壊れたのは私だった。

わか猫

壊れたのは私だった。

 明日は娘の運動会だった。

 私は重い腰を上げてクローゼットに眠っているカメラを取りに行く。

 昔の写真見返そうとして、カメラの電源をつけた。生き生きとした自然、気持ちのいい青空、大きな虹。1番最初に表示されたのは、まるでユートピアのような、美しい写真だった。

 しかし、こんな写真を撮った覚えはない。夫が勝手にカメラを持ち出したのだろうか、とも思ったが、機械が苦手な彼は、恐らく操作の仕方も知らない。

 だとしたら、一体……?

 体がこわばった。

「ピッ、ブーーー、ピピッ」

 カメラが急に変な音を出し始めたのだ。

 どうすればいいのだろう。カメラの異常音は止まらない。あの写真はカメラが壊れたせいなのか。それよりも、今はこの音を止めなければ。娘が起きてしまう。

「ピー」

 電源ボタンを押した。

「ズズッ」

 何度押しても。

「プビッ」

 何度押しても止まらない。

「ピッピピピピピ」

 止まらない。止まらない。止まらない。異常音が頭の中に響いて、おかしくなりそうだ。ぐわんぐわんと脳が捻じ曲がっているみたいだ。視界がぼやけていく。

 

 遠ざかる意識の中で、幼げな高い声が聞こえた。

「鈍感なふりしないで、ママ。ちゃんと、自分のしたことを認めてよ」 


 虹がかかった青空と緑豊かな自然が美しい絵。母の日のプレゼントとして、娘が描いてくれたのだ。私はそれを写真に収めた。


 画面の中には、美しいユートピアが、私の目の前には、地獄のように赤黒く染まった絵があった。

 腐りかけた愛しい肉の匂い。

 私の手についた、乾燥した血。

 いつのまにか、カメラの音は止まっていた。

 代わりに、声にならない叫びが響いていた。


「ごめんなさい」

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