ダメ親?持ちの八神くん

フォウ

プロローグ 或いは八神航平の災難

第1話 八神家の朝食

「おはよう~」


 朝から倒れそうな猛暑の7月中旬。

 しかし、今日の終業式を終えれば夏休みと言うことで、いつもよりテンションが高い八神航平やがみこうへい

 彼が朝食を終えて歯を磨きだしたタイミングで、のっそりと2階から降りてきた中年が声を掛けてくる。


「ん!」

「おう」


 対して、口が泡だらけの航平は手を挙げて挨拶を返すが、この親父がその程度の横着を咎めるはずもなく、鷹揚に頷いてリビングへ進んでいく。


「朝ごはん出来てますよ」

「あんがと~。

 愛してるよ~、ママ~!」


 親父が向かった先からは、母親の鈴のような可愛らしい声と父親の軽い礼が聞こえてくる。


 これが八神家のいつもの朝。

 航平が慌ただしく学校へ行く準備を進め、そろそろ出発と言う頃合いに起きてくる父親。

 下手すると、航平が行った後に起きてくることも多い。

 息子から見ても美人で働き者の母と、不釣り合いな中年の父に、1人息子の航平。

 八神家の家族は、そんな構成の一家である。


「そうだ、航平?

 ちょいと、女難の相が出てるから気を付けてな~」

「……マジかよ」


 歯磨きを終えて、リビングの鞄を取りに行った航平に、トーストにジャムを塗っていた父の斗真とうまが、軽い口調で忠告をする。

 それに苦虫を噛み潰したような顔になる航平。

 だらしないダメ親父だが、この男の占いは下手な占い師より遥かに当たるから質が悪い。

 しかも、折角の高一の夏休み直前に女難の相とか言われた方は堪ったものじゃない。


「ほんと、ほんと。

 父さん、そんな嘘つかないだろ?」

「……」


 航平の苦々しい呟きに、軽く返す父斗真。

 それを更に腹立たしい思いをぶつけるつもりで睨む航平。

 自分より遅くに家を出て、自分より早くに帰宅する自称ダメサラリーマンだが、確かに家族相手にあまり嘘を付くタイプではない。


「そんな睨まないでよ~。

 父さん、占い師じゃないから、回避方法とか知らないのよ~」


 それこそ嘘だと文句を言いたい航平。

 一緒に出掛けた先で、


「なんとなく此方に行きたいな……」


 と遠回りをすれば、元の道で交通事故があったり、

旅行先で、


「なんとなく、観光していきたいな?」


 と高速道路を降りた矢先に、通過予定区間が事故で大渋滞。

 小さな頃からの父親の"なんとなく"と言う台詞が、回避方法を取っての物だと確信しているのだが、曲者の斗真が息子の追及で自白するとは思えない。


「ちっ。

 行ってきます!」

「はいよ~」

「気を付けてね」


 息子の舌打ちと睨み付けなど涼しい顔で受け流して、相変わらずのんびりとトーストを齧る斗真。

 ムスッとした顔で出ていく航平の心には、母親の注意だけが響くのみであった。






「それで、本当に女難の相なんて見えたのかしら?」


 ガチャと言う玄関の鍵音を確認した男の妻であり、航平の母親である真幸《まゆき》が斗真に訊ねる。


「僕ぁは、生憎と人相占いはできないな。

 ほんの少し、起こり得る未来が見えちゃうことはあるけどね!」


 対して、人を食ったように笑う斗真。

 つまり、


「航ちゃんがちょっとした不幸になる未来が見えたのね?」

「気になる?

 公園で知らない男に寄り添う玲香れいかちゃんと対峙する航平が見えたよ?

 ラフな服装から、ここ数日以内だと思う」

「……そう」


 予知能力持ちが、愛する息子に女難の相等と言うから、不安に駆られた真幸ではあったが、痴漢冤罪のような大事でないなら、まあ良いと思う。

 むしろ、


「……正直、要扇かなめおうぎさんはあまり好きじゃなかったし、丁度良いわ」

「こらこら、仮にもご近所さんなんだから……」


 清々すると笑う真幸を嗜める斗真。

 あくまでも体裁の問題と言う辺り、要扇家への低い好感度が透けて見える。


「あの奥さん、航ちゃんと玲香ちゃんが同級生じゃなければ、関わりにもなりたくないじゃない」

「そうかもね~。

 けど、玲香ちゃんは丁度良い虫除けだったんだけどな……」


 どうやら、母親同士で何かあったようだと当たりを付けながら、息子の幼馴染みをも扱き下ろすような父親。

 どちらかと言うと平凡な顔付きの八神航平と美少女と言って良い要扇玲香。

 表向き庶民の八神家と和装飾の会社を持つ要扇家。

 容貌的にも財力的にも玲香の方が上、にも拘らず玲香を航平の虫除けと称する様は、親バカだから、……ではない。


「どちらかと言えば、カラス除けね」

「……うむ。

 意外と女難の相と言うのも、言い得て妙だったかもしれないな~」


 真幸の含みを帯びた言葉に、息子の将来を察した斗真は自分の出任せが当たってしまったと、頭を掻くことになるのだった。

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