第二章8【半年間】
「シュウ君、遅いですねー」
「もうすぐ来るんじゃないかな?」
「ったく、早くしなさいよね」
翌日、ヴァイグルの入り口でアイリス、トビアス、ルカの3人はシュウを待っていた。彼がパーティー加入のため、拠点を魔の森から都市内に移すため荷物を取ってくると言い、森に行ってしまったのだ。
トビアス達は皆で行くことを提案したのだが、洞窟までの道に慣れていないトビアス達と行くよりも独りで行った方が早いと断れてしまっていたりする。
「あ、シュウの奴、やっときたわよ」
「しかもあの猫ちゃんを抱えてますよ、可愛いですねー」
ようやく現れ、森の方から走ってきているシュウは猫を抱えていた。洞窟での一悶着の原因となった猫でもある。そんな猫はシュウの腕の中で気持ちよさそうに寝ているのだった。
「ちょっとシュウ、遅いわよ」
「こいつが見つからなかったんだ」
「こいつって、この猫ちゃんの事ですよね。この子の名前は何て言うんですか?」
「ヒスイだ」
「可愛いですねー。よろしくお願いします、ヒスイちゃん」
昨日の一件以来、シュウはトビアス達に対して、相変わらず口数は多くないが、基本的な会話は行うようになっていた。ルカと好きな物が一致したのがかなり大きかったらしい。
「それじゃあ、シュウ。まずは君の荷物を置きに行こうか」
「ああ」
* * * * *
「ここが、僕らが借りている宿だ」
「……大きいな」
「やっぱりそう思うよね」
「……そうですよね」
トビアス達に連れてこられたシュウは、彼らが借りている宿の前に立っていた。その宿は通常冒険者が使うような宿ではなく、貴族などの上流階級が宿泊する宿だ。
シュウはトビアスに連れられ、部屋まで案内される。
「シュウの部屋はここだね。動物も平気だから、ヒスイもここに泊まって大丈夫だよ」
「そんなに金はないぞ」
「お金のことは気にしないで、僕が皆の分を全部払うから」
「シュウ君、トビの家って、実は貴族なんですよ」
トビアスの本名はトビアス・エルゴンだ。家名は基本的に貴族や王族、商業や武勇で功績を上げた者達しか得ることができないものである。彼の家名であるエルゴンは王都にいる貴族の名である。トビアスはそこの次男であり、家を継ぐ必要もないのでこうして冒険者をやっている。
「家名といえばさ」
ルカが気付いたかのようにシュウの方を見ながら言う。
「さっき宿の受付で名前書いてたけど、シュウも家名持ちなのね」
「え、そうなんですか!?シュウ君も、もしかして貴族とかなの?」
「……いや、父親の冒険者としての功績らしい」
「……」
家名についての質問に静かに答えるシュウ。この時、トビアスは内心冷や汗ものだ。シュウの事情を知っている彼からすると、シュウに家族の事などを質問するのはかなり危険だ。彼の嫌な思い出に触れる可能性が高い。
しかし、そんなことは知らないルカとアイリスの2人は質問を続ける。
「シュウ君のお父さんも冒険者だったんですね」
「因みにどんな功績なのか知ってるの?」
「聞いたことはない」
非常に気まずい。トビアスとしては早くこの話題を終わらせたい限りだ。いつ彼女達がシュウに対して不用意な発言をするか分かったもんじゃない。彼女達に悪意がない事は彼もわかっているだろうが。流石にこれは、
「それじゃあ、今度父さんに功績について━」
「それじゃあ!僕がここの説明をするから!2人は一旦外で待っててもらえるかな!」
「え、別にここで私達も聞くけど━」
「まあまあ!気にしないで、僕達もすぐに行くから!宿の外で待ってて」
少し強引だったが、2人を部屋の外に追いやり扉を閉める。部屋に残ったのはトビアス、シュウ、ヒスイの2人に1匹だ。
「すまないね、シュウ。彼女達も悪気があったわけじゃないんだ」
「……気にするな」
「ああ、すまないね」
部屋の説明をして、荷物を置き部屋を出る。ヒスイは部屋で留守番だ。宿の人にヒスイがいることは伝えてあるので大丈夫だろう。
外に出ると、宿の前にある噴水に腰を掛けていたルカとアイリスがこちらに気付き近づいてくる。
「準備は終わったの?」
「うん、それじゃあ、ギルドに行こうか」
今日はパーティーが4人になってから初の依頼である。それだけでなく、昨日はやらなかったが、正式にギルドでやらなければいけないことがある。
* * * * *
「やっほー、アカリちゃん」
「あ、こんにちは、ルカさん。今日も元気そうですね」
「ふふん、まあね」
「こんにちは、昨日は訓練場を貸してもらってありがとうございました」
「トビアスさんとアイリスさんも、こんにちは。いえいえ、気になさらないでください。昨日は丁度空いている時間帯だったので」
ギルドに入り、受付に行くといつも通りアカリさんが対応してくれる。自分達に比べて、ヴァイグルでの冒険者生活が長いルカは、同性というのもあってアカリさんとは仲がいいらしい。
「それで、今日は何の御用ですか?依頼ってわけでもないですよね?」
依頼の紙も持たずに受付まで来たので不思議がっている様子だが、今日ギルドで最初にやることは、彼のランクアップだ。
「彼のランクアップをお願いしたいんですよ」
「ランクアップ?ですか?」
「……」
フードを被ったシュウが前に出る。彼女は彼が誰なのか分からないらしいが、シュウが着ているローブは認識阻害という光魔法が機能する魔導具らしい。
道理で昨日鍛冶屋の前で待っていた時に、見過ごしかけたわけだ。
「……お願いします」
「は、はい」
静かに一言伝え、ギルドカードを出すシュウ。それを受け取った彼女は目を大きく開き、暫く震え、
「ギ、ギ、ギルドマスター!!!アンさん!!!た、たい、たい、大変ですー!!!!」
大声を叫びながら奥へと走って行ってしまった。他のギルド職員だけでなく、冒険者もこちらに注目をしている。
暫くすると部屋の奥からアカリさんがギルドマスターのアンさんを連れてきた。アンさんはこちらにやってくると、険しい顔をしながらシュウを見つめている。
「……本当に、シュウ・ヴァイスか?」
「はい」
「ここで話すのは良くないな。こちらに来い」
周りから注目を浴びている今、ここで話すのは良くないと判断したのだろう。アンさんは奥の部屋に来ることを促す。彼女はそのままこちらを見やると、
「彼らは、君の仲間か?」
「一応、そうです」
一応という言葉にルカが反応しかけるが、静止する。彼は今でも人と関係性を近づけることを恐れているのかもしれない。
「彼らも、部屋に連れていくか?判断は君に任せる」
「……どちらでも、構いません」
「だ、そうだ。君達は来たいのなら来るがいい」
そう言ってアンさん、シュウ、アカリさんは奥に行ってしまった。自分はある程度の事は把握している。一方で、
「えーっと、どういう事ですか?」
「シュウが半年間行方不明なのは知ってたけど。流石に大袈裟じゃない?」
何も知らない2人は状況を呑み込めていないだろう。自分は2人の方を振り返る。
「部屋で話を聞くのなら、2人はシュウの一番触れてほしくない過去を知ることになる」
そう、これから部屋で話す内容は、彼が最も思い出したくない記憶だ。それこそ、人里で暮らすことすら止めるほどに心を塞ぎこんでしまうほどの。
「それでも、彼の心に踏み込む覚悟があるんだったら。彼は、僕達が来てもかまわないと言った。ルカとアイリスはどうする?」
これは軽く判断していい事じゃない、覚悟が必要なことだ。何せ僕らは、まだ知り合って日にちは殆ど経っていない。だから彼に深入りしなくたっていいはずだ。
「トビは、シュウ君の、その話について知ってるんですか?」
「うん、ちょっとしたことがきっかけでね」
「だったら、私達も知らないといけませんね。ね?ルカちゃん?」
優しく微笑みながらアイリスがルカに言う。
「そりゃね、私達はパーティーなんだから。英雄エルク達だって苦難を共にしたものよ!」
そういうルカも覚悟を決めたようだ。そんな2人を見て、自分はどこか安心していた。
「うん、2人ならそう言ってくれると信じてたよ」
「当然です」
「あったりまえだって!」
そうして自分達も受付の先にある部屋に入っていった。
* * * * *
自分達が通されたのは、ギルドマスターの部屋だった。そこでギルドマスターのアンさんは自分の椅子に座り、横にアカリさんが立っている。
シュウはアンさんの机の前にあるソファーに座り、自分達はシュウの後ろに立っているのだった。
「ここでなら、そのフードを外してもかまわんぞ」
「……」
「私は、このギルドの長だ。君の事情は把握している」
そう言われ、フードを取るシュウこちらからは見えないが、彼の黒い瞳に一瞬びくりとしたアカリさんだったが、すぐに表情を元に戻す。
以前言っていた彼に対しての謝罪は、もしやそういうことか。
一方で、シュウの瞳を初めて見たであろうアンさんは表情を変えず、シュウの事を見ている。
「君が、このギルドに来るのは、あの日以来か」
「……」
「あの日以降、何故ギルドに現れなかった?」
「……来る必要が、無かったからです」
シュウの解答に目を細めるアンさん。自分の中で、あの日が何を意味しているのか、おおよその予想はついていたが、ルカとアイリスは2人とも「あの日?」と呟いている。
「……エストの虐殺」
「っ!」
アンさんがそうつぶやくと、彼の背中が一瞬震えたような気がした。そのまま彼は無言でいる。
「そう私を睨むんじゃない。私ではなく、彼女が怖がるぞ」
彼女の後ろで、アカリさんが怖がっている。
「あの日、エスト村が襲撃された日。行商人がギルドに入って我々に助けを求めた。その直後、君はギルドを飛び出して、エスト村に向かった。そうだな?」
「……」
シュウは無言で頷く。横を見ると2人とも察しがついたのか表情が固まっている。
「あの事件は夜だった事もあり、我々は対応が遅れ、有志の冒険者と兵の招集に時間がかかった。そのため我々が村に到着した時には既に
「……」
無言でアンさんの話を聞き続けるシュウと自分達。これらの情報は報告書にも載っていなかったことだ。まさかシュウが、独りで村に向かっていたなんて。
「だが、君は我々よりも先に、故郷であったエスト村に到着したはずだ。そして君が今ここに生きているという事は、その時には魔族及び魔物は既にいなかったのか?」
「誰も、いなかった、その時にはもう遅かった」
「なるほど、君が村に到着した時、生存者はいたのか?」
「……いなかったよ、誰も。何度も叫んだ」
「村の中を確認はしたのか?」
「ああ、確認したよ。自分の家だって。でも、父さんも母さんも……誰も、いなかった」
「その後、我々が到着した時も同様に生存者だけでなく、魔族、魔物を発見できなかった。だが、君もだ。我々が到着した時、君は既にいなくなっていた」
「……」
「そのため、君はギルド内では行方不明扱いとなった。今日、この時までだ。半年もの間、君は何をしていた?」
「強くなるため修行を」
「何のためにだ?」
「皆の仇を討つため。魔族を殺すためだ。それが俺の、生き残った者の務めだ」
「……」
シュウの言葉を聞き目を閉じるアンさん。何を考えているのか分からないが。これで全てだろうか。彼はギルドを出てから、今日ここに来るまでの彼の動きを全て伝えた。だったらこれ以上、彼の辛い記憶を掘り返す必要はないはずだ。
「……生き残った者の務め、か。確か、私が君にそう言ったのだったな」
「……」
アンさんはそう言うと席を立ちあがった。
「情報提供感謝する。ギルドはいつでも君の味方だ。これからも精進するといい」
「……」
どうやら、これで終わりみたいだ。シュウもフードを被り席を立つ。こちらを振り向くが、相変わらず表情が分からない。皆で部屋を出ようとした時、アンさんがこちらを呼び止めた。
「一応聞いておくが、君の方から、何か質問はあるか?」
「……あの日」
質問の有無を問われ、シュウは静かに喋りだす。
「あの日は結局、どんなにギルドが急いでも、誰も助けられなかった。それでも、あんた達はもっと、早く動くべきだった。もしもまた俺の村みたいなことが起きた時、あんた達はすぐに動ける用意は、出来ているのか?」
「ああ、心配はいらない。今回の事件を受けて、半年前から女王に全権を委任されているユーリ第一皇子がそれぞれの都市に、魔族襲撃時に迅速に対応するための兵達を配備するようにしている」
「……それを聞いて、安心しました。失礼します」
そう言って部屋を後にするシュウに続いて、自分達も会釈をして、部屋を出たのだった。
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