始まりの月(四月)

第1話 作戦会議

 女の子にぶつかってしまったことは沢山あったけど、女の子と身体が入れ替わることは初めてだ。一体全体、どうすればいいんだ。こんなの初めての経験だぜ。


 ああ、申し遅れました。俺、いや私の名前は相風あいかぜみなと(元火置ひおきみなと)と申します。今日から過恋かれん学園に通う(本当は愛巣あいす高校に入学したんだけどね)プリティーでキュートな十五歳です。



「うんうん、そんな感じで明日からよろしく頼むよ、みなと君」


 俺の顔をしたみなとちゃんが、柔らかく微笑ほほえむ。

 そうか、こんな適当でいいのか、そっちは。



「その顔は駄目だよ、アウト! 私は、そんな顔しないよ」


 とりあえず、こっちはそんな風にしていたらいけません。俺はそこそこカッコイイ設定なので、可愛くなってはいけないのです。



「えぇ、そうかな? そんなに違和感を感じる?」


 みなとちゃんが首をかしげる。

 うっ、俺の顔でそんな可愛い仕草をするのは、やめていただきたい。それは女の子がやるのが良いのであって、俺のような男がやると背筋がぞくぞくする。



「ダブルアウト!! 可愛い俺って、すんげー破壊力」

「ふふ、口調が男の子になってるよ。うーん、それにしてもみなと君はスパルタだなぁ」


 みなとちゃんが舌を出す。トリプルアウトにしたいことだが我慢しよう。


 現在、みなとちゃんと俺は入学式をサボって、小さな公園のベンチに座っている。何故かというと、俺たちのこれからについて話し合うためである。






「それでは第一回どの子とラブラブ♡になろうか? 会議を始めたいと思います」


 わーぱちぱち。

 とりあえず、俺とみなとちゃんは元に戻ることをやめて、このまま楽しむ方向で意見が一致したことをお知らせしよう。

 絶対みなとちゃんに反対されると思っていたから、意外な結果になった。



 正直な話、ギャルゲー主人公である俺は、乙女ゲーにちょこっとだけ興味があったりする。


 あ、いや男を落としたいなんて、ちっとも思っていないから。

 ただ、俺はそう、ようするに女性に人気のある男を調査しに行くのだ。

 そして、好かれるコツとやらをゲット。しっかりと乙女ゲー学園の野郎をス・パ・イしてやるぜ☆



「俺みたいに素直に楽しめばいいのに、みなと君」

「あらぬ疑いをかけられる前に、これは言って置かねばいけないことなのです、みなとちゃん!」

「興味があるってだけじゃダメなのかなー」


 はい、駄目です。俺のところは迂闊うかつ承諾しょうだくしてしまうと変なルートを増やされるからね。

 ブルっ、まったく公式があれとかそれとかとんでもないものを作るから、俺が酷い目に会うんだ、畜生ちくしょー



「そんなことよりさ、ギャルゲーんとこは隠し攻略対象者を含めない場合は七人なんだけど、そっちは?」

「んー……乙女ゲーのところは六人かな。でもって隠れているのは、多分一人か二人。そうだ! 攻略対象者の写真を見る?」


 みなとちゃんは鞄からファイルを取り出して俺に渡す。

 おっと、俺も似たようなファイルを持っているんだった。

 急いで自分の鞄から同じ様なファイルを取り出して彼女に渡す。

 


「ありがとう、では早速、拝見させていただきます。どんな子がいるか、楽しみ~」


 隣でパラパラとファイルをめくる音がする。


 ――ぼちぼち、こっちも攻略対象者をチェックするか。

 俺はごくりとつばを飲み込み、過恋学園秘密資料と書かれているファイルの一ページ目をおそるおそる捲る。




「!?」




 衝撃が走る。


 一ページ目には、金髪で赤紫色の瞳をした私服の青年の写真が載っていた。

 そう……何故か青年はを着ている。

 おかしいな、俺の記憶が確かなら、過恋学園の男子はブレザーであったはずなのだが。

 ちらっと次のページを開いてみる。

 すると、にこやかで爽やかな学生服の青年が……ってなんでやねん。こいつなんで学生服じゃないの、もしかして、相当な不良ワルなの?



「あのさ、なんでこの人は私服なの?」

「えっと、古賀こが篤行あつゆき先輩のことだよね。先輩はこの学園の理事長のお孫さんなんだよ。だから、私服が許されてるってかんじかな」


 学生服が嫌なら私服オールオーケー高に行けばいいじゃん。何なんだ、この先輩様は、いやお孫様か。俺の高校の某委員長がいたら真っ先に狩られるぞ、この先輩。


 とにかく、この先輩は校則違反人物として心に刻み、絶対にフラグを建てないようにしようっと。

 まったく学生服で登校しないなんて、不良もビックリのとんでもない先輩じゃないかね、きみぃ



「古賀先輩はライバルがいるし、攻略がとても難しいから、狙うならがんばってね!」


 みなとちゃんが先輩のページを指差しながらアドバイスする。

 安心してください、きっとこの先輩に会うこともないでしょう。なぜなら――



「って、ライバルって何それ! そっちってライバルキャラがいるのっ!?」


 思わずスルーしそうになったけど、不穏ふおんな単語が出てきた気がする。

 ライバル、何だそれ、何だそれ。



「そういえば、みなと君の学校には男子キャラが数人しかいないけど、彼らは全員ライバルキャラかな?」

「違う違う、岡本おかもととは友達だって。友達に女の子を取られるとか最悪じゃん。俺んとこライバルキャラいないから、そんなシステム導入してないから」


 思わず口調が戻ってしまった、うっかり。

 そう、俺の高校にはライバルキャラは存在しない。ライバルキャラは。



「じゃあ、田所たどころ君もお友達なのかな?」


 みなとちゃんは田所たどころ日狩ひかりのプロフィールのページを俺に見せる。



「違う、奴は友達でもライバルでもない、ただのお邪魔虫キャラだ。いやむしろ、敵キャラだ」


 怒りのあまり唇を噛んでしまう。

 奴は俺と好感度が高いキャラを優先に邪魔してくる人物だ。デートは邪魔されたことはないが、大切なイベントを潰されそうになったり重要なフラグを折られたり……くっ、思い出すだけでムカつくぜ。



「……そうなんだ。俺の学校にもいるよ、妨害キャラ」


 みなとちゃんは困ったような顔して告げる。

 みなとちゃんのところはライバルキャラだけでなく、お邪魔キャラまでいるなんて、かなりハードじゃないか。俺、この先やっていけるか心配になってくるんだけど……


 俺はがっくりと肩を落とす。



「ライバルだったとしても、好きな人が同じ人でなければお友達になれるから、だから元気出して!」


 手を握って必死に俺をふるい立たせようとしてくれるみなとちゃん。その優しさに感動したいところだけど。



「はい、みなとちゃんトリプルアウト!」

「えー、そんなぁ」


 今度はみなとちゃんが、がっくりと肩を落とす。

 外見が俺なのに可愛く見えるとか、さすが乙女ゲー主人公だな。


 まじまじと見ていると、みなとちゃんがそっぽを向く。どうやら拗ねてしまったようだ。






 あの後、みなとちゃんは俺が自販機のジュースをおごるまで、ずっと拗ねていました。


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