ラウンド21 超弩級の仕返し
とりあえず、その夜はお互いに仮眠室で休み、起きてから契約書をやり取りした後、ノアのジェット機でセレニアに一時帰国した。
研究資料の用意も大事だが、変に大きくなってしまった事態の収集をつけるのが先。
向こうも休みなのは承知だが、あらかじめターニャとオークスを呼び出しておき、出張についてはノアと直接話をつけたことを報告した。
ノアやウルド以外の補佐官の面々は青い顔をしていたが、契約の内容はこちらにかなり有利に設定させてもらった。
そのために少々黒い手段に訴えたと告げると、少々どころが漆黒だろうとオークスに突っ込まれたが、まあそこはスルーだ。
この契約に不満があるなら、セレニアに三千万の返金を求めて自分を解放すればいい。
そんな選択肢も与えはしたが、それに頷く人間がいなかったのだから仕方ないじゃないか。
『権力に屈せず、逆に屈服させちゃうって、さすが先輩ですよねぇ……』
ちゃっかりと報告の場に同席したディアラントに言われたセリフだ。
そもそも君がノア様を焚きつけてあの人をセレニアに召還しなければ、僕とあの人が出会うこともなかったし、こんなこじれた事態にならずに済んだんだけどね?
喉元までその言葉がせり上がってきたが、さすがにノアから伴侶になれと迫られているとは言えないので、その不満も飲み込むしかなかった。
それから三日ほどでルルアに戻った頃には、研究所の中に当然のように自分専用のエリアが確保されていた。
今回は単発だが、今後ぜひとも継続的に関係を築いていきたいからと、所長たちの権限で半永久的な特権まで用意されていたのには、もはや笑うしかなかったが。
そうして、自分が正式にルルア国立ドラゴン研究所へ赴任した初日……
「ア~ル~♪」
これまた当然のように、朝からノアが押しかけてきた。
やれやれ。
またスキップをしながら、音符やら花やらをまき散らしちゃって。
やっぱり懲りてないな。
ジョーは溜め息をつき、読んでいた資料を隣のキリハに預けてノアを待ち構える。
「五日ぶりだな! もう少しゆっくりとしてからルルアに戻ってくると思ったのに、こんなにも早く来てくれるなんて―――」
「はいはい、そうですね。」
胸に飛び込んできた細い体を受け止め、片手で腰をしっかりとホールド。
もう片方の手で
そして――― 驚く隙すらも与えずに、その唇を問答無用で塞いでやった。
「ジョーッ!?」
飛び上がったキリハの手から資料が落ちて、地面に広がっていく。
「ついにいったーっ!!」
周囲はにわかに浮き足立ち、顔を赤くしながらも何故かガッツポーズである。
まったく……
この人は僕とは真逆で、味方を作るのが上手な人だな。
なんでキス一つで、こんなに喜ばれるんだよ。
いっそ笑えるわ。
そんなことを思いながら、ゆっくりと唇を離す。
「そりゃ、できるだけ早く戻ってきますよ。一刻も早く、あなたのその顔が見たかったんですから。」
まるまると見開かれた黒い瞳。
ジョーは
「おやぁ? そのうち開き直る……そうおっしゃったのは、あなたじゃありませんでした?」
「ア……アル……」
「こっちは秘密の関係でいたかったのに、もう言い繕いようがないじゃないですか。本当にあなたは、昔から困った方ですよ。」
やれやれと息をつきながら、さりげなくノアの耳元に口を寄せるジョー。
「直球勝負ができないなんて……誰が言いました?」
笑みを含んだ声を、そっと吹き込んでやる。
「キリハ君と僕には遠慮なくキスしておきながら、ご自分がキスされるとは想定していなかったようで? 案外、可愛い顔をするじゃないですか。」
「~~~っ!!」
ノアの顔が、今度こそ耳まで真っ赤に染まる。
それを見て満足したジョーは、あっさりとノアを解放した。
「ごちそうさまです。いい加減押されっぱなしも嫌だったんで、すっきりしました。そういうわけで……さっさと政務に行ってください♪」
とりあえず、今朝の勝負はこちらの勝ちということで。
ジョーはくるりとノアに背中を向け、キリハがぶちまけてしまった資料を拾い集める。
すると、我に返ったキリハが慌ててそれを手伝い始めた。
「ぐぬぬ……アル!!」
ジョーの背中に飛びついたノアが、彼の白衣を何度も揺さぶる。
「なんです? 文句なら受けつけませんよ? キスの取り消しもできませーん。」
「文句はない! 私はむしろ嬉しかった!! 絶対に取り消してくれるなよ!?」
「じゃあ、何がご希望で突っかかってきてるんです?」
「ここまで開き直ったのに、いつまで他人行儀でいるんだ!? この前のように、親しみを込めて接してくれよ!!」
「親しみ…?」
……ああ、そういうことか。
ものの数秒でノアが何を求めているのかを察したジョーは、しっかりと面倒そうな表情をたたえてから、ノアに向かい合った。
そして、その頭を優しく叩いてやる。
「分かったから、早く仕事に行きな。怒ったウルドさんから、僕への接近禁止令が出ても知らないよ? ――― ノア。」
それは、ノアにはたまらない一撃になった様子。
赤い顔に、とてつもない感動が広がっていった。
「ふおおぉぉっ……な、名前…っ」
「何? ようは今の、敬語を使うなって意味でしょ? それなのに、名前だけ様づけだったら変じゃない。嫌なら―――」
「だから、嬉しいんだっての!! お前は本当に、ひねくれた物言いしかしないんだから!!」
「へーへー。そんな僕に惚れたのはどこの誰?」
「ここにいる私だよぉっ!! 悪いか!?」
「やれやれ……」
なんとも愉快な二人の掛け合い。
それを見る周囲は、ほっこりと癒されていたという。
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