第27話 曇り模様

 御笠ヶ原の伝統として、1年生の模擬店はアトラクションをやることになっている。飲食をやるのは2年以上で、さらに調理解禁は3年。本当に妙な話だと思う。

 そうだったことを思い出したのは、今改めて説明されたときだったが。ついついこの話題になると懐かしさが先行する。


「――以上で、説明終わりやーす」


 くたびれたように足立が言うと、教室内からパラパラと拍手が起こった。


「うん、ありがとね、あだっちー。お疲れ様」

「ホントだぜ。もう声出ねーよ」

「バリバリ出てるぞ? さてでは、いよいよ本題の模擬店の内容決めに移ろうと思いまーす!」


 連城が引き継いで朗らかな声で続ける。ぱっとチョークを手に取ると、黒板に何やら文字を書き込み始めた。


「お化け屋敷、迷路、縁日系、カジノ……アトラクションってだいたいこんな感じなんだけど、どうでしょう? 他に何か意見のある人いる?」


 書きだされたラインナップはどれもよく馴染みのあるものだった。確かに、過去3回の御笠ヶ原祭において、これらの企画展示があったのは覚えている。

 連城の言葉に、クラスメイトたちがややざわつく。どれがいいとか、あれなにとか、あちこちで盛り上がっている。


「カジノなんか、ありなんだな」

「実際は名ばかりで、トランプゲームをやるだけさ」

「へぇ、意外と詳しいのな、わっきー」


 百田の無邪気な反応に、つい口を滑らせたと反省する。近頃は自分でも気が緩んでいると思う。もうリープして1ヶ月以上、初め感じていたような緊張感や違和感は薄れて久しい。


「……姉貴がこの高校だから」

「あっ、やっぱり副会長の涌井先輩ってお前のお姉さんか。そんな気はしてたんだよなー。優しい癒し系って感じで、羨ましいぜ」

「癒し系、ね」


 恍惚とする友人の姿に、なんとも言えない気分になる。

 言わぬが花、だな。家での姿を知っていれば、絶対にそんな言葉は出ない。


「……いないみたいだから、この中から決めよっか。一応、第3希望までね。被りまくるのもよくないから調整するんだって」


 連城の発言に教室の賑わいが大きくなる。どれにするー、と素朴なやりとりがあちこちで発生し始めた。


 そういえば、元の世界ではお化け屋敷を第1希望にして他のクラスと競合したっけ。

 そのときはじゃんけんで決めた。その大役を連城が押し付けてきたのだが無事に勝利。たぶんパー封印をした初戦のはず。今思い出した。


 まあ、希望決めについては、今回も同じ流れになるだろう。学祭委員がひとり変わったくらいで、大きく未来は変わるまい。ブラジルで蝶が羽ばたいたって、北京で竜巻は起こらないのだ。

 などと、当事者でありながらすっかり傍観者気分な自分。


「なぁ、ずっと考えてたんだけどこれってちょっとありきたりじゃね?」


 そんなロクでもない発言をしたのは、まさかの学祭委員足立だった。

 いや、お調子者な性格だからその発言にはわりと納得できる。

 だから、まさかそっち側からという驚き。すり合わせとかしなかったのか。でも、昼休みに聞いたばかりだろうからそれは難しいか、とすぐに納得する。


「確かに。足立の言う通りだ」悪ノリしてるのは周防。「俺たちはお客様気分で工夫するということを忘れていた……!」

「だよなぁ! こうもっと、みんなのド肝を抜く革新的な何かをだな……」

「その何かがないかって、今聞いたばかりなんだけど?」


 ちらりと、連城が教室を一望する。笑みの端っこに、やや困惑の色が見て取れた。こいつにしては珍しい表情だ。


 その言ももっともだと思う。

 でも、さっきのは何も出なかったというより、何も考えてなかったに近いのではないか。

 出された例がどれも的を射ていて、既定路線に乗っかった方がやりやすい。そういう判断。誰もが、足立みたく独創性と野心に満ち溢れるわけでない。


 今改めて一石が投じられ、まさに水面には波紋が広がっている。ひそひそ話のテーマは『何か新しいものは』に変わっている。


「先生、スマホで調べていいですか」

「知らん。俺は今から寝る」


 そんな意味不明なやり取りまで起きる始末。葛西のおっさん、いいのかそれで……。そもそもそんなこと訊くなよ。校則では、授業中のスマホは禁止。だが、それは建前なことも多いが。


 なんだか雲行きが怪しくなってきた気がする。

 記憶の限りでは、1年のときこんなに話し合いが紛糾しただろうか。いや、していまい。

 どうやら竜巻が起こってしまったらしい。けれど、それは間延びした感覚。つまるところ、クラス展示のお題目はなんだっていいのだ。

 むしろ、1周目と違う方がなんだかワクワクする。

 というわけで、早速再び挙手。


「おっ、またまた孝幸君! なにかな」

「映画流すのとかどうだ。楽だぞ」

「積極的なのか消極的なのかわかんねーな。とりあえず案として採用!」


 そういう展示を元カノと観た覚えがあった。内容については全く記憶にない。

 俺を皮切りに、次々とクラスメイトが手を挙げる。

 さっきの沈黙など、まるでなかったかのように。まさに雨後の筍のごとし。


「はーい、フォトスポットとかどう?」

「よし、採用! おしゃれ」

「動物ふれあいランド!」

「不採用! 生き物系は不可」

「占いの館!」

「よくわからんが採用!」

 どうやら、女子たちもノリがいいらしい。


「TRPG交流会!」

「採用……と見せかけて不採用! ボードゲーム同好会と被る」

「ロボ展示!」

「えっ!? えーと、採用?」

「世界3大展!」

「なんのだよ!?」

 男連中はふざけることにシフトしてる感がある。


 いよいよもって混沌としてきた。同級生の熱が高まるにつれて、黒板が充実する。いや、さすがに多すぎじゃないか?

 同じことを思ったのか、ここまで書紀に徹していた連城がわざとらしく咳払いをする。


「はい、しゅーりょー! こんなにたくさん出たんだから、もう充分! ってか、多数決取るのも大変だよ……」

「なあちょっといいかい?」

「……おっ、どしたん、ももたん?」


 謎の韻を踏み、連城が軽快に応じる。

 なんとなく胸騒ぎがするのはなぜだろう。思えば、この大喜利に我が友人が黙していたのが不気味に思えてくる。こういうのは率先してふざけるやつだ。だいたい足立と悪い化学反応が起こるのが常。


「現実的なラインとして、脱出ゲームなんてどうよ。個性も出せるし、なによりうちのクラスには学年で1番2番の頭脳が揃ってるんだぜっ!」

「それだっ!」


 百田の発言に、足立が強く同意して、教室全体が納得の息を漏らす。なんたるコンビネーション、図ったかのような滑らかな連携。1年2組は団結していた!


 いやそうはならないだろ。完全にテンションがおかしくなっているな。

 あいつの発言のどこに妥当なところがあるのか。勉強できるからってうまい謎が作れるってことはない。しかも所詮は高校生。人生経験でカバーも難しい。俺のことは置いといて。


 そもそも、こんな大仕事を任されるなんてとんでもない。

 猛然と立ち上がり、俺は後ろを振り返る。


「待て待て。悪いが全く自信ないぞ、俺は」

「おやおや、涌井くん。俺は個人名は出していないぜ? なのに、自分から名乗り出てくるなんて、やだジイシキカジョー?」


 しまった……罠だったか。身体が一気に熱くなる。

 てっきり、新入生テストを踏まえていると思ってた。百田のやつ、こういうときは悪知恵をしっかり働かせやがって。


「うっそー、今の孝幸君のことじゃなかったの? だって、学年1位じゃん。で、2番目がりーちゃん」

「いやまあそうなんだけどな。ともかく、このコンビにかかれば謎の10個や20個、お茶の子さいさいだろ」

「だから無理だって」

「うん、アタシもユッ……ゆーて孝幸君には無理だと思う!」


 連城の強い言い方に教室がどっと湧く。

 味方をしてくれるのは助かるけど、内容には少し傷つく。自覚はあるが、こうオブラートにというか。


 だいたい、もうひとりの方はどう思っているんだろう。

 突然話題に挙げられて、激しく動揺——はしてなさそうだ。話の流れに身を任せ、穏やかな表情でこちらを見ていた。いっそ第三者感すらある。あまりにも危機感がない。


「それでも俺は信じてる。この友のことを」

「お前は自分が関与しないからって」

「いやだなー、もちろん手伝いますよ〜」


 そのにやけ面は微塵も信用できない。絶対、この現状を楽しんでるだけだ。自分に火の粉がかからない位置で。


「うーん、アタシはお化け屋敷とかでいいと思うんだけどなー。まあ、多数決とろっか」


 連城が無理矢理に話を切り上げまとめに入る。若干、視線を時計の方に向けて

 わりと授業時間はまずかった。


 こうして、学祭関連のイベントのひとつめが終わっていく。俺とはあまり無関係に。1周目とは違う方向性で。

 それはこの話し合いの結論次第ではあるのだけれど。




        ◆




「——で、大丈夫なわけ?」


 校門を出るなり、陽菜希がいきなり切り出してきた。


 こいつは結局美術部に入った。ただ活動は割と緩めで休みが多く、そのときはこうして一緒に帰っている。

 しかし、美術部って、全然イメージに合わねえな。キャンバスの前でジッとしていられるのかしら、この子は。やはり活発的な印象が強い。


 はっきりした言い方ではなかったが、おそらくさっきの多数決の結果を言っているのだろう。百田の演説が効いたのか、第1希望は見事に脱出ゲーム。


「今は全力で競合多数なのを祈ってる」

「無理でしょ」

「かなぁ」

「頑張ろーね、涌井くん!」


 学園のアイドルはこのようにやる気満々だった。なにせ、決を採るときばっちり目があったほど。しかも、なぜか満面の笑みを浮かべていらした。


「りりちゃん、こいつに期待しても無駄よ。昔から頭を使う系のものは苦手だもの」

「えっ、そうなんだ? なんか意外」

「小学生のとき、ひとりだけなぞなぞとけなくて泣いてたかんね。『うちゅうにいるうしは?』ってやつ」

「……そんなことあったか? ってか、絶対泣いてねーよ。そんなことで泣くかっ!」

「残念でしたー。あたしはしっかり覚えてるもん。めっちゃ泣いてた。みどり先生すっごい引いてた。——って、リリちゃん? どしたの、大丈夫?」


 でっちあげにしか思えない昔話に興じていたとき、ふいに幼馴染が黙したままのクラスメイトに目を向けた。

 彼女は絶賛考え中。悩んでいるのが、その表情だけでよく伝わってくる。こういう小難しい顔をしているときもまた雰囲気がある。


「あのすみません。さっきの答えって何かな」


 可愛らしく小首を傾げる姿に、これは前途多難だと、陽菜希共に頭を抱えるのだった。

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