第454話 乗り換え

「はっはっは、随分と気軽に乗り換えようとするものだな」

「商人ですから。より良い船に乗りたいのは当然じゃないですか」

「船と共に沈むくらいなら船を捨てるか。だが賢い選択ではあるな。もうキュルケース公爵家に先はない。私につきたい気持ちはわからんではないな。まぁ、今後の心がけ次第では考えてやろう。ともかくこれを私に献上したいということなら、断る理由はないな」


 ベレゼッセスは冨岡から純金製の指輪を受け取ると、嬉しそうに太陽の光当てた。

 金色の反射は見る者を魅了し、心を奪う。


「この輝きは本物だ。間違いなく零れ星であるぞ。ふっ、これはいい」


 その時、ベレゼッセスの頭に浮かんだのは、冨岡を利用して自分が成り上がっていく未来だった。貴族社会での侯爵と言えば、かなり高い地位にいる。貴族の序列は上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。

 しかし、その力関係は単純な爵位の序列だけでは決まらない。

 国への貢献度や領地の広さ、そして財産の量によっても国内での立ち位置が変わるのだ。

 ベレゼッセス侯爵家はエクスルージュの南方に広大な領地こそ持っているものの、そこには大した資産がなく、収入が多いとは言えない。また、現ベレゼッセス侯爵はこれまで国に対して、大きな貢献をしたことがなかった。

 地位が脅かされるようなことはそうそうないが、これ以上の成長は望めない。そんな状態である。ベレゼッセス侯爵の能力を考えれば、当然のことだ。

 彼には人を率いる能力も、商才も、自ら率先して戦場に出る勇気も、何もない。

 自らの立場が、先代から受け継いだだけのものであることは、彼自身が一番理解している。

 そのような状況にあるベレゼッセスが、他の貴族よりも上に立つには、圧倒的な財力が必要だった。そして今、彼の手には文字通り『金の卵』がある。

 このチャンスを逃してなるものか。純金を目にしたベレゼッセスは、これまで抑圧されてきた出世心に取り憑かれた。


「貴様、名前を何と言ったか?」

「トミオカです」

「そうか、トミオカ。零れ星はどれくらいの頻度で手に入る?」

「そうですね、運が良ければ明日にでも追加を」


 冨岡は欲に飲まれたベレゼッセスに対し、都合のいい言葉を送る。

 こうなるとベレゼッセスの頭からは警戒心が薄れていき、いかにして冨岡を利用するか、ということしか考えられなくなった。

 圧倒的優位であることがベレゼッセスの目を曇らせたのである。もしかすると最初から曇っていたのかもしれない。

 彼は自分が『騙す側』『搾取する側』だと思い込んでいる。


「明日にでもだと? 嘘ではないな?」

「確約はできませんが、ある程度の量は定期的に入荷できると思います。つまり、その取引によって得られる利益も」

「莫大かつ安定しているというわけか。ふっ、なるほど・・・・・・これまで特定の商人に肩入れをしなかったキュルケース公爵が、後ろ盾になる理由もわかる。存外俗物だったというわけか。その利益をそっくり奪ってやるのも、面白いだろう。あの堅物が悔しがる姿、そうそう見れるものではないわ。それで?」


 ベレゼッセスが最後に付け足した『それで』という言葉。冨岡はそれを待っていた。


「それで、と申しますと?」

「みなまで言わせるな。零れ星の売買に私を噛ませるという話はわかった。その見返りとして、貴様は何が欲しい?」

「たいそうな望みはありませんよ。私は、商売を続けたいだけです。安全に、大きな利益を。それ以外は何も」

「ほう、この大層な施設を捨てでもか?」

「命と利益。それに勝るものがあるでしょうか?」


 冨岡が答えると、ベレゼッセスは勝ちを確信したかのように笑みを浮かべる。


「懸命だな。私たちは上手く付き合っていけそうだ。いいだろう、貴様の命と商売は私が何とかしてやろう」

「ありがとうございます、ベレゼッセス侯爵様。あの、それでキュルケース家は一体どうなるのでしょうか?」

「どうでもいいだろう、そんなこと。どうしてそんなことを気にする?」

「いえ、零れ星をいくつか預けているもので・・・・・・当然厳重に隠しているでしょうし、私であれば信頼してもらえると思うで、何とか取り返せないかと」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る