第224話 スープを繋ぐ

 二度目の勧誘を受けたレボルは、冨岡に釣られ声を出して笑った。


「ははっ、随分な口説き文句ですね。この話はあれかい? 私が冒険者として大きな依頼をこなしていないと知り、私なら雇われ護衛の安定を選ぶと思っての話かな?」

「あー、それはそうです。受付の女性にその条件で紹介してもらいました」

「そうでしたか、なるほど。せっかくトミオカさんが、誠意を持って誘ってくれているんです。私も本音で話しましょうか」

「本音で?」


 冨岡が聞き返すとレボルは、ジョッキを机に置いてから話を始める。


「元々、私は小さな街で料理人をしていたんです。小さいながらも自分の店を持ち、妻と幼い子どもを養っていくには十分でした。それはもう御伽話のように幸せな日々でしたよ。しかし、その幸せは長く続かなかった。自らそんなことを言うのはおかしな話ですが、私はこれまで故意に誰かを傷つけたことはありません。嘘をついたことも、道徳に反する行いをしたこともない。けれど、不幸は善悪など関係なく頭の上に落ちて弾けるものでした」

「不幸ですか?」


 聞き返すとレボルは悲しみを瞳に宿した。

 果実酒の酸味と苦味だけを抽出したような瞳である。


「ええ。妻と子どもは流行病に罹り、あっという間に・・・・・・私に降りかかった不幸はそれだけではありません。流行病で死人を出した店に客など来るはずもなく、妻と子を亡くしてすぐに私は全てを失いました。そう、全てです」

「・・・・・・」


 想像していたよりも重い話に、冨岡は言葉を失った。どう返していいのかわからず、黙ることしか出来ない。

 何のためにレボルがこの話をしているのか、その真意さえわからなかった。

 冨岡にわかるのは、悲しげな目をしながらもレボルが優しい表情を浮かべていることだけである。


「何もかもを失くし、亡くし、絶望した私は緩やかな死を望んでいました。何もしなければ死ねる、そう思っていたんです。しかし、不思議なものですね。どれだけ傷つこうと、腹は減る。空腹だけは忘れられませんでした。その時私は、残っていた少しばかりの金で妻と子が好きだったスープを作ったんです。一口飲んだ途端・・・・・・自然と涙が出た。私は何をしているんだろう、と生きているはずなのに死んでいる私が情けなくなりました。妻たちはまだ生きていたかったはずです。そんな二人を見送った私が、自らの死を望んでどうするのか、と」

「・・・・・・そうだったんですね」

「ええ、そこで私は妻と子に誓ったんです。二人が好きだった味を私は残し続けよう、とね」


 レボルの話を聞いた冨岡は、この空気では聞きにくい疑問を持つ。

 その誓いを刻みながら、何故冒険者をしているのか。

 言葉にこそ出来なかった冨岡だが、表情に出ていたらしくレボルが微笑む。


「どうして、という顔をしていますね。簡単な話ですよ。私がもう一度店を持つためには、冒険者で資金を貯めるしかない。元々、料理人をする前に少しだけ冒険者をしていましてね。強さに自信があるわけではなかったですが、他の仕事よりも金を得られる可能性は高い。その為に私は冒険者をしているんです」

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