第469話 勇者伝説

 権威と血筋、そして身分格差による恩恵を守ろうとする保守的な王弟派。

 正義感が強く、能力と実績を持つドルマリン男爵。

 聞いた限り、この二つは相性がいいようには思えない。どのような関わりがあるのか、という冨岡の疑問はもっともであった。

 それに対してノノノカは、少し疲れたかのように頬杖をついて答える。


「簡単に言えば、勇者を作ろうとした、ってところじゃろう。ヒロヤは・・・・・・そうか、勇者伝説を知らんな。レボル、お前は知っておるか?」


 どうやら少し疲れたらしく、ノノノカはレボルに話を回した。


「勇者伝説。西の大国、エスエ帝国に伝わる御伽話ですね」

「うむ。子どもが好むような、ありふれた逸話じゃ。少し話が長くなって疲れてしまったのう。子どもたちも飽きてくる頃じゃろうし、せっかくだから勇者伝説を話せ」

「は、はい。かしこまりました。懐かしいですね、子どもが寝る前に聞かせたことを思い出します」


 昔を懐かしむような、少し寂しい表情を浮かべ、レボルは話し始める。


 勇者伝説。

 世界が生まれ、全ては空と海と大地に別れた。

 空は高く、太陽と月が統べる領域。翼を有するものだけが生きることの許された、特別な場所。神々の居場所である。

 海は深く、水と暗闇が統べる領域。人は立ち入ることができず、死が充満している。

 大地は空と海の狭間。空から流れ落ちた雨は、大地を伝って海に向かう。

 そして、大地はそこから逃げ出すことのできない、大きな牢獄である。人間は大地でしか生きられず、空と海の恐怖に怯えるしかなかった。

 空と海の恐怖は、形と命を持って人々の前に現れる。魔物だ。

 魔物は人々を監視する看守である。

 人々は魔物に対抗するべく、群れを成した。その群れは村となり、街となり、やがて国となる。そうすることで、人間よりもはるかに大きく強い魔物に対抗していた。

 西の大陸にも大きな国が生まれる。強靭な肉体を持つ王を中心に作られた国だ。

 しかしその国の王は、自らの欲望のため、弱き民を犠牲にしていた。人々は選択を迫られる。

 王の庇護下に入らず、魔物の恐怖に怯えるか。王の庇護下に入り、権力者の欲望に晒されるか。

 その時、立ち上がった若者がいる。エスエという名の青年だ。

 エスエは悪しき王を討つと、誰もが安心することのできるルールを作った。自らが王となり、力ある者を御する。そして自らが暴走しないよう、身近な者にこう言い聞かせた。

「私が悪しき王になったと判断した時、この剣で私を刺せ。この剣は私が、あの王を討った剣である。勇気ある者がこの剣で悪を討つのだ」

 これは初代エスエ帝国皇帝の言葉である。


 御伽話を聞いた冨岡は、子どもに聞かせるような話か、と苦笑した。言葉の難しさもそうだが、子どもが面白いと思う要素が薄いように感じる。

 だが、この話のテーマは『悪しき者は討たれる』だ。勧善懲悪という意味では、ありがちな御伽話なのかもしれない。

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