アカウント多重人格症候群
@akaneironofude
ふと思い出す、あの日々を・・・
「葉海(はうみ)先生、職務中にSNSは・・・」
「サボってるわけじゃないですよ、麦原(むぎはら)先生。
私のSNSに届いている、『子供たちの悩み』に目を向けているんです。
___あ、あと私は『先生』じゃありませんから。」
私が見ているのは、SNSの『メッセージ欄』 そこに連なる、多くのアカウント。そして、彼らが書き込んでいるのは、多種多様な『悩み』
『勉強の悩み』『恋愛の悩み』『人間関係の悩み』『家族の悩み』
よくあるような悩みもあれば、だいぶ特殊な悩み、子供が抱えるスケールではない悩み・・・など。
実は悩みにも『流行』がある。
『風邪』が流行れば、『風邪の悩み』が多くなる
『恋愛映画』が流行れば、『恋愛の悩み』が多くなる
子供たちの悩みは、まさに『流行が生み出した負の産物』なのかもしれない。流行そのものを否定するわけではないけど、世の中明るい事ばかりではないのが、子供たちの悩みが表している。
「それに、こうゆう時にチェックする方が、集中できるんですよ。
昼間はとにかくあちこちがうるさくて、せっかく送ってくれたメッセージに集中で
きないんです。」
「まぁ、それは否定しませんけど・・・」
部活を終えた学校は、とても静か。私はこうゆう時が一番、仕事に集中できる。もちろん昼間もしっかり仕事はしているけど、休み時間にも制限がある。
それに、学校に生徒や教師が大勢いると、どうしても気が散ってしまう。それを気にして、なかなか相談できない生徒も、結構いる。
昼間は『カウンセリング室』で仕事をする私だけど、夜は職員室で仕事をする。夜、一人きりでカウンセリング室にいるのは怖いから。
日が沈んでくると、歩いている人が帰宅途中の学生から社会人に変わる。特にこの辺りは住宅街が多いから、疲れた顔を滲ませながら歩くサラリーマンやOLが、重い足を必死に動かして家を目指す。
夕暮れの色が残る夜の空と、家路を急ぐ人と鳥。今日もいつも通り、日常が終わっていく。
大人になってから、一日の終わりが早くなったように感じる。学生時代、父からその話を聞いて「そんなまさかー」と思っていた自分も懐かしい。
「まぁ何でもいいですけど、自分のスマホをここで充電するのはやめてくださいよ。
そんな事したら、学生に示しがつきませんから。」
「_____そういえば、今日のお昼休み、C組の笹美(ささみ)さんにも、同じよ
うな事を言ってませんでしたか?」
「あぁ、あれですか・・・・・」
笹美さんの場合、1年生の後半辺りからやり始めてるんですよ。
2年生になったら、少しは落ち着くかと思ったんですけど・・・
もう、何回言っても聞いてくれないんですよ。」
麦原さんが頭を抱えるのも仕方ない。学校で使われる電気だって、タダではない。年々電気代はグングン上がっていって、公共の施設でも節電が徹底される。
それは、学校でも同じ。必要最低限の電気は仕方ないけど、その必要最低限の電気代だけでも、教師や校長が悲鳴をあげるレベル。
だから麦原さんが、目を凝らしながらチェックするのもうなずける。結局その電気代を支払うのは、私たち大人だから。
学校の資金にも限りがある、だから切り詰められるところは切り詰めていかない
と、学校として成り立たない。学校だって、お金がなければ機能しない。
「もしよければ、その生徒のカウンセリングしますよ。」
「え? そんな大袈裟な・・・・・」
「その子にとっては、何度指導されてもいいから、スマホの充電を優先したい理由が
あるんです。
今は注意される程度で済みますが、大人になってからも同じことを繰り返すと、さ
すがに許されませんからね。」
人は誰しも、何かしらの『クセ』や『習慣』がある。私も、スマホには悪いと分かっていても、充電100%の状態のまま、ケーブルを抜かない。
その程度なら、日常生活に支障は出ないけど、『人生』や『仕事』に関わるなら、すぐにでも治す努力をした方がいい。
特に子供は、一度クセがついてしまうと、大人になってから治すのは難しくなる。大人になると忙しくなり、治す時間が限られてしまう。
それに、子供のころからずっと続けているものを治すのは、『タバコ』や『お酒』を断つのと同じくらい難しい。
「やっぱり『カウンセラー』の言葉は、他の教師とは違う重みを感じますなぁ。
自分じゃなくて、葉海さんに任せたほうが良さそうだ。
___それにしても、今の子供たちはこんなに難しいものなんですかね?
私も学生時代はよく悩みましたけど、今の子の悩みは、私たち大人の考える事をは
るかに飛びこえているのは、なぜでしょうか?」
「時代と共に、悩みも変わるものですよ。
昔は『ラブレター』が基本でしたけど、
今は『SNS』で、異性に思いを打ち明けるんですよ。
『写真』も『データ』になって、
『各分野の教科書』も『タブレット』一つで事足りるんです。
そんな時代を生きる子供たちの悩みに、私たち大人の常識が通じないのも、仕方な
いんです。
『SNS』も、確かに便利なツールではありますが、時に使い方を間違えると、人生
そのものを脅かす存在になってしまうんです。
その『SNS』で、私は少しでも多くの子供たちの悩みに寄り添うために使っている
んです。」
「_____『カウンセラー』って、ただ相手の話を聞くだけじゃないんですね。
見直しちゃいました。」
子供は、新しいものに慣れていくのが早い。私も若いころはそうだった。でもいつ頃からだっただろうか、流行や最先端についていくのが大変になったのは。
仕事に追われ、毎日が『反省の積み重ね』と『教科書のない独学』
昔見たネットの記事に、『流行が面倒にな流のは、女子力が下がっている証拠』なんてものがあったような気がする。
けれど、社会に女子力は必要ない。『最低限の身だしなみ』だけで事足りる。
『モデル』や『女優』ならまだしも、カウンセラーにそこまで女子力が必要なわけではない。
大人になって気づいたけど、最低限の身だしなみができない人が、意外に多い。
しかもそれは、大人に限った話ではない。生徒のなかには、生活環境は至って普通なのに、髪がボサボサな女子生徒だったり、ヒゲが生えっぱなしの男子生徒もいる。
そして、そんな必要最低限の身だしなみができない人は、心に何かしらのわだかまりを抱えていることが多い。
悩みが大きすぎると、自分自身を見返る心の余裕すらなくなってしまう。
『あの時の私』もそうだった
私の眺めているパソコンの画面には、多くの子供たちの悩みが集約されている。年相応の悩みもあれば、異色な悩みも、まさに多種多様。
それに、似た悩みがあったとしても、住んでいる地域や環境が違うと、アドバイスも変わる。大変だけど、まるで辞書や百科事典を眺めている気分。
麦原先生は、『最後の鍵閉め点検』をするため、教務室から出ていく。戸締りは部活終わりの学生の役目だけど、Wチェックのため、先生が最後に見て回る。
最近は学校に不法侵入する『暇人』も多い、その分、先生の仕事もさらに増える。
私は、あまり家に仕事を持ち込みたくないから、いつも学校が閉じるギリギリまで、教務室で作業をしている。家に仕事を持っていっても、集中してできる気がしないから・・・
生徒が学校にいる時間帯は、生徒のカウンセリングに時間をかけて、生徒が学校から完全にいなくなる時間帯に、届いているメッセージのチェック。それが毎日。
(_______ん?)
私の目にとまった、とある一件の悩み相談。それを見た私は、自分の『学生時代』を思い出した。その内容は、かつて私が抱いていた悩みや疑念に、そっくりだった。
もう私の学生時代は何年も前に卒業しているはずなのに、悩みの内容がほぼ一緒で、ちょっと笑ってしまう。
昔も今も、人間の抱える悩みの内容が変わらないのは、神様もびっくりかも。
『アカウント名 沙耶
こんにちわ、Neneさん。私、○○県の高校に通っている、高校3年生です。
相談したい事は、『SNSのアカウント』の事なんです。
実は私、このアカウント以外にも、『もう一つのアカウント』を持っています。
今使っている『沙耶』のアカウントより、別に持っていた『裏アカウント』の方
に、いつの間にかフォロワーやコメントが多くなってきたんです。
内容が穏やかなら、まだ私もこんなに悩まなかったんですけど・・・
何が問題かというと、その裏アカウントに書き込んだ内容は、ほぼ全て
『学校に関する愚痴』や、『世間に関する愚痴』なんです。
「私がこっそり愚痴ったした内容なんて、誰も見るわけないよね」と思って、大勢
の人に見られる設定にしてしまった私も浅はかでした。
思った以上に共感してくれる人が集まって、最初はすごく嬉しかったです。
自分だけが抱えている悩みではなく、多くの人も、同じ悩みを抱えている事が知れ
て、勉強できた事も多かったです。
ただ、そのうちどんどん、自分自身に違和感を感じ始めたんです。
いつも私が使っているアカウントの影が、いつの間にかどんどん薄くなりました。
そうしたら今度は、私自身が『裏アカウント』に引っ張られるようになって、自分
でもよく分からないんですけど、性格とかが変わっているような気がするんです。
ほんの少し前まで、大した事でも怒らないように気をつかえたのに、なぜか最近は
大切な友人と、クラスを巻き込むくらいの大ケンカをしてしまいました。
そんな時、少し前まで自分から謝りにいけたのに、なぜか「自分は悪くない!」
「相手が悪い!」と、自分を弁護する言葉ばかりが浮かんでくるんです。
裏アカウントを消せばいいだけの話かもしれませんが、裏アカウントをお気に入り
登録してくれる人たちも沢山いるので、消すに消せません。
ただ、これ以上リアルの生活が、自分のせいで崩れていくのも嫌なんです。
私は、一体どちらを優先するべきなんでしょうか?
これから先、私はどうなってしまうんでしょうか?』
「あぁー、これがいわゆる『裏アカウント』ってやつですか?」
「むっ、麦原さん?! いつの間に帰ってたんですか?!」
真剣に画面上の文字を読んでいたら、後ろからのぞいていた麦原さんの存在に気づかなかった。時計を見ると、もう学校を完全に閉じなければいけない時間が間近に迫っている。
「すみません、今自分も帰る支度するんで・・・」
「自分もSNSとかやってますけど、ただ眺めるだけで、滅多に書き込まないんです。
でも若い子にとって、SNSは『眺める場所』というより、『自己主張の場』ですか
らねぇ。」
「それは、子供も大人も関係ないと思います。
我々大人でも、SNSに執着しない・・・とは限りませんから。
それこそ、現実よりもSNSの世界で生きている大人の方が、子供よりも多いと思い
ますよ。」
私がカウンセラーの道を歩む決断をしたのも、SNSがきっかけ。もしそれが、穏やかで暖かい思い出なら、私もここまで真剣に、カウンセラーとしての道を歩まなかったかもしれない。
『あの出来事』は、大人の力でも解決が難しかった。そして、時が経った今でも『同じ火種』が残り続けているのは、SNS自身が、時代に流されずに生き残ろうとしている『本能』なのかもしれない。
SNSは、確かに便利なツールであり、良いところも悪いところもある、人間とほぼ一緒。そう考えると、SNSとは、もはや『一つの大きな生命体』なのかもしれない。
SNSが、迷える人間の心を誘惑しているのか、私たち人間が、がSNSを歪ませてしまったのか。
最近は、『AIが人間の仕事を奪う』というフレーズを聞く機会が多くなった気がするけど、それは果たしてAI側の問題なのか、それとも私たち人間の問題なのか。
___いや、『AI』や『SNS』を生み出したのは、紛れもなく私たち『人間』だから、便利なツールに悪意はないのかもしれない。
『AIが悪意を持って、人類をおびやかそうとしている』
なんてフレーズを、一昔前から、よく耳にするようになった。
「そういえば、葉海さん。」
「はい?」
「葉海さんって、なんか・・・・・『カウンセラー』って感じじゃないですよね。
なんて言うか・・・そう、テレビに出ている『インフルエンサー』みたいな。」
「あははっ、よく言われますね。
でも、私がSNSに出してる内容は、ほぼ『バイク』か『風景』ですけどね。
流行っているキラキラのスイーツとか、流行っているファッションは、調べる気も
起きませんよ。」
「確かに、流行り物を追いかけるだけでも大変ですからね。
今はSNSも『仕事』や『趣味』の時代ですから、世界も広くなりましたよ。
そのうち、『動画配信もする教師』も、当たり前になりそうですね。」
「もう当たり前になってますよ。
現役を引退した先生とか、予備校の先生とかが、今はネットで数学の公式とか、歴
史の解説をしているんです。
授業は一回聞いただけでおしまいになっちゃって、自分が疑問に思ったことをなか
なか調べられませんけど、動画なら何十回も見返せるから、勉強のやり方としては
正しいと思いますよ。
学校に行けない子供たちの勉強法としても、動画はとても大切で便利なんです。」
鍵を閉める麦原先生は、私が見せたスマホの画面に釘付けになっている。私が見せているのは、生徒からすすめられた『日本史の動画』
麦原先生は日本史を担当しているから、絶対興味を向けてくれると思った。
動画リストには、『平安時代編』『鎌倉時代編』『大正時代編』と、それぞれの年代ごとに分けられた動画が並んでいる。
「はえー・・・・・今の子供たちって、こうゆうもので勉強してるんですね。
自分たちの世代なんて、『教科書』とか『参考書』とか、あと『塾の先生』くらい
しか勉強法はなかったから、今の子供たちが羨ましいです。
この動画、葉海先生が自ら見つけて、勉強してるんですか?」
「いえいえ、カウンセリングした生徒が・・・ね。」
私は一瞬、その生徒が
「麦原先生の授業は早すぎてついていけないから、動画でじっくり勉強している」
と言っていたことをそのまま言おうとしたけど、すぐ喉の奥に戻した。
言うべきか迷ったけれど、今はもう『勤務時間外』だから、やめておいた。それに、勉強についていけるかどうかは、生徒一人一人で違う。
ただ単に、その生徒の得意不得意にもよるから。私が学生だった頃も、合う先生と合わない先生が、必ずと言っていいほど分かれていた。
「生徒との距離が近すぎるのも問題ですが、生徒を知るのは良いことですよね。
___で、話が戻るんですけど・・・・・
葉海さんって、どうしてカウンセラーになろうとしたんですか?」
「__________
んー・・・・・まぁ・・・・・
私も『似たような経験』をしたから・・・かな?」
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