青春都市~次の人生は善人系リア充として生きてやる

田野浩之

第1話 絶望の中年男、息絶える

20年前、5月連休のある土曜日の地方高原小都市の午後。空はひどく暗くどんよりとしていた。天候のせいだろうか。街を取り囲む、麗しいはずの山々は薄気味悪い色を身にまとって人々の前に立ちはだかる。

ここは駅のホーム。ややレトロな列車が停車していた。

「15時10分発、JR美久台線沼沢駅行き、まもなく美久台駅を発車します。ご乗車のままお待ちください」

騒がしい高校生たちや観光客を乗せた列車がゆっくりと動き出す。

列車は市街地を抜け、住宅地や工場地帯、並走する道路を横にして列車は疾走する。

3両編成の最後尾車両。車掌室の前のあたりで中年の眼鏡男が吊革につかまってうなだれていた。私服姿でリュックを背負い、幼く見えるのか若く見えるのかは不明だけど童顔で無表情で人生に疲れ果てたようなオーラが嫌というほど放出されていた。

「まもなく、南美久台駅に到着します。お降りの方はお支度ください」

車掌のアナウンスと共に列車はスピードを落としてゆく。

小綺麗に整備された無人駅に滑り込む。ドアが開く。

車掌が指差し安全確認を行うと中年男は降車し切符を車掌に渡した。

「切符お預かりします」

「どうも・・」

軽く一礼する中年男。

中年男は駅を後にすると道路の脇の歩道を進んでいった。

「あっ、また空き缶だ」

歩道縁石の脇にビールの空き缶が落ちている。

中年男はさっとそれを拾った。さらに彼の視線の先にはチューハイの空き缶が転がっている。すぐさま駆け寄ってそれを拾う。

更にすぐそばに缶コーヒーの空き缶が落ちている。彼は見逃さずに拾う。

「最近は多いなあ。缶は道端に捨てちゃだめだ・・酒飲みたいのは分かる。私も現実逃避のためによく飲むから分かる。でも缶はボックスに入れてくれ・・」

彼の両手には6缶ほどが握られていた。かなり持ちにくそうだ。

近くの自販機の空き缶ボックスにその缶は入れられた。

ガン!ガン!と空き缶投入の音が響く。

「徳だ・・・徳を積まなきゃ・・・少しでも善行するんだ。そうすれば来世はまともになるかもしれないんだ・・」

ブツブツと言いながらボックスに缶を入れてゆく。

ふう、ひと息つく。

そこにベビーカーを押していた若い夫婦が幸せそうに笑顔を振りまきながら通りかかった。赤ちゃんはスヤスヤと寝ていた。

「・・・いいなあ。僕は恋愛とか結婚とか縁のない人生だったけどさ。次の人生は絶対に幸せになりたい。だから僕は空き缶を拾って街をきれいにして・・・・・。君たちは僕の分まで幸せになってな」

遠ざかる幸せそうな家族を目で見送ると更に歩道を進む。

「そういえば姪の綾香ちゃんはすくすく育っているかな。僕はもう40歳になった。何をやっているんだか。こうして独り言ばかりだ」

空を見上げる。どんよりとした空が恨めしい。ぐっと唇をかみしめる。

「美久台駅に戻るか。何分の列車があったかな。もっと公共交通機関を利用するぞ。少しでも列車を利用して地域に貢献するんだ・・徳を積むんだ。僕は美久台市が好きなんだ」

くるっと反転し、南美久台駅に向かって歩く。目はうつろだった。

「僕は幼少の頃から地獄のような人間関係に悩まされてきた・・・つまりはいじめだ・・どこの学校へ行こうとも酷い奴と友達になっちゃって。それがきっかけで悪い輩に目をつけられて。殴られて金取られて!社会人になってからもだ!おかげで恋愛も結婚もできなかった!!悪い輩に追いかけまわされていたからだ!!」

最初は小さい声でブツブツ言っていたが次第に怒声に変わっていった。

「畜生!!!畜生!!!畜生!!!」

狂ったように叫んだ。車に乗っている人からの視線が痛かった。僕は何をやっているんだという後悔の念が来たようで、彼はしょんぼりと下向いた。

「・・馬鹿みたいだ」

南美久台駅へ着いた。中年男は駅の自販機にて缶コーヒーと買おうと財布をズボンから出そうとした。その時だった。

「?・・・!!!」

不快な感覚が体中を駆け巡った。次に胸を締め付けられるような強烈な痛みを覚えた。頭も痛い。自販機横のベンチによろけながら座り込んだ。

これは救急車を呼ぶしかないのか。

中年男は力を振り絞り、ズボンのベルトに装着してあった携帯電話入れからガラケーを取り出した。

ガラケーを操作し119番へと電話をかけた。

「消防指令センターです。火事ですか?救急車ですか?」

緊迫した消防署職員からの声が聞こえる。

「救急車・・をお願いします・・美久台市の南美久台駅の・・・駅前広場で・・・胸が苦しくて・・頭も痛くて・・名前は田上博・・です。ハアハア」

「大至急伺います!南美久台駅の駅前広場ですね!」

「お願い・・します」

次第に意識が遠のく。

ベンチに倒れ込むように横になった。仰向けになり静かにつぶやく。

空はどんよりとしている。

「無念だよ・・・本当に惨めで情けない人生だった・・もっと生きたかったよ・・。

僕は天国にも地獄にも行かない。すぐにこの世に戻ってくる。次の人生こそは善人に囲まれて幸せになってやる・・そしてあの『ノート』が有志に渡れば・・」

走馬灯だろうか。目の前にはクルクルと景色が回っている。

ガラの悪そうな奴らがゲラゲラ笑いながら自分を殴りつけている。


「大丈夫か!しっかりしろ!」

「心臓マッサージを!」

「おい!救急車が来たぞ!!」

駅を訪れた他の乗客たちが博の異変に気付いて騒いでいた。

救急隊が博の元へ着いた時は彼の意識はなかった。

その目には涙が溢れていた。









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