2.そして逃亡

 どうしていいのかわからないなんていつ振りだろうか。俺はガキの頃まで記憶を巡らせようと考え込んだが、そもそも自分が誰なのかすらわからないことに気が付いた。ここがどこなのかも重要だが、自分が何者なのかすらわからなければどうすることもできない。


 とにかくこれ以上この女に関わる必要もなさそうだし早くここから退散しよう。さきほどこのジョアンナを痛めつけてしまったことで野次馬が集まってきてしまった。


 しかし時すでに遅し、人込みをかき分け誰かがやってきて、ジョアンナと言う女へ声をかけた。


「おい、九条じゃないか。

 こんなところで何してる、またおかしなことしてないだろうな?」


「おかしなことって何よ!

 いっつもバイトの邪魔ばっかしてさ。

 大体呼んだのは交通課なんだからオカさんは管轄外でしょ」


「そんなことねえさ。

 街で起きてる事すべてに関係あるのが俺たち生活安全課ってやつさ。

 それでその小僧が被害者か?」


「そうなんだけど記憶喪失って言ってるわよ?

 この辺の子じゃないみたいなんだけど、なんかちょっとおかしいのかな」


「こらこら、人のことをおかしいだなんて言うもんじゃない。

 それを言ったらおまえさんだって大概だろうに」


「普通のJKに向かってその言い方ないんじゃない?

 アタシなんてヒンコーホーセーなか弱い女の子ですよーっての。

 それじゃ後はよろしくね、オマーリサン」


「こらこら、お前さんも一緒に来てもらうよ。

 目撃者として調書とらにゃならん。

 今日は補導じゃないから大人しくついてくるんだぞ?」


 事情は分からんし何を話しているのかわからないが、この貧相な警備兵のようなやつらとジョアンナは顔見知りらしい。どうやら連れて行かれることを拒むやり取りのように思える。


「おいジョアンナ、こいつらは何者だ?

 揃いの服装でいるところを見ると、この国の警備兵かなにかなのか?

 一体おまえは何をしでかしたんだ。

 やっかいごとに巻き込まれるのはごめんだぞ?」


「ちょっとあんた何言っちゃってんの!?

 あんたが事故で倒れたから通報してあげたんじゃないのさ!

 やっかいごとに巻き込まないで? 巻き込まれてるのはアタシだっつーの!」


「それはどういうことだ?

 俺は怪我もしていないしこうして動けている。

 もう誰かの手を煩わせることもないだろう。

 それとももしかして対価の支払いを待っているのか?」


「違うわよ! もう、あんたったらホントにおかしな人ね。

 それにそのしゃべり方、もっと中学生らしく話せないの?

 もしかしてそれが中二病ってやつ?」


「なあ九条? こう言っちゃなんだが確かにちょっと変わってるかもしれねえな。

 とりあえず署に連れてって保護しつつ調書取らせてもらうか。

 身元がわかれば親御さんに来てもらうこともできるだろう。

 だからお前さんも一緒に来てくれよ?」


「アタシはいやよ、これからバイトあるもん。

 早くいかないと他の子に取られちゃうかもしれないじゃないの」


「お前な、もっと自分を大切にしろ。

 子供のうちからそんなことするもんじゃないぞ!」


「じゃあ大人になったらいいわけ?

 別に体売ってるわけじゃないし、法律の範囲内なんだからほっといてよ!

 それにそんなアタシを必要としてお金払ってくれるのは大人だよ?

 オカさんだって大人の男なんだしきれいごとばっか言わないでよ!」


 ふむ…… どうやらジョアンナは警備兵に咎められるようなことをしているらしい。体を売るわけじゃないということはジョシコーセーというのがそういう方面の職業なのかもしれない。


 大人の言うことはもっともであることも多いが、生きるために職を選んでいられない立場の人間もいる。この警備兵がジョアンナの生活を支え続けてやれるわけでないならまさに余計なお世話と言うやつだ。そしてそれは俺も同じことで、さてとこれからどうやって生きていくとしよう。まさか盗賊に落ちるわけにもいかん。


 とりあえず警備兵に拘束されたのでは面倒が増えるだけだ。なんとか隙を見て逃げ出すことにしよう。あとのことはそれから考えればいい。見た限り裕福そうな国ではないか。乞食一人食うに困ると言うこともなかろう。ジョアンナと警備兵はまだ押し問答をしている。逃げ出すなら今のうちだ。


 俺は二人が揃って向こうを向いた隙をついて走り出した。すぐに気付かれたがそう簡単に追いつかれるものか。幸か不幸か、鎧を身に着けていないこともあって身が軽い。これならいつもよりさらに速く走れそうである。


 人が多く邪魔ではあるが、隙間を塗って走り出すと全くひと気のないところがある。堀があるわけでもなさそうなのでその広い道へと出て走る速度を上げた。背後ではジョアンナが叫んでいるが何を言っているかは聞き取れない。後ろへ目をやるともう大分離れたようで追いつかれることはないだろう。


 そう思って走る速度を緩めた瞬間、俺の体は何かにぶつかり宙高く跳ね上がった。


「きゃああああ!!」

「誰かはねられたぞ!!!」

「事故だ事故! 救急車!!」


 なんだか周囲が騒がしいが、おそらく俺が馬車にでもはねられたのだろう。うかつ過ぎたが、人が歩いていない道があるということは、この世界では馬車専用の道を設けているのだろう。王国と比べてはるかに栄えてそうな街並みを見て察するべきだったのだ。


 まったく俺としたことが日に二度も馬車にはねられるとは焼きが回ったもんだ。そんな風に反省をしつつ立ち上がってからパンパンと埃を払う。そんなことで時間を取られてしまったため、当然のようにジョアンナたちに追いつかれてしまった。


「ちっ、逃げ損ねたか。

 これ以上の面倒はごめんなんだがなあ」


「あんたが一番騒ぎ起こして面倒増やしてるじゃないの!

 それに今また車にはねられてたけど怪我はない?

 死んじゃったかと思ったわよ」


「この国の馬車は馬が引いていないのだな。

 一体どういう仕組みになってるのだ?」


「あんたの体がどういう仕組みなのか知りたいわよ……

 なんにせよ無事でよかったけど、あなたをはねた方は罪に問われるんだからね。

 警察官の目の前だから言い逃れできなくてかわいそう……」


 結局騒ぎを起こしてしまったのであまり強気にも出られず、ジョアンナと共に街の詰所へと連行されることになった。途中で逃げ出さないよう、ジョアンナに強く釘を刺されたのは言うまでもない。

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