第436話 虎の尾を踏む

 煽るように剣先を左右させるノノノカ。

 冨岡から見れば、あまりにも理解できない話だった。ここが異世界であり、自分の持っている常識とはかけ離れていると考えてもおかしい。

 大きな組織のトップが従業員の罪に対して罰を与えた。それに対して従業員は不満を持ち、手段を選ばず講義を行う。

 本来であれば、組織全体の力を持って対処すればいい。

 しかし、ノノノカはたった一人で相手をすると言う。さらには自分に勝てば全てを譲る、とまで言い放った。


「危なすぎるでしょ、そんなの」


 思わず冨岡が言葉を溢すと、ノノノカは左手人差し指で自分の唇に触れる。


「黙って見ておれ、これが冒険者流じゃ」


 その瞬間、我慢の限界を迎えたガルーダは思い切り斧を振りかぶる。


「だったら全てを奪ってやる! 全てを俺のものにすりゃあいいだけだ、この力で!」


 ノノノカはガルーダの動きに呼吸を合わせて、大きく背後に飛んだ。


「まずは一点減点じゃ。冒険者たるもの相手の力量を見間違えるな」

「わかってるからこそ、最初から全力なんだ!」


 先程までノノノカが立っていた場所を抉りながら、ガルーダは次の行動に移る。床に突き刺さった斧を支点に宙返りをし、右足の踵をノノノカの頭に叩き込んだ。

 しかし、もうノノノカはそこにいない。一瞬早く右に飛んでダイナミックな前転踵落としを回避していた。


「二点目の減点じゃな。相手に回避されることを考えて、攻撃を行え。隙だらけじゃぞ、小僧。ほら、脇腹がガラ空きじゃ。突き刺してやろうか?」


 言いながらノノノカは剣を突き出したが、寸前で停止させる。

 見た目は子どもと大人。実力の差は大人と子ども。たった十秒程度のやり取りで、明らかな差が露わになった。

 そしてそれは、戦いに慣れていない冨岡ですら理解できる。


「強い・・・・・・本当に強いんだ・・・・・・いや、あんな斧を軽々と振り回して、アクロバティックな動きを見せるガルーダって人もかなり強い。だけど、ノノノカさんは超越してる、卓越してる」


 冨岡が驚きを表現している内にも、戦いは続く。

 手を抜かれているとわかったガルーダは、額に青筋を立てて吠えた。


「ふざけるな! 本気で戦え!」


 そのまま斧を床板から抜き取り、ノノノカの体目掛けて振る。


「ほう、攻撃を縦方向から横に変えたか。いい判断じゃ。しかし室内で長物を振り回すのは減点じゃな」


 ノノノカはそう言いながら真上に飛んだ。まるで蝶のようにひらりと斧を回避すると、空中で斧の動きを目で追う。

 ガルーダの斧は空振りの直後、壁に激突し、一瞬動きが止まってしまった。

 その隙を逃さず、ノノノカは斧の刃に着地し笑みを浮かべる。


「戦いとは全てを利用するものじゃ。地形は武器にも防具にも、敵にもなり得る。まだやるか、小僧」


 誰の目から見ても、実力の差は明らか。それどころか勝敗すら分かりきっていた。

 けれどその言葉と行動は、ガルーダのプライドを傷つけ、少しだけ残っていた彼の理性を奪う。


「くそ! くそ・・・・・・クソが! このロリババア!」


 明らかな敗北を受け入れられず、最後の最後で『罵声』という攻撃を放つガルーダ。喧嘩に負けた子どものようである。

 

「最後の手段が悪口って」


 呆れる冨岡。

 しかしそれは、虎の尾を踏み頭を差し出すようなものだった。


「ロリ・・・・・・ババア?」


 ピシと何かが割れるような音が響く。

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