第3話 迷子のみなと君

 うーん、携帯のナビゲーション通りに進んだはずなのだが、迷ってしまった。ココどこー?



「途中、コンビニに寄ったのがまずかったかな。でも、アイスは美味おいしかったんだよな」


 この歳で迷子になるなんて、ちと恥ずかしいな。

 いや、初めて使った道なのだから、迷っても仕方がない。俺は方向音痴ではないはず。今回は偶々たまたまなだけ。


 とりあえず、どこか目印になる場所を見つけて再検索するとしよう。

 えーと、ナビを見るとこの先に公園があるみたいだし、そこで作業するか。



「ふー、結構歩いたし、ついでに少し休憩するか」


 歩き疲れたし、公園で少し休もう。

 でもって、みなとちゃんにメールで訊いてみよう。初メールが迷子になったから場所を尋ねるなんて、俺ってば情けないな。






「……なんで、ここに田所がいるんだ?」


 公園に着いたら、何故か我が天敵である――――田所日狩がいました。現在、奴は公園のブランコに座っております。


 独りで一体何をしているのでしょうか。謎であります。


 つか、其処そこにいたらベンチに座りずれーーじゃん。早くお家に帰れってんだ。せめて、端っこにあるゾウさんのすべり台に移動したまえ、君。



「あ、そういえば、俺は現在うるわしの美少女みなとちゃんだった。共通点とかないし、近付いても問題ないか」


 みなとちゃんは、俺と似たような焦げ茶色の髪に同じ色の瞳だが、女の子だ。俺みたいに絡まれないだろう、女の子だから。

 

 私は空気、私は空気、私は空気。

 よしゃー、気合い充分、行くぞ! テーマは待ち合わせ中の女子高生。ふっ、俺の演技力が火を吹くぜー。


 隠れていた木から飛び出すと、ボスンと何かにぶつかった。



「む、こんな所に人が……」

「うひゃお」


 どうやら、俺は田所の胸の辺りにぶつかってしまったらしい。

 クソ、なんで相手が田所なんだ。

 どうせなら、女子の胸にぶつか、挟まるトラブ、いやイベントの方が良いっつーの!


 ってそんなこと考えている場合じゃないんだ俺。奴に見付かってしまった。作戦失敗、撤収てっしゅう、撤収。


 まずは田所から離れよう。敵から距離をとって対策を練る。うむ、完璧な作戦だ。



「待ってくれ、俺の話を聞いてくれないか?」


 俺が一歩後退すると、あせっている状態の田所に話しかけられる。



「はぁ?」


 いきなり敵に対話を求められた。どーゆー魂胆こんたんだ。

 もちろん、俺の答えは……



「Noだ。貴様、何を企んでいる」

「――女性にそんなこと言われたの初めてだ」


 奴は驚いた顔をしていた。

 あ、やべ、今、俺女子高生だった。田所に見せるのはしゃくだが、可愛らしくいかないといけないんだった。



「突然変なこと言われたら、こんな態度になると思うけど……」


 精一杯、にこやかな笑顔をぶつけてみた。



「ふっ、目が全然笑ってなくて怖い顔になっているぞ」


 はっ、お前に見せる本気笑顔はないってことだ。察しろ。

 というか、美少女に向かってそのセリフ、絶対に許すまじ。



「まったく私は家に帰るのでとっても忙しいの。き、貴方に構っている暇はないのですわ?!」


 ツンデレ委員長風に冷たくきつく喋ろうとしたら、何か失敗した気がする。女性の口調って難しいですな。



「こっちも好きで君に構っているわけではないのだが……まあいい、君も俺も家に帰れないぞ」

「――どういうことだ? 家に帰れないって」


 おいおい、今日の俺の最終目的は帰宅なんだぜ。

 きちんと家に帰ってみなとちゃんに「頑張ったね」と褒めてもらう予定なのに、こんなトラブルは聞いてないよ。



「どこに行ってもどういう訳かこの公園に戻って来てしまう……」

「まじかよっ」


 現在、このエリアでオカルト現象が起きているってことかよ、面倒だな。

 ん、まさか俺が迷子になったのもこのせい? 俺、方向音痴じゃないってことか、ヤッター。



「はー、ナビを使って迷子とかありえないもんな」

「帰宅するのにわざわざ使ったのか? 自宅なのだから使う必要などないだろうに」

「ふんっ、家に帰るのに使って何が悪い」


 まっ、本当は家が何処どこにあるか判らないから使ったんですけどね。

 しかし、ナビも使えないみたいだし、どうしようか。仲間でも呼ぶか。



「どうするつもりだ?」

「あ? とりあえず、お前と二人きりという(恐ろしい)状況を打開するために助っ人を呼ぼうと思っている」

「巻き込む気か?」

「人聞きが悪い。助けてもらうためにちょっと呼び出すだけだ」


 アドレス帳を開いて比井野の名前を探す。本当は、あんまり関わりたくないけどしかたがない。緊急事態だ。


 それでは、純ちゃんよろしく頼む。俺を、田所と二人っきりという地獄空間から救ってくれ。そう、救世主になってくれ!!


 俺は願いを込めながら電話を架ける。ポチっとな。



「あれ、電話が繋がらない。ならメールで」

「止めておけ、どうせ無駄だ」 

「くっ、メールも駄目か」


 急いでメールを打ってみたが、何故か送信できない。無理ゲーでバグゲーじゃないか、こんにゃろー。それとも、これ何かの重要イベントか。



「まったく落ち着きのない女だ。少し冷静になったらどうだ?」

「自宅に帰れないんだ。落ち着いてられるか、馬鹿」


 可愛い女の子と二人っきりならドキワクしながら楽しく過ごせるけど、お前と一緒とか無理。誰得なんだよ。俺は一秒でも早くお家に帰りたいんだ。



「俺だって早く帰りたいさ」


 田所は苛立いらだちながら伊達眼鏡をく。

 前々から思っていたけど絶対こいつ神経質だ。


 そして、俺はふと思った。


 もしかして、これって田所とのイベント? 

 俺は、みなとちゃんに入れ替わっているから、その可能性もある訳で……でも、こいつ自体は攻略キャラじゃなさそうだし、サブイベントかもしれないな。

 試してみるか。



「お前と組むのは大変不本意だが、協力しなければ帰れそうにないみたいだな」

「了承してくれたみたいだな、それじゃあ、よろしく」


 田所が手を差し出す。握手をしようって魂胆こんたんか。



「ああ、よろしく」


 思いっきり田所のてのひらをパンとたたく。

 ふふん、俺と握手するには、もっと、もぉーっと好感度を上げてもらわないとな。



「手荒いあいさつだな」


 ぼそっと田所がつぶやく。

 おいおい、聞こえているぞ。






 しばらく、田所と手分けして公園を調査してみたが、全然成果がなかった。おかしなものも、怪しげな人物も、何も見付からなかった。収穫ゼロ、トホホ。



「はぁ、疲れた、ちょっと休憩。お前も少し休めよ」


 俺はベンチに、ごろんと寝転がる。桜の花びらが風に揺られて、ひらひらと制服に落ちる。



「おい、それでは俺が座れないのだが」

「隣のベンチに座ればいいだろ? このベンチは残念ながら一人用なのだよ。なんだったら地べたに座れば?」


 愛らしいみなとちゃんの隣に座ろうなどは、メーカーが許しても俺は許さないのだよ。まあ、みなとちゃんだったら余裕でOKしそうだし、彼女に戻った時に頼みたまえ。



「…………」


 拒否ったら無言で背後の桜の木に立たれた。背中から無言の圧力を感じる。



「……わかったわかった、隣に来い」

「最初からそう言え」


 ちっ、むかつく野郎だぜ。

 心の中で悪態をついていると、急に携帯が鳴った。

 これは俺を救ってくださる女神の予感。



「おい、出てみろ」

「わかってるってーの、はい、もしもし、みなとです☆」


 田所が、アホかこいつって目で、俺を見る。俺はアホじゃない。フレンドリー精神なだけだっつーの。



「みなと君? 良かった、出てくれて。私は無事に家に着きました。そっちは変わりない?」

「みなとちゃん? うん、実は途轍とてつもなく恐ろしい現象が起きているんだ。聞いてくれよ、男と二人っきりなんだ」

「う、うーん、はたして、それは重大なことなのかな? 違うような気がするけど」

「いやいやいや、大変なことが起きているんだって、こっち! こいつとずっと一緒とか、まじ最悪だよ。うぅー、後生ごしょうですから助けて下さい、みなと様」


 俺がそう言うと、田所が俺をにらむ。

 はん、全然怖くないね。眼力を鍛えてから出直しな。



「……何だか大変だったみたいだね、みなと君。ごめんね、俺のせいだ」

「へ? どういうこと?」

「こちらのイベントのせいで、みなと君たちは足止めにあったみたいなんだよ。もうこっちのイベントは終わったから、解放されると思うんだけど……」

「本当! いえーいー、俺は自由だ、家に帰れるぞ。ヒャホーイ、今日のゴハンなんだろう」


 思わず年甲斐もなく、はしゃいでしまった。

 でも、ここからやっと解放されるのだから、はしゃいでしまっても仕方がないだろう。



「そんなにつらかったんだ。本当にごめんね」


 みなとちゃんは悲しそうな声を出す。これはいけない。女の子を悲しませるのはよくない。



「いや、みなとちゃんは悪くないよ、悪いのはこいつだ!」


 俺はビシっと田所を指差す。

 うむ、ここの公園に何故か居たこいつも悪いと思う。



「おい、なんでだ」

「理由はない!」


 しいて言うなら、みなとちゃんの為かな。



「……まったく今日は散々な目に遇って疲れた。お先に失礼するよ」


 田所は俺に呆れたのかさっさと帰った。妨害工作は解かれているので、この公園に帰って来ないだろう。



「悪の権化ごんげは帰ったぜ!」

「ほんとに本当に、田所君が好きじゃないんだね、みなと君」

「俺はあいつに、何度も何度も煮え湯を飲ませられたからね…………っと、俺もそろそろ帰るよ、家に着いたら連絡するね」

「うん、わかった。気をつけてね」

「それじゃあ、また」


 みなとちゃんとの通話を切ると、たくさんの着信があったことに気付く。みなとちゃんの幼馴染からだ。



「うわーー、心配させたみたいだな、一応メールしとくか」


 二人に謝罪のメールをしてからナビを開き、家に向かう。早く家に帰りたいぜ。



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