第87話 英雄ぶった末路
必死の突撃を受けた男は体幹を揺らされたらしく、苛立ちをあらわにした。
「ああ? 何だテメェ。どいてろよ、雑魚が」
そう吐き捨てながら男は冨岡を押しのけようとする。しかし、冨岡も真剣だ。そう簡単に突き放されるわけにはいかない。食らいつき、ついにはアメリアの腕を握る手まで辿り着いた。
「離せよ!」
「トミオカさん・・・・・・」
鍛冶場の馬鹿力とはよく言ったもので、冨岡は自分の体のことなど厭わず指を剥がしにかかる。
抵抗する男だったが、冨岡の全力に負けアメリアの腕を手放してしまった。
「くそ、邪魔しやがんじゃねぇ!」
せっかく掴んでいたアメリアを奪い返され、男はその怒りを冨岡にぶつける。
握っていた拳を冨岡の背中に振り下ろし、明確に痛めつけた。
「ぐはっ!」
慣れない衝撃で全身の酸素を吐き出してしまう。痛みなのかダメージなのか、冨岡は息ができない。目眩がして膝が笑う。
「トミオカさん!」
心配したアメリアが冨岡の名前を呼び、フィーネは震えていた。
それでも事態は止まらない。
冨岡には更なる危機が訪れていた。いや、もう危機でも危険でもないだろう。もう起きてしまった悲劇だ。
「・・・・・・っああああああああ!」
アメリア視点からは突然冨岡が叫び、体を丸めたのが見える。その背中には特徴もない短刀が突き刺さっており、服に血が滲みはじめていた。
フィーネ視点からは男が短刀を取り出し、冨岡の背中に突き立てる一部始終が見えていた。
当の冨岡は、背中に真っ赤になった鉄の棒をねじ込まれたように感じ、熱さと痛みから何も考えられない。ただ、頭の中で自分の悲鳴だけが響いている。
「トミオカさん!!」
冨岡に駆け寄るアメリアは、自分が刺されたかのように悲痛な表情を浮かべていた。
そんな状況を見下ろしながら、男は悪びれず周囲に吐き捨てる。
「なぁ、見てたよな? 先に手を出してきたのはコイツだぜ。こりゃ正当防衛ってやつだろ」
男の言葉を背中の傷で受けながら、冨岡は地面に倒れ込んだ。その瞬間、アメリアが血で汚れるのも気にせず、冨岡を抱き抱える。
「トミオカさん、しっかりしてください! トミオカさん!」
「ア、アメ・・・・・・リア・・・・・・さ」
「喋らなくていいですから、意識をしっかり保ってください!」
痛みで薄れる意識の中、冨岡はアメリアに大丈夫だと伝えようとしたが、言葉にならない。
アメリアはそんな冨岡を抱きしめながら男を睨みつける。
「どうして! こんな事を!」
男からすると冨岡にアメリアを奪い返された、ということになる。明らかに自分より弱々しい見た目の冨岡に多くの観衆の前で『負けた』のだ。プライドを傷つけられた事による凶行である。
そして、それは止まらない。男はもう息絶え絶えの冨岡に蹴りかかる。
「雑魚が歯向かうからだよ!」
これが少年漫画の主人公ではない男が英雄ぶった末路なのか、と思いながら冨岡は命がこぼれ落ちて行くのを感じた。奇跡の勝利など、存在しない。
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