この転生は誰が為に

ハヤシカレー

『この転生は君の為に』—《壱》



——



 白と黒を基調とした、モダンなマンション、その一室のそのまた中の寝室にて、僕は目を覚ます。

 支憶シヨク有為ユウトは、目を覚まさせられる。

 時刻は二時——午後の十四時じゃあなくて、午前の、つまりは深夜の二時である。こんな遅くに人の眠りを妨げる様な阿呆、それは一体どこのどいつなのかといえば、


「ほらほら起きて! もう深夜だよお兄ちゃん?」


 それは、支憶誰夢スイムである。

 人は深夜には寝るものだという常識を、我が妹は知らないらしい。


「もう深夜だから寝させてくれ」

「え〜!? なんで、私が起きてって言ってるんだから、お兄ちゃんは起きたくなるはずでしょ?」

「全然眠りたい。【早寝遅起き且つ中途覚醒はせず】、それが支憶有為の座右の銘だ」


 それは座右の銘じゃないよ。だって語感が悪いもん——と、誰夢はそう言いながら僕の布団を吹き飛ばす。

 布団が吹っ飛んだ! と、そんな状況。 


「布団が吹っ飛んだ、とか言ったら、問答無用で電気を点けるよ」

「言わない」


 声に出さなくて良かった。


「……で、何の用なんだ? 人の安眠の権利を剥奪しておいて、暇なだけとか言ったら承知しないからな」

「またまた〜、お兄ちゃんはシスコンだから、私に嫌な思いはさせないでしょ?」

「再来月行く予定の遊園地、そのチケットを燃やす」


 その火が燃え移り、この家が全焼したとしても、飛び火した家が燃え……また飛び火して、いつしか日本全土の木造建築が燃え尽きる事になろうとも、僕は燃やす。


「勘弁、ほんとに、それだけは」


 その言葉はチケットを燃やす、という行為に対する物であって、決して僕が思考した様な日本全土焼け焦げ事案に対する物じゃない。だけれど、後者に対する物としても、違和感が無い程に重たく、切羽詰まった声であった。


「なら早く言うんだ、これは一体誰が為の目覚ましであるのかを」

「誰夢が為の目覚ましだよ」

「僕に得は?」

「無いよ」


 無いらしかった。

 起こされた事を含めれば損をしている。

 まあ、僕は別に損得勘定だけで動く人間じゃあないので、デメリットが大き過ぎなければやってやろう。

 誰夢が為に、行動してやろう。


「それで、肝心の内容は?」

「発信者不明のメールに従って、日が昇らない内に山奥に行くから、着いてきて欲しい——簡潔に言えば、そんな感じ」

「うん、行くな」


 それで解決する内容だ。


「ええ!? 行くなってどうして……ああ! 寝ようとしないでよ!」

「逆にどうして行こうとするんだよ」


 発信者不明って言い方から、誰夢もそのメールを怪しいとは思っているのだろうに、何故従おうとするのか、僕には理解出来なかった。

 犯罪の匂いというか、明らか犯罪そのものじゃないか。


「いや、勿論私も訝しみはしましたよ? けどさ」

「けど?」

「なんか、使命感? というか義務感……みたいな衝動に駆られているんだよ」

「お前が駆られるべきは衝動じゃなくて焦燥だ」


 何者かに狙われているこの現状に怯え、さっさと警察に相談してくれ。そうしたいんだったら当然、僕も協力するし(やれる事なんて無いだろうけど)。


「ホントにヤバいんだって、こう……魔王を倒せ、勇者! って神様に言われてるみたいなさあ!」

「勇者は大抵男だろ? だからお前は気にせず、のどかに暮らして、平和ボケしていて良いんだぞ」

「お兄ちゃんは凄いね。この時代にそんな発言をするだなんて……今じゃ女勇者は普通だよ?」


 うん、知っている。

 普通過ぎて溢れかえっているし、そもそもとして僕が生まれる前から存在している。


「はあ……、あんまりこういう事はしたくないんだけど、仕方ないね」


 誰夢の言葉を聞いて、僕はてっきり、電話を点けられるのかと思い、身構えたのだけれど……そうではなかった。


「お兄ちゃんなら、絶対私を護ってくれるでしょ?」


 と、乾いた様な笑顔で、声で、首を傾げて言う。

 その際、誰夢は上着の裾を微かに上げ……その下から覗く白い素肌には、青黒くて赤黒くて血腥なまぐさい模様が幾つも浮かぶ。


「…………はあ」


 その行動を、言葉を、傷を前にして、僕は諦めた様にため息をつき、


「三分待って、準備するから」


 と言ってベッドから飛び降りる。

 ああ言われたら、あの痣を見せられたら、行動しない訳にはいかない。

 誰夢を護る事——それは僕にとって宿命であり、贖罪である。

 ある意味では、誰夢がさっき言っていたのと同じく、衝動に駆られているのであり、僕が言ったのと同じく、焦燥に駆られているのであった。

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