10年付き合った彼女の浮気現場に遭遇したら、出会い直前の朝にタイムリープしていたので、強くてニューゲームしようと思う
かきつばた
1章 そして2周目が始まる
第1話 サプライズ
その日は『恋人になった日』だった。
祝い事といえば、クリスマスとかバレンタインとか、まあ強いて挙げると誕生日か。
でも今年は違った。この日のために、数時間のために、あらゆるスケジュールを切り詰めた。おかげで一睡もできていない。でもいいんだ。
——10年。
高1から始まり、それだけ長い年月を共に過ごしてきた。
まさに節目。メモリアルイヤー。
特別な気持ちで、浮かれていたんだと思う。
普段なら絶対こんなことはしない。なんなら、
でもさ、10年だぜ、10年。盛大に祝いたいじゃない。
「ん、あっ……そこ、きもちいい」
「はぁはぁ、うっ……!」
パンパンパン——小気味いい音が部屋中に響いてもうどれくらいかしら。それと
まあ、盛大なのは別の何かであった。
いやぁ、
断っておくが、俺は当事者ではない。さすがに行為中にここまで冷静にコトを分析したりはしない。
では何か。
ひとつ訂正。他人様ではないな。片方――女の方は俺のよく知る人物なのだから。
「はづき……すっごくきれいだ。ちゅっ――」
うわー、舌まで入れちゃって。とても濃厚。びっくりするほどエロティック。葉月の奴、顔が
……果たして俺はいったい何をしているのだろう。どうして、大切な人の浮気現場を半ば実況しているのだろう。しかもこの暗くて狭くて息苦しい
至極シンプルな計画だった。
葉月が帰ってきたら、隠れていたところから飛び出して花束を贈る。プレゼントを渡す。用意してきた愛の言葉を述べる。
物はこの暗闇に吸い込まれてしまってどっかいってしまった。言葉は、思い出すことはできるが気持ちを載せることはできない。
本当は今すぐここを出て、連中を止めにいくべきなんだろう。
俺の大切なカノジョに何してんだ、とまず男にブチ切れる。
そして葉月の裏切りを激しく責め立てる。なんで、どうして、手を変え品を変え理由を問う。時には罵倒を交えて。
でも全ては想像の産物でしかない。身体を動かす気にはなれない。どこまでいっても、他人事のような感覚は抜けない
そもそも、衝動を冷静に分析できている時点でダメなのだ。そんな自分に呆れてしまう。
葉月の後ろに見覚えのない男の姿を見たとき、初めは激しく動揺した。その男は誰で、どうしてそんなに楽しげなのか。なんでそんなに距離が近いのか。
本当の恋人同士みたいな甘ったるい雰囲気で、男は葉月に気安く接していた。葉月の方もかなり気を許しているようだった。
そして思う。そういえば、しばらくそんな葉月の姿を見ていなかった、と。
その事実に気が付くべきではなかったのかもしれない。すっかり俺はその場から動くことができなくなっていた。これからコトが始まろうとしたときにさえ、呆然と眺めていただけだった。
思えば、それが最初で最後のチャンスだったんだろう。タイミングを逃した俺はすっかりお行儀のいい観客になり下がった。洋服に紛れて、まるでマネキンだ。
あまりにも、馬鹿馬鹿しくて虚しい結末だと思う。
もはや全てがどうでもいい。あれだけワクワクして楽しみにしていた気持ちが、もうどこにも見つからない。
ただただ、あの女に失望していた。こんな女だと本性を見抜けなかった自分にも。それが八つ当たりに近い無理やりな自己防衛的思考に過ぎないとしても。
もしかすると、俺はそこまで葉月のことを愛していなかったのかもしれない――
高1の学祭委員をきっかけに仲良くなった。学祭当日に向こうから告白されたのが始まり。
付き合って確かに10年だ。しかし、裏を返せばまだ俺たちは恋人という関係から先には進めないでいるということでもある。
もう26だ。なんなら、ついこの間同い年の友達の結婚式に参列した。だから、珍しいことじゃないのだ。ちゃんと正式に結ばれる、ということは。
まあ彼女は今、絶賛他の男と結ばれてる(物理)わけだが。
ガタッ——立ちくらみがしてどこかに身体をぶつけた。でも不思議と痛みはない。
「あん…………ねぇ、今変な音しなかった?」
「え、気のせいじゃないか……はぁ、はぁ。気づかなかったけど」
変な音を立ててるのはお前らの方だろ。それに男の方はどれだけ夢中なんだよ。結構大きな音だったろ。
心の中で毒づきながら、静かにその場に座り込む。ひどく胸が痛い。それに何だかとても息苦しい。酸欠だろうか……まさか密閉されてるわけでもあるまいし。
隙間から外の様子を確認する。さっきの音で、すっかり雰囲気は冷めてしまったようだ。ベッドのそばで裸の男女が気まずそうに立っている。せめて服を着ろ、頼むから。
ダメだ、なんだかひどく眠たい。意識が次第にぼやけていく。視界は霞む。身体に力は入らない——
「ユッキーっ!?」
前に倒れ込むと同時に、激しく眩しさを感じた。遅れて、よく知っている声が耳に届く。
ヤバい、もう限界だ——これ以上耐えられなくて俺は意識を手放した。
◆
——ピピピ。電子音に意識が覚醒する。
瞼を開けると、そこにあったのは見慣れぬ天井……なんともありきたりだが、本当にそう思ったのだから仕方ない。
でも、見知らぬというわけじゃないのだ。それには、かなり覚えがあった。
気を失う前の苦しさはまるでない。ただ寝不足特有の気だるさだけは感じる。
何が起きたのだろう——そんなことを考える暇は与えられなかった。
「ちょっとなにしてんの、アンタはっ!」
怒鳴り声と共に扉が開いた。慌てて身体を起こすと、侵入者の姿がばっちり目に入った。
まごうことなく俺の
いやそもそも、なぜ母さんがいるんだ。ここはいったい——
「入学早々遅刻なんて洒落にならないでしょ!」
「……は、ちょ、何言って。俺はとっくに入学とかそういうのとは縁が――」
「なに、わけわかんないことごちゃごちゃ言ってんの! 早く支度なさい!」
バタン——扉が気の毒になるくらい激しい勢いで閉まる。続いて、怒り満載に階段を降りていく音。
「な、なにがどうなってるんだ……」
取り残されて、困惑しながら視線を巡らす。
俺の部屋——実家の俺の部屋だ。もう誰も使ってないはずなのに、生活感に溢れている。
何よりもまず気になったのは、カーテンレールにかかったピカピカの制服。それは人生最後の学校の制服だ。
「入学ってもしかして、高校のかよっ————」
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