第471話 壊れたぬいぐるみ

 ここで話を『冒険者ギルドが貴族たちの動きを怪しいと感じ始めた』ことに戻す。


「けれど、そんなドルマリン男爵が不審死を遂げたんですよね。具体的に不審死っていうのは・・・・・・」


 冨岡が問いかけた。

 するとノノノカは一瞬だけ子どもたちの顔色を伺う。話だけとはいえ、具体的な内容となればショックを与えかねない。

 その視線の意味に気づいた冨岡やアメリアは、保護者としてこの話を続けていいのか、と目配せをする。

 先に口を開いたのはアメリアだった。


「あの、子どもたちは私が学園の中で見ておきます」


 彼女もノノノカの話を聞きたくはある。しかし、子どもたちにこれ以上生臭い話を聴かせたくはない。アメリアの性格を考えれば当然の選択であり、当然の行動だろう。


「いえ、ここは私が」


 そう言って立ち上がったのは、レボルだった。


「正直、学園内といえど今は安全ではありません。ベレゼッセス侯爵を含む多くの貴族たちが、キュルケース家とつながりの強いこの学園を敵視している。そう考えた方がいい状況です。であれば、戦える私が子どもたちを見ているのが適任ではないでしょうか」

「レボルさん・・・・・・」


 言葉の意味を強く理解し、自分の無力さをはっきりと意識したアメリアが彼の名前を呼ぶ。

 正しくその通りだ。戦えないアメリアでは、いざという時に子どもたちを守れない。何より相手は『手段を選ばない』と考えるべきだ。

 さらにレボルは言葉を続ける。


「どうにもできない状況になれば、この国を出ればいい。そうでしょう? 長い付き合いとは言えませんが、トミオカさんがどのように考えているのかはわかります。けれど、そのために私たちは失うわけにはいかないんです。未来を担う子どもたちと、トミオカさんを。そしてトミオカさんは、子どもたちの命と自分の命を天秤に載せた時、迷わず自分の命を捨ててしまう。つまり、私が何をおいてでも守るべきは、子どもたち。まぁ、打算的な説明をしてしまいましたが、とてつもなく強い私情で、もう子どもの涙は見たくないんですよ。話の続きなら、後で聞かせてください」


 冨岡の性格や考え方を決めつけるような言い方だったが、彼の言い分には寸分の間違いもなかった。

 もしもフィーネやリオが攫われでもすれば、冨岡は全てを捨てて助けるだろう。自分の命はもとより、学園計画や全財産すら吐き出す。何も叶わなくていい、と考えることは自分でも想像できた。

 ここはレボルの提案を採用する。彼は冨岡が用意していたお菓子箱を持って、子どもたちと学園に向かった。

 ノノノカとレボルの気遣いに感謝しつつ、冨岡は「続きをお願いします」と話を進める。


「得難い忠臣じゃな、あの男は。金だけではここまで尽くさんじゃろう。ヒロヤ、お前とレボルの間にどのような契約がなされているのか、詳しいことまでは知らんがの、あれだけの男を裏切るような真似はすべきではないぞ」

「もちろんです」

「わかっておるなら良い。さて話を戻そうか。ドルマリン男爵の不審死の内容じゃったな」


 数ヶ月前の話である、とノノノカは前置きをし、話し始めた。

 ドルマリン男爵の遺体が発見されたのは、街の外だったという。魔物に食い荒らされ、頭部は無くなっていた。残っていたのは、鎧に守られた胴部と手足の一部。壊れたぬいぐるみのようにバラバラになった四肢が、血液と共に散乱していた。


「ありえんことじゃ」とノノノカは言う。

「男爵とはいえ、貴族が一人で魔物に殺されているなんてことはの。周囲に従者がいなかったどころか、誰も男爵が街の外に出ていることすら知らんかった。じゃが、状況だけを整理すれば男爵は一人だったことになる。それ以外の遺体はないんじゃからの。つまりドルマリン男爵は、誰にも言わず、防具を身につけ、戦う意志を持って街の外に出た」

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