ラウンド5 その言葉を待っていた!

「ほおぉ…。ドラゴンの血液にそんな不可思議な力が……」

「竜使い発祥の伝説は何かの比喩かおとぎ話だと思っていましたが、そのまま事実だったのですね。」



「うん……って、みんな、あっさりと受け入れるんだね?」

「受け入れない理由がどこに?」



 全員で問いかけると、キリハが狼狽うろたえて口をつぐんだ。



「おいおい、ここはルルアだぞ? いつまでもセレニア気分でいてもらっては困るな。」



 キリハが戸惑う理由は分かっていたので、悪戯いたずらなウインクを一つ。



「う……うん!」



 ここでは、歴史の責任を感じながら周囲の顔色をうかがう必要はないとだと。

 それがようやく実感できたのか、キリハの表情が瞬く間に輝いていった。



 セレニアの人間たちは、なんともったいないことをしてきたのか。

 やはりキリハは、半永久的にルルアに繋ぎ止めておくべきだ。



 ターニャがパートナーのディアラントは無理だったが、キリハなら将来の嫁ごとルルアに連れてくることもできよう。

 すでにロイリアはこちらに受け入れたし、こうして自分やシアノも歓迎される環境は、彼としても居心地がいいはずだ。



 仕込みはバッチリ。

 あとは、これからの四年で口説いて口説いて、口説き落とすのみ。



 ノアを筆頭に、キリハ永住計画に熱意を燃やす面々。

 それを知らないキリハは小首を傾げ、シアノは狂気と紙一重の好意にドン引きしていた。



 それからようやく、今日のメインだった研究所の案内をすることに。



「あれ…?」



 別の棟へと移動する最中さなか、ふとキリハが立ち止まる。



「あの子、どうしたの?」



 キリハが指差す先には、ぐったりと地面に横たわるドラゴンが一匹。

 その質問を受けると、職員たちが一様に表情を曇らせた。



「一昨日から、体調を崩しちゃっててね。」

「治療は施してるんだけど、ドラゴンの疾病については研究がまだまだで……」



「急に高濃度の薬を投与して副作用が強く出すぎても可哀想だし、完治まで長期戦になっても、低濃度の薬から試していくしかないんだよね。」

「命最優先だから仕方ないけど、申し訳なくてつらくなるわ。」



「そっか……」



 遠目にドラゴンを見つめるキリハの瞳に、うれいが宿る。

 ふいに、その唇が薄く開いた。





「ジョーなら、なんとかできるかな…?」

「………っ!」





 その瞬間、ノアの双眸が鋭く光る。



 キリハよ。

 お前はなんと優秀なんだ!

 ここで空気を読んで、奴の名前を出してくれるなんて。



 思わずガッツポーズのノア。

 それに対し、周囲は疑問の表情である。



「ジョーさん、という方がいらっしゃるんですか…?」

「うん。前にロイリアが病気にかかって、もう殺すしかないってところまでいったんだけど、ジョーが土壇場どたんばで特効薬を開発して治してくれたんだよね。」



「なんと!」

「ひ、瀕死のドラゴンを救う特効薬!?」

「そんな優秀な人がセレニアにいるのか!?」



 その話に食いつく一同。



「その論文は、セレニアでしか読めないのか!?」

「あー、いや……そもそも、論文になってないよ。あれはその場限りの特殊な薬だったし、ジョーも論文にするつもりはないって。」



「も、もったいない…っ」

「ってことは、その技術を知るためには、本人に直接話を聞くしかないってことじゃん!!」



 よしよし、いい流れだ。

 この後当然のように、ジョーの派遣を要請されるだろう。

 これで、ジョーをルルアに呼び出せる口実ができたぞ。



 ノアは満足そうに、うんうんと頷く。



「確かにもったいないよねぇ…。でも、三ヶ月前に先進技術開発部に異動になってからは、オークスさんの研究を手伝ってるみたいだし、そこに便乗して、個人的に薬の改良とかは続けてるんじゃないかなぁ?」





 ――――― ん?





「……キリハ。」

「何?」



「あいつ、先進技術開発部に異動したのか?」

「うん。ようやく折れてくれたって、ケンゼルじいちゃんとオークスさんが大喜びしてたよ。でも……」



 キリハがそこで、複雑そうにうなる。



「天職に戻れた嬉しさが暴走してるっていうか……誰かが監督してないと、寝食を忘れて研究に没頭しちゃうんだよね。一番ひどかった時なんか、四日も徹夜してた上にコーヒーしか飲んでなかったって話だよ。ディア兄ちゃんとエリクさんが、頭を抱えてたなぁ。」



 おい、なんだその話は。

 私は何も聞いてないんだが?



 なるほど?

 ここ最近メールにも反応しないのは、大好きな研究にご執心で、それ以外が眼中に入らないからだと。



 いいご身分だな、あのくそガキ!

 私を心配させるだけさせといて、自分は悠々と天国で楽しんでいたとは…っ



 ガシッと。

 ノアの手がキリハの肩に置かれた。



「呼べ。」

「え…?」



「今すぐにあのアホをここに呼べーっ!!」

「うえぇっ!? きゅ、急には無理だよ!」



「問題ない! あいつは、お前に極端に弱いからな! お前が頼めば断れないはずだ! ついでにあいつの上司にも連絡して、いい加減強制的に休ませろと伝えろ!! そんな病気状態なら、向こうもちょうどいいと休みを与えるだろう!!」



「そ、そんなぁ!」

「つべこべ言わずに、今すぐ電話だーっ!!」


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