難易度最高ランクのダンジョン攻略を目指す超絶美少女配信者に協力する権利を与えられましたが、ほぼ引退しているのでボランティア活動に従事しようと思います。

森ノ中梟

第1話 シツツメという男(1)

 この地球上にそれが一体いつ出現したのかは、誰も分かっていない。猿が人間に進化し、知恵を持った彼らが作り始めたのではという説もあるが、世界的にそれが山のように確認されているのだから偶然で片付けるのは無理だろう。

 宇宙人が遥か昔にやって来て、地球人を使った何らかの実験のために用意したというのも一般的には有名な説であるが、今となってはそんなことを信じている人間は誰もいない。

 つまるところ、それを誰も解明することが未だにできていないのだ。あまりにも永い間、それは人々の傍にあり続けてしまっていた。誰もそれの存在に疑問を抱き、いつから存在しているのかと調べようなどとはもうしていない。そうしたところで無駄なのだから。

 誰かが言った。


 曰く、繋がる場所。

 曰く、用意した楽園。

 曰く、天国にも地獄にもなる所。


 様々な言葉で例えられているが、世界的にはそれはこう呼ばれることが最も多い。


 ──ダンジョンと。



  ◇



「シツツメさん、これいくらなんでもレバーがガバガバすぎるって! ちゃんとメンテしてるの?」


 一昔前のアーケードゲームの筐体で遊んでいる制服姿の少年は、「GAMEOVER」と表示されている画面を指差しながら、カウンターの奥の椅子に座って文庫本を読んでいる一人の男性に抗議の声を発した。その声を聞いた男性は「ん?」と少年の方に視線を向けてから、ぱたんと本を閉じる


「ああ、そういえばしてないな。鍵を渡すから自分でメンテしてくれ」


 と遊戯者である少年自身にメンテをしろと促すシツツメと呼ばれた男性はカウンターの引き出しから鍵を取り出すと、それを少年に向かって放り投げる。鍵を受け取った少年は「嘘でしょ客にやらせるの!?」と声を上げた。

 シツツメ。そう呼ばれた男性の本名は志津々目四季しつつめしきと言う。年齢は二十代後半(本人は三十路といわれるのを嫌がる)で、身長は180センチと長身の部類に入る。黒髪は軽く耳にかかる程度の長さで、緩く癖がかかっている。顔立ちははっきり言って、美形と言えるだろう。モデルや俳優などをしていても不思議ではない。

 そんな彼は「シツツメ商店」とペンキで手書きされた看板を店先に掲げ、小さな商店を営んでいる。食料品や日用雑貨の他に店内には駄菓子も置かれており、店内の奥のスペースにはテーブルと椅子、そして二台のアーケードゲームの筐体(格闘ゲームとシューティングゲーム)が置かれていた。どちらもレバー制御がガバガバだともっぱらの評判である。


 そのシツツメ商店は私立夜桜高校のすぐ近くという立地もあり、そこの生徒が授業が終わった後に駄菓子を食べながら夕方の緩い時間を過ごすという光景が毎日のように見られた。中には店主であるシツツメを目当てに来ている女子生徒も何人かいるのだが、そのことを本人は知らない。


「シツツメさん、そんなんじゃその内にお客さん来なくなるよ? ただでさえシツツメさんの経営がいい加減すぎて、何でこの店が潰れないのかって議論になっているぐらいだし」


 椅子に座り、駄菓子を食べているウルフカットの制服姿の少女が呆れたように言った。店内にいる他の数人の客も制服姿であり、全員が夜桜高校の生徒であるということが分かる。シツツメは文庫本をカウンターの上に放り投げると「問題無い」と肩をすくめた。


「俺の店だ。どう経営しようが、俺の勝手だからな。それにどの道、今月も赤字だ」

「先月もそんなこと言ってなかった? はあ、どこから経営資金が出て来てるんだか」

「そりゃやっぱり、シツツメさんがダンジョンに潜っていた現役時代に手に入れたお宝を売った財産がまだあるんでしょ? 実はシツツメさん、お金持ちだって噂だし」


 ウルフカットの少女が溜息を吐きながら漏らした言葉に、金髪の少年が横槍を入れた。それを聞いたシツツメは「そんな金があったら海外に飛んでる」と言いながら立ち上がり、棚に並んでいる缶コーヒーを一本手に取ると、蓋を開けて一口飲んだ。勿論売り物である。


 彼らがダンジョンと呼んでいるそれは、遥か昔から世界中の至るところで確認されている。あるいは建築物、あるいは遺跡、あるいは洞窟。様々な姿形で存在しているそれは日常的に人々の生活に関わっていた。ダンジョン内でしか確認できない物質やお宝、それらは人類の文明を急速に発展させた大きな要因であるとも言われている。ゲームやファンタジーの創作物もそのダンジョンが元になっており、そこには魔物や怪物と呼ばれる者たちも存在している。


 しかしそれらは人類の脅威となってはいない。何故ならば魔物や怪物と呼ばれる存在はダンジョン内でしか出現、生息しておらず、加えてある程度の武装や戦闘の心得を持っている人間ならば難なく退治できるのだ。今となっては、少し過激なアトラクションや小遣い稼ぎの場となってしまっている。

 そして現代においてはインターネットにより世界中の人々との交流も容易い。ダンジョンに潜り、その様子を配信したり動画に撮影するというのはもう当たり前のことであり、世界有数の巨大コンテンツにまで成長していた。その動画配信により一山当てて有名になった、あるいは有名になってやろうという人間は数多くいる。


「それ、シツツメさんに失礼じゃない? お金の話なんて。それにシツツメさんがお金で動くような人じゃないのは、夜桜市の人間なら知ってるでしょ?」

「分かってるよ、言ってみただけだって」


 ウルフカットの少女がじろりと金髪の少年を睨むと、彼は思わず苦笑いを浮かべる。その様子を見ていたシツツメの耳に「あ、もう配信始まってるじゃん!」と大きな声が聞こえた。ドアが開いた入口の前には数人のグループがおり、スマホで何かを見ているようだった。それが気になったシツツメは缶コーヒーを片手に歩み寄ると「何が配信されたって?」と覗き込んだ。


「わっ、シツツメさん。あ、また売り物、自分で飲んでる」

「これだよ、これ。今配信者で一番人気のあるリンネって子で、ダンジョン系超絶美少女って呼ばれてるんだよ」

「何だその謳い文句。地下アイドルか?」

「シツツメさん、そんなことファンに聞かれたらめちゃくちゃ怒られるよ。ていうか、マジで知らないの? ダンジョン系超絶美少女」


 はい、とグループの一人の少年がスマホの画面をシツツメに見せる。その画面には少女が映っており、意気揚々とダンジョン内を探索している様子が見えた。リアルタイムで配信されているようで、視聴者からのコメントが次から次にコメント欄に表示されていた。目で追えないぐらいのスピードでコメントが流れていく様子を見れば、この動画を配信している少女の人気が窺えるというものか。シツツメは「なるほど」と頷く。


「誰だこいつ。見たこともない」

「え、マジで!? シツツメさん本当に知らないの!?」

「まあ、こういう配信見ないだろうし……」

「でもさ、噂によると高難易度のダンジョンはもうあらかたクリアしちゃったらしいから、この夜桜市のダンジョンに来るっていう話だよ」

「それ本当かよ。あのダンジョンに潜るつもり? ダンジョン系超絶美少女とは言え、さすがにヤバいんじゃね?」

「私もそう思うけどさ、いざとなったらシツツメさんがいるじゃん。もしかしたらシツツメさんも配信者デビューしちゃったりしてね」

「何でわざわざ自分のツラを全世界に配信しなきゃいけないんだ。その超絶美少女とやらも、自己顕示欲の塊だな」


 さしてその配信にもダンジョン系超絶美少女とやらにも興味が無いのか、シツツメは店内へと戻っていく。その際にシツツメは後ろを振り向くと、釘を差すように言った。


「お前らもあのダンジョンに潜ろうなんて思うなよ。一般公開されている所なら問題無いけどな」

「分かってるよ。あのダンジョンの怖さは夜桜市に住んでいる人間なら、誰でも知っているって」

「分かっているならいい」


 シツツメは缶コーヒーを飲み、店内に戻るとこちらを見ているウルフカットの少女に気づいた。その目はどこかじとっとしており、あまり機嫌が良さそうには見えない。


「どうした?」

「別に。シツツメさんも、あの配信者が気になるのかなって思っただけ」

「もし気にするとすれば、夜桜市のダンジョンに潜ってからだな。そうならないのを祈るが」

「……ねえ、無理したら嫌だよ、シツツメさん」

「どうだか。その必要があるなら無理でも無茶でもするさ」


 カウンターの奥の椅子に戻ったシツツメはウルフカットの少女から、奥のアーケードゲームの筐体に向けた。そこでは少年がレバーのメンテに四苦八苦しており「それが終わったら隣も頼む」と言ったシツツメに、「えー!?」と少年が声を上げた。



  ◇



 時刻は夜となり、夜桜高校の生徒で賑わっていた店内も誰もおらず、しんと静まり返っている。シツツメは店内の掃除を終えると、店の外へと出た。人影は見えず、客が来るような気配も無い。今日はこのまま店を閉めるかと、シャッターを下ろそうとした。シツツメ商店は開店時間も閉店時間も決まっておらず、開けようと思った時間に開店し、閉じようと思った時間に閉店するという何ともいい加減なスタイルで営業していた。


「…………」


 シャッターを閉めたところで、黒のスキニージーンズのポケットに入れていたスマホが振動する。スマホを取り出し、画面を見ると電話の着信だ。シツツメは頭をぐしゃりと掻き、ふうと息を吐いてからその電話に出る。相手の声は男だ。


「よう」

『四季か? 済まないな、この時間に。出てくれて助かった』

「今日はこのまま連絡が無いと思ったけどな。そう上手くはいかないらしい」

『まったくだ。こっちとしても四季に連絡をしないことが一番良いからな』

「連絡が来たっていうことは、そういうことか」

『ああ。ダンジョンの第二階層に潜ったグループが戻って来ない。全員が適応者だったから、過信したのか……いや、正確に言えば一人は戻って来た。そして助けを求めている。こちらからも人員を出すが、四季の協力が必要だ。頼めるか?』

「ああ、分かった。すぐにそっちに向かう。到着したらそのままダンジョンに潜る。時間との勝負だな」

『よし、それで頼む』


 相手の男の言葉を聞きシツツメは電話を切ると、シャッターの鍵をかけて裏口から店内へと入った。店の奥の従業員スペース(シツツメ一人しかいない店だが)で服を脱いだシツツメは、ロッカーを開けてその中に入っているタクティカルスーツを着た。特殊部隊でも採用されている代物を身に纏うと、鞘に収められたナイフを二本、腰のベルトに差した。そして

一丁の自動拳銃をホルスターに入れると、いくつかのマガジンも用意する。そこに込められた弾は鈍い光を放っており、明らかに実弾であることが分かる。

 手早く準備を済ませ、シツツメは店の裏の駐車スペースに停めてある車に乗り込むとエンジンをかけ、アクセルを踏み車を走らせて行く。車を運転するシツツメはふと、ウルフカットの少女に言われた言葉を思い出していた。


『無理したら嫌だよ、シツツメさん』


 シツツメは自嘲するように笑みを浮かべる。そしてぽつりと呟いた。


「俺が無理して他の命が助かるならそれでいいさ」


 世界には様々なダンジョンが、数多く確認されている。そしてダンジョンはいずれも構造などは異なっており、そこに難易度が設定されている。ランク1から10まで決められており、低い難易度のダンジョン──ランク1などはそれこそ散歩感覚で行けるぐらいだ。そしてランクが上がれば上がるほど攻略の難易度も難しくなり、同時に危険も増える。配信で人気を博すのは高難易度のダンジョンのアタックだが、勿論無事で済まない場合も多々存在する。

 シツツメが住んでいるこの夜桜市にも、ダンジョンが存在している。だが基本的に夜桜市のダンジョンに、夜桜市の人間が入ることはない──いや、一般公開され安全が確保されている場所から先へは行かないと言った方が正しい。

 その理由はひとつ、命の危険があるからだ。世界中にある高難易度のダンジョンのほぼ全ては攻略されている。しかしこの夜桜市に存在するダンジョンは、世界でもただひとつしか確認されていない攻略難易度10のダンジョンで、未だに誰一人として攻略に成功したことがない。だがそれを攻略することができれば、世界の歴史に名を刻むことができるということだ。誰もが知る偉人たちと同列に扱われる。


 それを夢見て、夜桜市のダンジョンに挑戦する人間は後を絶たない。しかしその悉くが挑戦に失敗している。失敗し、逃げ帰るだけならば何の問題も無い。しかし夜桜市のダンジョンの構造、深さ、そして出現する怪物や魔物の強さは他のダンジョンと一線を画している。はっきり言って、そこで死ぬことも珍しくはないのだ。

 シツツメはそのダンジョンに挑戦したはいいものの、戻れなくなってしまった人間の捜索や救出を行っている。だがシツツメはそこで金銭のやり取りはしておらず、完全にボランティアの立場を取っていた。彼に助けられた人間は多い。

 自分からは基本的にダンジョンに潜ることはなく、動画の投稿や配信も行っていないため名は知られてはいない。しかし十数年前、シツツメは時の人であった。


 夜桜市のダンジョンは現在分かっている範囲で、十六階層まで存在している。その十六階層まで単独で到達し、そして生きて戻って来たのが当時高校生だったシツツメなのだ。何故彼が夜桜市のダンジョン攻略をしなくなったのかは、誰も聞いてはいない。

 今のシツツメはダンジョンの攻略よりも、そこで助けを求めている人を救うことを最優先にしている。

 それはこの日の夜もだった。

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