第451話 冨岡の戦い

 ベレゼッセスは嫌味ったらしく左胸についた紋章を見せつける。

 捕縛指示が出ていないのにも関わらず、これだけの兵士を連れてきたのは護衛目的だけではないだろう。自分の権威を見せびらかし、相手を威圧するため。また、何か不審な行動をすれば命の保証は出来ないということ。

 子どもたちがいる時間に来たのも、人質になるとわかってのことだろう。

 つまり、ある程度調査されていると考えていい。

 今から冨岡たちは一挙手一投足、言葉の全てにおいて慎重にならざるを得ない、ということだ。

 状況を把握した冨岡は、自分の頬を伝う汗に気づく。緊張するのも無理はない。

 そんな冨岡の様子を察したレボルが声をかける。


「トミオカさん、落ち着いてください。エクスルージュ国内において、王命は絶対です。それに対して何か意見を言う権利は、ありませんよ。私たちにはね」


 レボルの言葉を聞き、最初に反応したのはベレゼッセスであった。


「ふっ、貴様はよくわかっておるじゃないか。身の程を弁える、それは庶民が最初に覚えるべきことだ。言葉や歩くよりも先にな。それのみが貴様らの命を守る術であるぞ。王命でなくとも、貴様らが侯爵である私に逆らう権利はない」


 身分を振りかざすベレゼッセス。レボルの言葉はそれを助長したように聞こえたが、本意は違った。冨岡にだけ伝わるように助言を送っていたのである。

 大切なのは『私たちには』という部分。

 爵位を持たない冨岡たちが侯爵であるベレゼッセスに逆らうことなどできない。が、しかし、侯爵以上の公爵であれば、逆にベレゼッセスが逆らえないはずだ。

 それに気づいた冨岡は、注意しながら話し始める。


「ベレゼッセス侯爵様、これまでの無礼ともとれる振る舞いをお許しください。俺、じゃなくて私たちには王命に逆らう意思はございません。御意の通りに致します」


 口先だけとはいえ、この言葉は冨岡にとって苦痛でしかない。これまでの努力云々ではなく、アメリアやフィーネ、リオの未来を諦めるような言葉だからだ。だがこれも、ベレゼッセスに話を聞かせるための枕詞にすぎない。

 冨岡が頭を下げると、ベレゼッセスは満足そうに頷く。彼にとっては、自分の仕事を全うした、という満足感を得られる瞬間なのだろう。

 そこで冨岡は言葉を続けた。


「私のような一商人に、ベレゼッセス侯爵様と直接お話しする権利などないと十分理解しております。ですが、私にもここにいる従業員たちの生活を守る義務があります。今回どのような理由で、王命が発されたのか愚かな私に教えていただけませんか?」

「ふん、わかっているではないか。そうだ、貴様に話す権利などはない。よってその問いに答える必要はない、ということだ」

「仰るとおりです。大変申し訳ありません。そうですよね、そもそも王命のことを易々と話すわけにはいかないですよね。そう考えると、侯爵様にもその詳細を話すことはないのでしょうか。なるほど、侯爵様もご存知ない話ですね。無礼な問いをしてしまったこと、加えて謝罪いたします」


 謝罪の中に煽るような言葉を混ぜ、早口で言い切った冨岡。よく考えれば失礼な物言いなのだが、ベレゼッセスは冨岡の丁重な態度に誤魔化され、怒り出すことなくプライドだけが刺激される。


「ふ、ふん、王命は国家機密に等しい。その内容は国王陛下のみが知っておられればいいのだ。が、しかし、私とて愚かではない。どういう内容なのか、個人的に調べてから行動する。伝書鳩とは違うのだ」


 続いて冨岡は、ベレゼッセスを持ち上げる。

 これは、冨岡にとっての戦いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る