(コミックス二巻5/8発売!)落ちこぼれ退魔師は異世界帰りで最強となる
秀是
第一章 帰還編
プロローグ
『お役目、ご苦労』
見渡す限り、どこまでも透き通り澄み渡った蒼穹が眼前に広がる世界。その中に、純白の雲が浮かんでいる。
雲の上には二つの人影があった。
一つは初老の男だった。純白の祭服に身を包んでいる。
顔は初老ではあるが、生気に溢れ、荘厳さがにじみ出ている。頭部には髪が生えておらず、光り輝いており、さらにその頭上には光り輝く輪が浮かんでいる。
『よくぞ、勇者に協力して魔王を滅ぼしてくれた。礼を言おう、異世界の守護者よ』
どこまでも力強く、それでいて穏やかな声色だった。その声を聞くのは、黒い外套に身を包んだ年若い青年であった。
「四年か。長いようで短かったな」
青年はどこか感慨深く呟く。この世界に、異世界より魔王を倒す勇者の守護者として、目の前の存在に召喚された少年は、四年の歳月を以って青年へと成長し、その役目を終えた。
彼は勇者とその仲間とともに、幾度も死線を乗り越え、ついに魔王を倒すことに成功した。
『儂とて、異世界の住人を無理やり連れてきて戦わせるのは不本意じゃったわい。しかしそうでもせねば、この世界は崩壊してしまうところじゃった』
この世界は、剣と魔法が存在する、青年から言わせればファンタジーの世界だった。
この世界に突如として魔王と呼ばれる存在が出現した。
魔王は新たな魔物を生み出し、この世界を滅ぼそうと暴れ回った。
事態を深刻に考えた存在――青年をこの世界に召喚した存在である――神は、魔王を倒すべく行動を起こした。神が直接、世界に干渉することはできない。だからこそ、間接的にこの世界の住人に力を貸した。
神託により、勇者を覚醒させ、聖剣を与え、魔王を倒すための仲間も見いだした。
だがそれでも足りなかった。あと一歩のところで、勇者は魔王を倒せずに敗退した。それが二度も続いた。
もう後が無いと、神は最後に異世界より援軍を呼び寄せることにした。
それがこの青年・
「それで? 俺はこれでお役御免で、元の世界に帰れるのか?」
『うむ。これ以上、お主がこの世界に留まるのもまた問題だ。元の世界ならば、今のお主でも確実に問題なく存在を許されるであろう』
「まるで俺が危険な存在みたいな言い方だな」
『実際、その通りじゃ。自覚はあろう? お主自体はともかくとして、お主の中におる存在は、この世界には置いておけぬ』
「……そうだな。まあいい。元の世界に帰れるのならどうでもいい」
確かにこの世界に思い入れはある。四年もこの世界にいたのだから。だがそれがそのままこの世界に永住しても良いという気持ちにはならない。
それに目の前の神との最初の契約では、役目を終えれば元の世界に帰してくれるという約束だった。
「この世界に俺の居場所はねぇ。あいつらはあいつらなりに上手くやるだろうよ」
一緒に魔王を倒すために旅をした仲間達。勇者、聖騎士、剣聖、武王、大魔導師、聖女。皆、いい奴らだった。けど……。
『未練でもあるのか?』
「……いいや。俺は、
真夜は肩をすくめる。実際、この世界で強くなりすぎた自分は、異端と言っても過言ではない。
(それに文化・文明レベルが違いすぎるからな)
衣食住だけでなく、トイレ事情まで大幅に劣っている。特に食事は、米がないのは辛すぎた。住めば都と言うが、どうしても忘れられない物はある。
『ならば良し! 儂もこれで気兼ねなくお主を送り出せる! あとこれはサービスだ。お前が元の世界から消えた五分後に送り返そう! 肉体も若返らせよう』
「それはありがたいが、力の方はどうなるんだ?」
『肉体が若返る分、若干の弱体化はあるじゃろう。それにお主の中の存在も、あちらの世界の制約を受けるはずじゃ。その方が世界的にもお主的にもありがたいじゃろ?』
神の言葉に真夜も納得する。確かに弱体化は好ましくないが、少し程度ならば問題ない。
なぜなら、弱体化しても四年前の、落ちこぼれと言われていたあの時の自分よりも確実に、遙かに強いのだから。
「ああ。それでいい。また鍛え直すさ。まだ伸びしろはあるからな」
『うむ。正直、四年前のお主の力は、てんでだったからのう。強すぎる存在は呼べなかったから、伸びしろが高く、勇者の守護者になり得る存在としてお主を呼んだのだからな。お主は儂の目論見通り、勇者の守護者として成長してくれた。そしてその役目を十全に果たした』
神が真夜に求めたのは、圧倒的な強さではない。敵をなぎ払い、魔王を倒す存在ではない。
勇者とその仲間をあらゆる存在から守り彼らに害為す、すべてから護る存在である。
真夜はまさに、神の目算通りの働きをしたのだ。
『感謝しておるよ。守護者・シンヤよ』
「神様に、それも八百万の神や一神教の神じゃなくて、一つの世界の管理神に感謝されるなんて、そうそう無い体験だな。ありがたく貰っておくか」
『ふん。言葉遣いの悪い、不敬な奴め。儂じゃなきゃ、神罰を喰らわしておるところじゃ。もっとも、今のお主なら、簡単に防ぎそうじゃが』
「生憎と、神様と無駄に喧嘩するつもりはない」
『もうよい。この程度、笑って受け流してやるわい。とっとと元の世界に戻れ。儂も忙しいのでのう』
勝手に呼んで、用が済めばさっさと帰れとは、神と言うのは随分と身勝手である。だが神であるのだから、それも許されるのであろう。
『ではさらばじゃ。もう会うことも無かろうが、お主に祝福があらんことを』
神が胸の前で手を握ると、真夜の身体が光に包まれる。爆発したかのように発光すると、彼の姿はこの場から消え去った。
この日、とある世界を救った勇者パーティーの一人、守護者たる青年は元の世界へと帰還を果たす。
彼はこの世界に来た当時、また別の名前を有していた。
退魔師。それは闇の存在たる怨霊や悪霊、妖魔の類いを祓う存在。
退魔師・星守真夜。
しかし四年前、彼はこう呼ばれていた。
名門の退魔師一族に生まれた、落ちこぼれ退魔師と。
これはかつて、落ちこぼれや無能と言われた退魔師の少年が、異世界にて強大な力を得て帰還する時より始まる、彼の新たな物語である。
◆◆◆
かつて人間と闇との領域が曖昧で、近かった時代。人々は闇の存在を恐れた。闇の存在は、人々を呪い、襲い、犯し、殺し、喰らった。
それらの闇に対抗するために生まれた存在は、かつて陰陽師と呼ばれていた。
彼らは星を詠み、吉凶を占い、闇を祓う特殊な存在として、長きに亘り人々を守護してきた。
しかし時代が移り変わり、さらに闇との戦いが激しさを増す中、戦闘に特化した存在が新たに生まれることになる。
退魔師。陰陽術の流れを汲む、戦闘に特化した術者達である。彼らは陰陽師のように、星詠みの力などを重視するのではなく、単純な戦闘術に特化、先鋭化することにより、闇に対して圧倒的に優位に立つことに成功した。
逆に陰陽師はその数を極端に減らした。戦闘能力という点では、陰陽師は退魔師に劣る。そのため、戦いの中で命を落とす術者が多かった。
また彼らは闇を祓うだけでなく、政を担う権力者に重宝されていたのだが、権力争いの余波などにより、政敵もろとも抹殺対象にされるなど、彼らにとってまさに凶事に巻き込まれることで、さらに数が減っていった。
付け加えれば、陰陽術は習得に退魔師以上の才能を必要とした上に、陰陽師達も自らの優位性が薄れることを嫌い、必要最小限しか弟子を取らなかったり、跡継ぎに恵まれなかったりすることで、ついには純粋な陰陽師は絶滅することになる。
その代わりに、退魔師が全盛を迎える。
退魔師は陰陽師と同じく呪力――現在では霊力――と呼ばれる特殊な力を使い、陰陽術とは異なる霊術を扱うことで闇を打ち払う。彼らの才能は遺伝による物が大きく、彼らは日本各地に様々な退魔師の家系を築いた。
数ある退魔師の家系の中でも、とりわけ大きな派閥がある家系が六つ存在する。
炎の霊術を得意とする
水の霊術を得意とする
雷の霊術を得意とする
氷の霊術を得意とする
風の霊術を得意とする
そして六家の中で、最も優れていると言われる、すべての霊術に適性がある
だがその六つの一族が一目置く、最強とも呼ばれる一族が存在する。
名を星守一族。最強の退魔師の一族と謳われる存在である。
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