鰻重へ向けられている視線で台無しだ。
「そうだぞ?
子供が遠慮するな。
斗真っちの息子にってことで、小遣いが出てんやからな!」
こちらの社長も同じであった。
航平をダシにして、普段は手が出せない高級品のご相伴に与る大人2人。
「……いただきます」
こうなっては、自分も食べないと損だと、鰻に手を付け始める航平だが、
「……うっま!」
甘い脂と旨味が、醤油や砂糖と調和している鰻は、これまで食べたことのある鰻重とは桁違いの旨さ。
もう、箸を止める余裕もなく、ひたすら掻き込む航平に、
「どうや、旨いやろ!」
「本当に鰻山海の鰻は最高ですね!
しかも特上!
うちでもちょっとした慶事の時くらいにしか食べれません!」
「意外やな……。
雅文は羽黒に婿入りしとるし、あの家なら月一で使っていても不思議やないのに……」
自慢気な門松が笑い掛けて、雅文叔父が応える。
その様子に、
『そういえば叔父さんとこは、武家屋敷みたいな豪邸だったっけ』
と、思い出した航平。
この間訪ねたばかりの羽黒本家は、良くある一軒家の八神家とは大違いの屋敷だったと思いだした。
「そりゃ代々の羽黒家当主が守ってきただけに、建物は立派ですけどね。
言うほどの余裕はないんですよ。
今は霊能力者の業界も不景気らしいですから……」
「世知辛いこっちゃ。
まあ霊障の殆どはなんとなく不快感を覚えるとかやからな。
余裕がないなら後回しになるんも必然やな」
国内で最高位の霊能力者一族の窮状に、嘆息する門松。
しかし、今は別の業界で勝ち組と言えるだけの年収を得ている身であり、あくまで他人事である。
「そうも言えない気がしますけどね。
その不快感も放って置けば、生命を脅かすほどの怪異へ成長する。
そうなってから、やっと依頼が来るとかで緊急かつ危険なレベルのものばかりだそうですよ」
「それも当然やな。
不快感っちゅうことは負のエネルギーや。
悪霊にとっては栄養価の高い餌でしかない」
甥っ子であり、会長令息である航平をそっちのけで、業界の窮状を嘆く大人2人。
その姿に特別な力を持っていても、ヒーローになり得ないと航平に現実を知らしめていた。
「……まあ、わいらには素晴らしい会長様が付いとるからな。
少なくともリンカート社が安泰な限りは、食いっぱぐれはないわ」
「そうですね。
VR業界から見ても、霊能力者業界から見ても反則そのものですから、やっかみは酷いですけど……」
そう言いつつ、チラリと航平に視線を向ける大人達。
その様子に、
『あれ?』
と違和感を覚える航平。
「そうやな。
何せ、VRに見せ掛けただけで、実際は神力で造った仮想世界に、プレイヤーの自我を転送しているだけやから、電力も労力も殆ど掛かっていない。
精々、入場ゲート代わりのデバイスの製造コストくらいだから、他の仮想現実世界を提供している会社の100分の1程度のコスト。
それを反映しての反則的超低価格路線での運営。
色々と探りをいれようとする会社も多いんが現実やな」
その違和感を解消するための"答え"を口にする門松。
それに続き、
「他の霊能力者一族としては、純粋に高い霊力の航平君と縁を結びたいと言う思惑が強いでしょうね。
不況の影響で、危険度の高い怪異レベルとの接触機会が増えていますし、味方に付けたら心強い」
別方向の懸念を話す雅文。
つまり、
「この食事会の目的は警告ってこと?」
と、答えを出す航平。
その率直な言葉に頭を掻く門松は、
「……まあどちらかっちゅうと、お節介な忠告やな?」
と答え、雅文も続けて、
「ええ。
どうにも会長達はその辺りに頓着がない。
どちらも並みの怪異くらいは、鼻歌混じりに祓えるような文字通りの人外レベルですし……」
と、述べる。
正直な話、過剰戦力に護られた航平を取り込むと言うのは難しい。
精々が、近付いてお零れに与るのが関の山なのだ。
しかし、
「航平君に取り入って、上手く利用しようとする連中も今後は出てくる。
ハニートラップとかは引っ掛かると悲惨やで?」
「……こういうことを専門にしているプロとか、いますからね」
まるで経験者であるかのような口振り。
だが、その疲れた顔をみて、込み入った話を聞く気にはなれない航平であった。
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