ラウンド11 思わぬ手ごたえ

 言い訳を諦めたジョーは、訥々とつとつと胸の内を語り始める。



「復讐のために、ジョーとして生きることを望んだのは僕です。反対されるのは目に見えていたから先手を打って、代理人と死亡届をでっちあげて提出した。、僕自身を殺したんです。でも……世間の目には、絶対にそうは映らない。」



「!!」



「いくら僕が天才だったとしても、そこにどんな経緯があったとしても、〝兄弟を入れ替えて育てた親〟という字面は変わらない。そこをどんだけおもちゃにされるかは、誰よりも情報に浸かってきた僕が一番知っています。」



 ジョーの拳に、ぎゅっと力がこもる。

 その双眸に、滅多に見せない悲しみと懊悩が揺れた。



「僕の自分勝手な復讐心で、この状況を作り上げたんですよ? それなのに、また僕の自分勝手なわがままで、父さんと母さんを悪者にしろと? いくら二人が許してくれたって……僕は、僕自身にそれを許すことができない。」



「………」



「だから、いいんですよ。」



 この話は終わりだと。

 ジョーのかたくなな態度がそう語る。



「さっき、どうでもいいって言ったのは本心です。本当の気持ちにふたをしたとか、そういうんじゃありません。」



「は…? お前、この期に及んで嘘を―――」



「話は最後まで聞いてから非難してください!!」



 珍しいジョーの怒鳴り口調。



 それに思わず口をつぐむと、何故かジョーは少しだけ顔を赤くした。

 そして、こう告げる。



「対外的な名前なんて、どうでもいいじゃないですか。今がとんでもなく馬鹿げた状況だとしても……あなたみたいに、ちゃんと名前を呼んでくれる人はいます。それだけで、僕は満足してるんです。この名前を呼ぶのは―――僕が認めた、特別な人たちだけでいい。」



 自分で言っていて、照れ臭くなったのだろう。



 それでも最後まで言い切ってから、ジョーは恥ずかしさをごまかすようにワイングラスの中身をあおった。



「―――……」



 そんな彼の姿を、ノアは食い入るように見つめる。



 なんだ、こいつ。

 可愛いのか可愛くないのか、はっきりしてくれ。



 今日一日だけで、自分は何度混乱と動揺のジェットコースターに乗せられればいいんだか。



 果たして自分は、彼に気を許されているのか。



 それが気になって仕方なくて、ようやく会えたと思ったら、キリハへのべた甘な態度にもやもやさせられて。



 そんなもどかしい気持ちが、今の言葉で一気に晴れてしまった。



 だって……



〝あなたは、僕が認めた特別な人ですよ。〟



 これは、そう言われたも同義なのだから。





(……ああ、そうか。私は―――あの日、こいつに惚れたのか。)





 やっと、この胸が訴える気持ちに答えが出た。



 初めてアルシードとしての彼に触れた、二年前のあの日。

 彼に礼を言われた自分は茫然としたまま、しばらく身動きできなかった。



 その理由は、彼が見せた想定外の可愛さに―――意識だけではなく、心までもを奪われてしまったからだったのか。



 そう考えるなら納得だ。



 こんなにもやもやしていたのは、彼にそれだけ恋い焦がれていたということ。



 どうにかして彼を呼び出す口実を作りたかったのも、自分が彼に会いたくて仕方なかったからなのだ。



「なあ、アルシード。」

「……はい。」



 まだ照れ臭さが抜けない表情で、ジョーがワインを飲みながら返事をしてくる。





「私の伴侶にならないか?」

「ごふ…っ」





 おお、見事だ。

 どこぞのテレビ番組みたいに、綺麗に噴き出したものだな。



「………っ、………っ」



 ワイングラスをナプキンに持ち替えたジョーは、咳の音を殺しながら肩を小さく震わせていた。



「―――あのですね……」



 しばらくして、口元からナプキンを離すジョー。

 余計に赤くなっているかと思いきや、その顔からは赤みの一切が抜けていた。



「それ、キリハ君だからのアプローチかと思ってたんですけど……まさか、今まで何人もの人にこの方法で迫ったんですか?」



「おい、まるで私が求婚魔のような物言いをするな。さすがに、プロポーズをしたのはキリハとお前だけだ。」



「キリハ君は鈍感だからっていうのが目に見えてるんですが、僕にまでそう来る理由は?」



「アルの場合は確度が違う。」



「確度?」



「そうだ。」



 ようやく自分の気持ちが分かってスッキリとしたノアは、自信満々に胸を反らす。



「キリハの時は、こんな夫も悪くないと思ったからプロポーズをした。アルの場合は、アルを夫にしたいと強く思ったからプロポーズをしている。」



「どこでこじれてそうなったんですか…?」



「私も今気付いたんだが、どうやら二年前にアルから礼を言われた時、見事に惚れてしまったようだ。ギャップにやられたのかもしれん!」



「………」



 そこまで聞いたジョーは、無言で席を立つ。



 そして、ノアの目の前に立った彼は―――その額に手の甲をつけた。



「熱は……ないですね。ワインを飲みすぎました? あなたって、お酒に弱いタイプです?」



「アルシード! 私渾身のプロポーズを、酔っ払いの戯言ざれごとと同じにするな!!」



「お酒が入っている時の言葉なんて、信用できません。」



 ぺしっとノアの額を軽く叩いたジョーは、自分のクロークキーを取り上げてドアへと向かう。



「下でウルドさんが待機してますよね? 迎えに行くように伝えとくんで、今日はもう帰って寝てください。僕はタクシーでホテルに戻ります。」



 少しも動揺していない冷静な口調でそう告げたジョーは、あっさりと部屋を出ていってしまった。



「………」



 一人取り残され、無言でドアを見つめるノア。

 その目には、ささやかな輝きが宿っていた。



(あいつ……断っていかなかった……)



 トクン、トクンと。

 その事実をなぞるほどに、胸が高鳴る。



 お酒を理由に、都合よく返事を保留にされた。

 はたから見たらそれだけだが、相手はあのアルシードだ。



 中途半端が大嫌いな彼は、少しでも嫌なら爽やかな笑顔で痛烈に拒絶する。



 そして、常に舞台の操り手でいたい彼なら、受け流して終わりではなくて、巧みな話術で話の主導権を握ってから去ったはずだ。





 それをしなかったということは―――イエスかノーかの天秤は、イエスに傾いているということだろう?





「……ふふ♪」



 ノアは頬を染めて笑う。



 これは、次に会う時が楽しみだ。


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