第53話 魔女のかまど
「これでよし」
「ふ、ふぇぇ……世界があ、明るいです」
「その方が可愛いよ。ベラちゃん」
ミカヅキさんはそう言って、ベラさんの髪をセットしていた。
顔がまるで見えなかった彼女の髪を頭の後ろでまとめ、可愛らしい顔を覗かせている。
ベラさんは私達と同じくらいの年齢で、素顔は恥ずかしいのか顔を真っ赤にしていた。
「さ、これから呼び込み……と言いたいんだけど……」
ミカヅキさんはそう言って紫色の何か……食べた感じシチューだと思うけど、それを見ていた。
ネムちゃんはその意味を理解したのか、ベラさんに聞く。
「ベラさん。少し聞きたいことがあるのですが、シチューのこの……紫色、これにはこだわりはあるのです?」
「色……? 特に……ない……よ。美味しくなるように……作ったら……毎回こんな……色に……なる」
「では、この色のままだと食欲が減るかもしれないので、色を変えてもいいのです?」
「味が……変わらなければ……いい……です」
「任せてほしいのです!」
ネムちゃんはそう言って背中の荷物を降ろし、そこから何か
そこには赤色の粉が入っていた。
「味は変えたくない。ということでしたので、色だけを変えるようにするのです。まずは色、食べたくなる色。というのはやはりあると思うのです。そしてこの紫色を食べたくなるような色にするにはこのフレイムウルフの素材と……」
ネムちゃんはぶつぶつと言いながらいろいろな粉や素材を放り込んでいく。
10分ほど待っていると、シチューの色は優しいオレンジ色に変わっていた。
「ベラさん! 味見をしてほしいのです! 味は変わっていないと思うのですが……」
ネムちゃんはそう言って、ベラさんにシチューを差し出す。
彼女はおそるおそるそれを食べると、頷く。
「大丈夫……です。味は……変わっていない……けど、とっても……ほっとする色……です」
「良かったのです!」
ベラさんはホッとしていて、その表情を見たネムちゃんも笑顔になっていた。
そんな2人を見て、ミカヅキさんが大声を出す。
「よし! それならさっさと呼び込みをするよ!」
「分かったのです!」
「はい!」
そんな事を話していると、クルミさんがどこからともなく女性客を連れてきている。
「みんな~とりあえず2人くらい連れて来たよー」
「わ、クルミちゃんの言っていた美味しいお店ってここ?」
「結構……雰囲気はあるよ……っていうので噂にはなってたけど……店主さん可愛いね」
「でしょー? シチューも飲んでみて? 絶対美味しいから!」
「そこまで言うなら……」
「1杯ずつください」
2人組の女性はそう言ってベラさんに注文をすると、ベラさんはゆっくりと器にシチューを注いで手渡す。
「どう……ぞ」
「はい、お金です」
「じゃあ……食べよう……か」
2人はお金を支払い、じっとシチューを見た後それを食べる。
「ん! 優しい色に似合わないこの味! すっごく病みつきになりそう!」
「刺激的かと思ったらその後には優しく包んでくれるような味! 素敵!」
2人はそう言って勢いよく食べ、とても美味しそうにしていた。
「これ! もう一杯ください!」
「私ももっと食べたいです!」
そう言ってなんと3杯も食べて帰ってくれたのだ。
「とても美味しそうに食べてくれて良かったですね」
「……はい」
私の言葉にベラさんはちょっと詰まりながらも返してくれる。
彼女の瞳は食べてくれた人達をじっと見ていた。
「さ、次のお客さんも来るんだよ! 次の準備して!」
「……は、はい」
「サフィニア! 君は厨房に入ってベラちゃんのお手伝い! もっとたくさん連れて来るからね! いっぱい用意しておいてよ!」
「はい!」
私が返事をすると、ミカヅキさんは次にネムちゃんを見る。
「ネムちゃん!」
「はいなのです!」
「君はシチューの代金の受け渡しをやって! いい?」
「任せてほしいのです!」
ミカヅキさんは今度はベラさんを見る。
「ベラちゃんはサフィニアちゃんに何を切ってほしいとか、これをやってほしいって事をお願いしてね? 彼女は賢いからちゃんと分かってくれるから」
「は……い……」
「大丈夫。サフィニアは優しい……から。ああ、そうだ。サフィニア」
「はい?」
私はミカヅキさんに呼ばれ、もしこんな事があった時はこうしてほしい。
ちょっと変な事をお願いされる。
「そんな……事をするんですか?」
「うん。ないと思うけど、もし今言った様な状況になったらお願い」
「分かりました」
「助かるよ。アタシとクルミでたくさんお客さんを連れてくるからね」
「よろしくお願いします」
そう言ってミカヅキさんはクルミさんと他のお客さんを呼びに行き、次々と連れてくる。
最初の頃は物珍しさで少しずつ……という感じだったけれど、シチューの美味しさもあってドンドンと人が増えていく。
ベラさんからの指示も次第に増えていき、かなり忙しくなる。
「はい! お代をいただくのです! あ! 食べ終わった器かこっちに返していただきたいのです!」
「あ……あの、サフィニア……さん、これを……」
「切っておけばいいんですね!」
「は……い。切り方……は」
「みじん切りでしたね! やっておきます! さっきと同じ5本でいいですか?」
「はい……大丈夫です」
「任されました!」
私達は厨房でやりつつも、ベラさんはお客さんに彼女の作ったシチューを出し続けた。
でも、いい人ばかりが来る訳ではない。
「おいおい。嬢ちゃんに美味いシチューがあるって言われてきたら、作ってんのは年下のガキばっかりかよ!」
中年の男性がそう言ってくる声が聞こえ、お客さんの方を向く。
そこには、冒険者らしきおじさんがいて、酔っているためか顔が赤い。
料理を受け取ろうともせず、いやみっぽくベラさんにからんでいる。
「あ……その……すみま……せん」
「あん? ガキが作ったものにゴルドが出せるかよ。無料で……あん?」
私は手に持っていたアースシャークの牙をおじさんが見えるように取り出す。
そして、アースシャークの牙で近くに落ちていた石をたたき壊す。
「てめぇ……何を……」
私はその問いに答えず、アースシャークの牙の硬さを見せた所で、それを握りつぶした。
バキャ!
「……」
おじさんは私のただのパフォーマンスを見て、どんどんと顔色が青ざめていく。
「す、すんません。お代はいくら……あ、いえ、ちょっと迷惑もかけてしまったようなので、これ、おつりはいらないので取っておいてください!」
そう言って彼は走って逃げていく。
「よし! ミカヅキさんに言われていた通りできました」
「よしって……サフィニアさん……まさかその牙本当に握りつぶしたのです?」
「やってみたらいけました」
「そんな簡単に……」
ネムちゃんはまじでですか、という顔をしていたけれど、今はそんな事はいい。
「ネムちゃん。次のお客さんが待っていますよ」
「あ、はいなのです。それでは次の方!」
多少の問題……イベントはありつつも、今日用意してきた食材は全て使い切ってしまった。
時間も夕方になっていて、他の屋台も店じまいを始めているところもある。
ベラさんは屋台を終えた後、私達に頭を下げる。
「本当に……今回……は、ありがとう……ござい……ました」
「頭を上げてよベラちゃん。君の作ったシチューが美味しかっただけだよ」
ミカヅキさんはそう言ってベラさんを励ます。
でも、ベラさんは首を振ってそれを否定する。
「今まで……全く……売れなく……て、食べて……もらえ……なく……て。悲しかった……です。でも、今回……あなた達に……頼んで、こんなにも……食べて……もらえて、美味しい……っていっぱい……いっぱい……言ってもらえて……本当に……本当に嬉しかった……です」
「ベラちゃん……」
「お父さんに……毎回……無理を言って……出させてもらったけど……今年……ダメだったら……もう……二度と……出させない……。そう言われていて、本当に……どうしようかと思って……いたけど。あなた達のおかげで……それも大丈夫……です。だから、何か……あったら、ここに来て……ください。私が……どれだけ力になれるか……分からないけど、できるだけ……頑張る……から」
そう言って住所らしき場所が書かれた紙をミカヅキさんに渡す。
「それと……これが……今回の……報酬……です。今年は……もう出さないので、とっても色を……つけておきました。また……なにかあったら……よろしくお願いします」
そう言って笑うベラさんの笑顔は、とっても素敵な笑顔だった。
私達は彼女と別れて、宿に戻ってくる。
途中で適当にご飯を買って食べ、宿に戻る頃にはいい時間だった。
寝る準備をして、後は寝るだけ……という時に、私はふと
「とっても……いい依頼でしたね。それもこれも、ミカヅキさんの力があって……ですが」
「何を言っているんだサフィニア。依頼はみんなでやったからみんなの力……でしょ?」
「そう……ですね」
「うん。でも、こうやって……人を笑顔にできる依頼をもっと……やっていきたいよね」
「はい!」
私はそう返事をして、静かになる。
明日はどんな仕事をして、どんな……笑顔を見ることができるのだろうか。
私は楽しみにしながら眠りにつく。
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