第195話 沸点ギリギリ

 どう対応しようか考えつつ、冨岡は背中でアメリアやフィーネが怯えている気配を感じた。

 目の前にいる体の大きな男に恐怖は感じているものの、それを表に出すわけにはいかない。毅然とした態度で対応しなければ、余計に怖がらせてしまうだろう。

 そう考えた冨岡は心の震えを噛み殺し、冷静に頭を下げた。


「申し訳ございません。異物混入については細心の注意を払っているのですが・・・・・・すぐに新しい商品と取り替えさせていただきます」


 その対応が正しいのかはわからない。この男が自分で虫を入れた可能性を考えながらも、冨岡は謝罪する。

 客商売である以上、相手を疑ってかかるわけにはいかないと考えたのだ。

 だが、冨岡はもう少し考えるべきであった。自分の立場が上だと判断した途端に、態度が増長する人間がいるということを。

 そして、目の前にいる男はまさにその通りの人間だった。


「ああ? 取り替えるだと? 俺は虫を食わされたかもしれねぇって言ってんだ! 取り替えるくらいで納得すると思ってやがんのか」


 男は睨みを効かせ、カウンターから突入してくるような勢いである。

 その言葉から、流石に冨岡も男の目的を察知した。どう考えても金銭を要求しようとしているのだろう。

 わかった上で冨岡は冷静に返事をする。


「そう言われましても・・・・・・ではそちらの商品は返金させていただきましょう」

「はぁ? そういうことじゃねぇだろ! こっちは虫喰わされてんだよ! なんだ、この店は虫を食わせておいて、すみませんの一言で終わらせるつもりか!」


 再び男はカウンターを叩いた。

 男が大声をあげ、カウンターを叩く度に冨岡の背後で怯えている気配が増す。アメリアはともかく、幼いフィーネにとっては恐怖でしかないはずだ。

 自分が怒鳴られるだけならともかく、フィーネやアメリアに恐怖を与えられ、冨岡は沸々と苛立つ。

 こうなると虫の混入が店側の責任なのか、男の自作自演なのかは問題ではない。


「申し訳ないのですが、冷静に話していただけますか? 他のお客様もおられますし、中には小さな子もいるので」


 そう冨岡が頼むと、男は余計に声量を上げた。


「関係ねぇよ、こっちは被害者だぞ! 何ならそこのガキに虫を食わせてやろうか!」


 男が叫ぶ。

 頭の血管が切れ、奥歯は擦り減りそうだ、と思いながら冨岡は鼻で深い呼吸をする。直接フィーネを脅すような言葉を看過するわけにはいかない。

 威力業務妨害か何かで訴えられないものか。

 

「子ども相手に大声を出すのはやめてください。話なら俺とすればいいじゃないですか」

「テメェが生ぬるいことばっかり言ってやがるからだろうが!」

「生ぬるい? じゃあはっきり言ってくださいよ、何が目的なんですか?」


 冨岡がそう問いかけると、男はわかりやすく口角を上げる。

 どうやら、冨岡が脅しに屈して自分の言いなりになると判断したらしい。


「金だよ、金。慰謝料としてあるだけの金を出してもらおうか」


 もはや強盗だろう、と呆れながら冨岡は確信した。男は初めから金目的であり、虫の混入は自作自演である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る