第2話 最初の出会い

 唐突に元気よくポーションを飲み干した彼女に、私は戸惑いながらも答える。


「え……と、あ、私はサフィニア。この家に住んでいます。でも無事でよかった。家から出てきた時は死んじゃったのかと思いました」

「え? ないない。あたしはそんな事じゃ死なないよ」

「そう……なんですか? ポーションを飲んでたから……そういうのかと……」

「ああ、違う違う。あたし、ポーションを飲むのが好きなんだ。それで倒れてたのはポーションを最近飲んでなくってふて寝してたの」

「ええ……」


 味はあれだけれど、治癒効果は紛れもなく本物のポーション。

 それを飲み物感覚で飲むなんて聞いたことない……。


「ちなみにあたしはクルミね。いやー美味しかったーこのポーションもいい味してんだよねぇ」

「師匠もお酒が好きでしたけど……」

「お、そのお師匠様はどこにいるの?」


 クルミさんのこの言葉に私は期待で彼女に近寄る。

 もし彼女が師匠になにか伝言とか、渡す物とか……もしかしたらあるのかもしれない。

 そうだったら……とっても嬉しい。


 私は少し声があがりながら聞く。


「お知合いですか?」

「……知らないけど、あいさつはした方がいいかなって」

「あいさつ……ですか。師匠は1年以上どこかに出掛けていて……私もどこにいるのか分からないんです」

「そっか……」

「ええ、いつもは日課の狩りを交代でやっていて……」


 クルミさんも師匠の事を知らず、私は落胆する。

 でも、日課の話をして、私もやらなければならない事を思いだした。


「あ! そうだ。日課をやりにいかないと」

「日課?」

「はい。私、そこそこ食べるので、毎日ご飯を取りにいかないといけないんですよ。それで、今外に出たのも日課に行こうと思っていたんです」

「ご飯は何を食べるつもりだったの? お姉さんが協力してあげようか? とっても美味しいポーションももらった事だし」

「日課なんで大丈夫ですよ。ただ、ちょっとだけ行って来ますね。必要な物があったら家から持って行ってもいいですよ」

「え……それは流石に不用心過ぎるんじゃ……いいや。あたしもついて行ってあげよう。いざという時に戦えるようにね」

「大丈夫ですって」

「いいからいいから」

「まぁ……いいですけど、あんまり強くないんで」


 私はクルミさんと一緒に日課をこなすべく山の森の中の道を入っていく。

 広さは2mほどの道が真っすぐに続いている。


 日課の魔物は大体同じ場所に現れるので、いつも行く場所は決まっている。

 遠くまで行けば美味しい魔物もいるけれど、近くでそれなりに美味しい魔物を食べるならこれから行く場所が一番だ。


 1人でいるから、せめて美味しい料理を作る。

 その為に私は戦うのだ。


 道を歩いていると、クルミさんが聞いてくる。


「なんでここ……道になってるの? 実は人が結構いるとか?」

「いいえ? ここらんに人は私しかいないと思います」

「じゃあこの道は……っていうか、あたしが森に入った時は結構魔物がいたんだけどな……。なんでいないんだろ」

「こっち側にはあんまりいないんですよ」

「そんなことってあるの?」

「私も調べているわけじゃないので詳しくは知らないんですけど、なんとなくこっちの方は少ないんです」

「そっか……なら、こういう時は……大抵、強い魔物がいる時だよ」

「じゃあ注意しないといけませんね」


 ここら辺の魔物は一通り倒して食べたので、特に問題ないとは思うけど。


 そんな話をしつつ、いつもの日課の場所に到着した。

 場所は山の中に少しだけ切り開かれた広場で、その中央には私の身長の2倍はあろうかという体高を持つ、長毛の牛型魔物がいた。

 頭には大きな角、体は長い毛で覆われているけれど、その毛の下は筋肉で膨れ上がっているのが分かる。


 そんな相手を見たクルミさんが叫ぶ。


「ロングホーンバイソンじゃん! やばいって! Bランクの魔物!? 最低でもBランクの冒険者を連れて来ないと!」

「Bランクですか?」

「そうだよ! 町を滅ぼせるくらい強いってことだよ! っていうか、魔物が居なかったのもそれが理由!?」


 クルミさんは焦っているけれど、私は彼女を落ち着かせるように言う。


「大丈夫ですよ。日課だって言ったじゃないですか」

「え? 日課ってあの魔物と戦うのが日課なの!?」

「ではちょっと行って来ますね」

「えぇ!? 武器は!?」

「必要ないですよ!」


 私はクルミさんにそう言って駆け出し、姿勢を低くしてロングホーンバイソンに近付く。


「ブモオオオオオオオオオオオオ!!!」


 奴は大きな角を私に向かって振り下ろすが、当たる訳がない。


 私はダッシュで奴のふところに入り、全身を殴りつけていく。

 まずはアゴ、ここを打ち抜いておけば、奴は大人しくなる。

 それ以降は叩きすぎないように、かといって少な過ぎないように、丁度いい力加減で殴っていく。


 この力加減をいい感じでやると、食べる時に美味しくなるのだ。

 何匹も狩って試したから間違いない。


 それから5分ほど殴りまくった所で、ロングホーンバイソンが死んでいるのを確認する。


「よし!」

「よしじゃない! 超危ないじゃん!? っていうかなんでロングホーンバイソン相手に素手で勝てるの!?」

「えーまぁその話は後でしようかと。じゃないと質が落ちてしまいますので」

「その言い方……毎日食べていたの……?」

「はい! とっても美味しいんですよ? ちゃんとクルミさんの分も用意するから安心してください!」

「違った意味で安心できないんだけど……まぁ、いいか。ここに居続けても危ないだろうし」

「そうですよ! いいから家に帰って食べましょう!」

「だけど、そんな大きなのどうやって持って帰るの?」

「え? こうやってですけど」


 私はいつものように足をつかみ、引きずって家に向かう。

 最初に持って帰った時は木々が倒れてしまったけれど、今ではもう引っかかるものはない。


 私はクルミさんにどんな料理を出したら喜んでもらえるのだろうかと考える。

 できれば美味しく、楽しい食事にしてほしい。


 クルミさんはぽつりと呟く。


「……あの道ってそうやってできたんだ」

「木とか気が付いたら倒れちゃってたんですよね。まぁ、魔物も減ったし丁度良かったです」

「そう……すごいね」

「そうですか? ここで生きていくにはこれくらいできないといけませんから」

「あたしには無理そうだ……」


 そんな事を話しながら家に帰り、私は使い慣れた包丁を出して調理を始める。

 いつもの調子でやっているので、だいぶ手馴てなれていると言ってもいいと思う。


「すごいね。魔物を拳で倒せるし、調理もできるなんて」

「こんな場所に居ますからね。師匠が居なくなってから暇で暇で、楽しい事が料理をして美味しいご飯を作ることしかなかったです」

「そりゃ大変だ」

「と、できましたよっと」


 私は調理したロングホーンバイソンのステーキに、付け合わせの色どりの野菜をえて彼女に差し出した。


 このお肉を食べるにはこれがオーソドックスだけれど、一番美味しいと思う。


 私は美味しいと思うし、師匠も美味しいと言ってくれた。

 でも、クルミさんの口に合うかが分からない。


 そう思っていたら……。


「うわ……すっごくおいしそう……」

「! 美味しく食べてくれるとロングホーンバイソンも喜んでますよ」

「あれをすぐに倒したんだよね……」

「熱い内に食べましょう」

「そ、そうだね」


 私はクルミさんが食べる様子をじっと見る。

 いつもは1人で食べていて、いくら美味しいといってもずっとこの味では流石に飽きる。

 だから、目の前にいる人が美味しいと言ってくれるのか、今はそれが気になっていた。


 クルミさんはナイフでステーキを切って、口に入れると同時に満面の笑みに変わる。


「美味しいよこれ! すっごい! ロングホーンバイソンってこんなに美味しかったの!? うっそ! これならマタビ産のポーションにぴったりなんじゃない!?」


 クルミさんはそう言って全身で美味しさを表現している。

 ポーションと合わせるのは流石に違うんじゃないかと思うけれど、それでもこうやって美味しいと言ってくれるだけで作ったかいがあるというもの。


 私は何か満たされるような気持ちになる。

 と、自分の分も食べなければ、熱いうちに食べるのが礼儀というもの。


 私も彼女の表情を見ながら自分の分を切り分けて口に運ぶ。


「もぐもぐ……?」


 私は今までと違った味がするような気がした。

 いままでは……もっと……なんと言っていいのか、足りないと思っていた。

 でも、今こうして食べているロングホーンバイソンのステーキはとても美味しい。


 何が違うんだろう?


 そんな事を考えながら食べ続けていると、自分の分を食べ終わったクルミさんが話しかけてくる。


「ねぇ」

「ん? あ、お代わりですか?」

「それは大丈夫。あたしはもうお腹いっぱい」

「ではどうしました?」

「ちょっと……提案があるんだけど……」

「提案? ポーションならもうないですよ?」

「ちょ、あたしがそんなポーションしか飲まないような人だと思ってる!?」

「違うんですか?」

「まぁ……違わないけど……って、今はそれはおいておいて、サフィニア」

「な、なんです?」


 久しぶりに人に名前を呼ばれてちょっとドキリとしてしまった。

 1人きりでしてきた生活が長すぎたのかもしれない。


 そんな私の様子に気付いているのかいないのか、クルミさんは目を細めて楽しそうに言う。


「あたしと一緒に旅しない?」

「え?」


 それは思ってもみなかった提案だった。

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