ハードモード・イグニッション

渡貫とゐち

神が恐怖する者たち

 ぺら、とページをめくる手が止まった。

 男の身の丈の半分の大きさの本だ。

 抱えるだけでも大変なのだが、しかし細い腕ながら、その男は本を手に持っている。


 普通サイズの本を読んでいるかのように、軽々とその分厚く大きな本を持っていた――

 重いという感覚はないのだろう。


 本に重量がないのか、それとも重量を感じないほど、彼に力があるのか――どちらとも言えたし、どちらでもないとも言えた。


 重いなら軽くすればいい。持てないなら持てるようにすればいい……それができるのは彼である――そう、神とは、彼のことを言う。


 世界の創造主。

 生物を生み出し、生態系を構築した。


 力を与え、知恵を植えたのだ――人が持つ感情は、それらを最も上手く扱える。

 与えたものを充分以上に扱う人間は、生物の中でも頭一つ分、抜け出るようになる……。

 今では突出した支配者とも言えるだろう。


 ゆえに。

 神は、危機感を覚えたのだ。



「……この人間は、危険だな」



 神の指が、ページに触れた。指したのは顔写真だった。

 一ページに膨大な量の情報が詰まっている。ただでさえ大きなページに、うんと小さく情報が載っているのだ……、その人間について、ほぼ全ての情報が、だ。

 生まれ落ちたその時から、命を落とすその時まで……神は全てを見ることができる。

 人間一人の一部始終が詰まった本――過去現在未来を含めて、『図鑑』なのだ。


 その中から、神は一人を指差した。

 神がわざわざ動く頻度を考えれば珍しいが、しかし珍しいことでもなかった。

 時たまに現れるのだ……、神が警戒する人間というものが。


 神の見た目は若いが、指先を見れば、既に老いた指だった。

 世界が生まれる前から存在している神である。存在、という概念も、人間が生み出したものだ。神には神の定義の仕方がある。

 自身のことを『存在』と認識しているのかは、それこそ神のみぞ知る、だろう。


「この男は、放っておけば、私の力に干渉してくるかもしれんな……」


 実際にするかどうかはともかく、可能であるのが問題なのだ。

 文字通りに神と人間では、今いる次元が違うわけだが……だからこそ、人間が神に手を伸ばしても届くわけがない――……と、分かってはいても、神は見えている危険を放置できるタイプではない。

 念には念を入れ、ゼロに近い可能性であっても対処する……、神が気になった人間のプロフィールに指を走らせ、内容を書き換える。


 まだ誕生もしていない人間だったが……、プロフィールを書き換えたことにより、この人間は万に一つも、神に届く才能を持って生まれてくることはなくなった。


 後天的に覚醒することもない……それでも完全とは言い難いが、しかしそれどころではない状態に置いてしまえば、人間の枠から突出した才能には蓋がされるだろう……。


 神を脅かす才能など、不要である。


 書き換えられたプロフィール。神の一筆によって、目をつけられたその男は、大きなハンデを背負い、生まれてくることになったのだった――



 人間に限らず、生物は生まれつき、ハンデを背負って生まれてくる個体がいる。


 たとえば目が見えない。

 たとえば耳が聞こえない。

 たとえば声を発することができない。

 たとえば片足がない。

 たとえば、たとえば、たとえば――挙げ出したらきりがないだろう。


 ハンデを背負った人間はごく普通の生活にも苦労する……当たり前だ、なぜなら『神がそうなるよう』に書き換えたのだから。


 ハンデを背負った者たちには、『ハンデがある生活』にだけ注目してほしいのだ――そうしなければ、彼(彼女)は、神に干渉できる才能を開花させてしまうかもしれない……。


 世界を大きく変えてしまうような影響力を持ち、神の手でも修正できないような変革を起こしてしまうかもしれない…………怖いのだ、神は。


 彼らのことが。

 天才ゆえに天災で。


 いずれ神の力さえも越えて、自分の立場が乗っ取られるかもしれない……

 万が一だが、あるかもしれないのだ。


 そう考えてしまったら、手を下さないわけにもいかなかった。


 もしも。

 ハンデを与えてもなお、その『障害』を突破して才能を発揮する者が現れたなら、神に打つ手はないだろう。


 そこまでされたら、神もお手上げである――手を上げて、降伏だ。たとえ打つ手があったとしても、称賛を込めて受け入れるだろう……、既にその者は神を越えているとも言えるのだから。



 ……勘違いするな?

 今の世界で優秀な人間は、一番ではない――二番目だ。


 評価され、大物になった人間も、二番、三番手の才能であり、実力である。


 忘れるな。

 優秀過ぎて神に危険視され、ハンデを背負わされた『本物の天才』がいるということを。


 心の片隅で見下しているあいつこそ、数多の天才を凌駕する、天才ならぬ、天災だ。



 ―― 完 ――

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