第二章2【暫定Fランク冒険者】

「━━、そうか、わかったよ、シュウ」


「……」


 名前は知ることができたが、このまま再び黙られては色々と困る。まだ確認しなければいけないことがいくつかある。


 ようやく名乗った冒険者、シュウは名乗った後も黙々と盗賊の死体を漁っている。もしかしたら、金銭的に困っているのかもしれない。


「それで、報酬金を受け取った後、僕はどうやって君に渡せば?一緒にギルドに来るかい?」


「ボルクの鍛冶屋で待ってる」


「わかった、それじゃあ、また後で」


 いったんシュウと別れ、ヴァイグルに向かう。彼はまだ何かやることがあるのか、森の奥に行ってしまった。


 Cランク認定されている盗賊討伐の報酬金は結構多いため、山分けでも彼は十分な額を手に入れることができるだろう。


「でも僕は助けられた身だし、半分半分は彼に悪いよな」


 彼は山分けと言ったが、割合を変えるべきだ。自分は幸いにも金には困ってはいないので、後で確認してみることにしよう。


「……しかし、ボルクの鍛冶屋とは」


 ボルクの鍛冶屋。ヴァイグルの中でも有数の鍛冶屋だ。ただ鍛冶屋の店の名前でもあり、店主のボルグと言う名の鍛冶師が少々気難しいと聞いたことがある。なんでも一目見られただけで、「お前に売るもんはない」だとか言われた冒険者がいたらしく、その冒険者はその事をギルドで大層文句を言っていた。


 シュウはあんなに不愛想なのに大丈夫なのだろうか。


「でも、悪い人ではなさそうなんだよな」


 助けてくれたのもあるが、それに関しては相手が賞金首の盗賊だったからという可能性も十分に考えられる。もしも自分が苦戦していたのが魔物だったら、見捨てられていたのかもしれない。


 だが彼は自分を助け、回復薬と解毒薬を渡してくれた。しかも助けた側なのに報酬金の提案は山分けだ。どうしてもシュウは悪い人には見えなかった。それに、


「僕の瞳で見ても、悪意は無かったんだよな。まあ良くも悪くもって感じだったけど」


 自分には《感受の瞳》という加護が宿っていて、相手の感情をぼんやりと色で見ることができる。無闇に使うことはしないが、今回はシュウが新手の盗賊である可能性も考慮して、一応加護を発動させたのだ。


「無色透明に近い薄い白、こちら側に興味関心無し、か」


 加護で確認した結果、殆ど無色に近いほどの希薄な色だった。これは相手に対して興味が無いことが示されている。そのため彼は自分を敵とも、味方とも思っていないはずなのだが、


「それでも回復薬と解毒薬を渡してきた」


 興味はないが、回復の為の薬は渡す。何とも矛盾した行動。彼の事が良く分からなくなってきた。


「おぉ、トビアス、依頼は終わったのか?」


「色々あったけど無事に終了しましたよ」


「色々?」


「まあ、色々」


 今あった出来事を考えていたら、ヴァイグルに到着した。門の警護をしている兵士に話しかけられたが、本当に色々あった。ただの採取依頼のつもりだったのが。


 通りを歩いて冒険者ギルドへと向かう。まだここにきてから数ヶ月だが、ヴァイグルにも住み慣れたものだ。王都と違って、騒がしい街だが、冒険者や商人の活気に溢れている良い街だ。


「よし、それじゃあ、報告をしないとな」


 冒険者ギルドに到着し、受付に向かう。受付ではいつものようにアカリさんが笑顔で仕事をしている。元気な人だ。


「あ、トビアスさん、お帰りなさい。無事に依頼は終了しましたか?」


「はい、こちらが依頼通り採取してきたものです」


 彼女は渡した袋の中身を確認する。魔力回復薬などはギルドが販売をしていたりもするが、最も大きい販売元は魔導商店だ。魔導商店は組合に属しており、その組合が基本的にギルドに依頼を出す形で関係が成り立っているらしい。

 

 魔導商店では回復薬だけでなく、魔札や魔導具も売っているので、冒険者だけでなく、市民にとっても欠かせない。


「はい、必要量のマナキノコを確認しましたので、これで依頼達成となります」


「それとですね、加えて盗賊討伐の報告もしたいんですけど」


「え?盗賊ですか?」


「はい、掲示板に貼られていた盗賊に偶然遭遇しまして。それで、」


 盗賊の装備から取ってきた印を提出する。それを見るとアカリさんは、どうやら驚いたようで、


「これCランク認定されていた魔の森の盗賊ですよね?一人で怪我もなく討伐しただなんて、流石トビアスさんですね!」


 少々興奮したように言う彼女に、トビアスは内心で「まあ、こうなるよね」と考える。


 このように誤解され、実力を見誤れると後々面倒なことになりかねない。だから正しい報告が必要だというものだ。


「違いますよ。僕は一人で討伐したわけじゃありません」


「え?でもトビアスさんは独りで依頼に向かいましたよね?」


「はい、それで盗賊との戦闘中、他の冒険者に助けてもらいまして。彼と2人で盗賊達を討伐しました」


「凄い偶然ですね」


「そうですね」


 シュウとの出会いは本当に幸運だった。彼があそこを通りかからなければ、自分は間違いなく盗賊達に殺されていたのだから。


「それで、その冒険者は何という方ですか?」


「シュウって名前らしいんですけど、僕はギルドで見たことが無くて、アカリさんは何か━、」


 彼女に目を向けたが、思わず言葉が止まってしまった。彼女の表情は固まっており、その茶色い瞳は驚愕で見開いている。


「えーっと、どうかしたんですか?その、彼の事、シュウの事を知ってるんですか?」


「━━、あっ、失礼しました!シュウ、さんですか。はい、知ってます。その、彼はフードで顔を隠した冒険者でしたか?」


「はい、そうでしたね。彼はヴァイグルの冒険者ですか?」


「ヴァイグルというよりかは……、一応、私がここで以前、彼と、彼の友達の冒険者登録を担当しました、から」


 なんだか歯切れが悪く、言いづらそうにしているアカリさん。シュウは何かここのギルドで問題を起こしたりでもしたのだろうか。


「一応?どういうことです?」


 一応、冒険者とは何とも言えない表現方法だ。自分が彼をここで一度も見たことが無い事と何か関係が、


「シュウさんは、約半年前から、このギルド内では、その……行方不明扱いになってまして」


「行方不明?」


 静かに頷くアカリ。トビアスとしては意味が解らなかった。


 ヴァイグルの冒険者だが、ここ半年の間、行方不明だった。だがシュウは森の中にいた。てっきり依頼を受けて森の中にいたのだと思っていたが。しかもあの実力、


「それで、シュウのランクは?」


「一応ですが、現状はFランクです」


「……は?Fランク?」


 あの実力で、シュウは冒険者としては最低のFランクだと言うのか。知れば知る程に、彼の事が良く分からなくなってくる。


「でも、彼の実力は相当の物でしたよ?現にCランクの盗賊を討伐したわけですし」


「その、シュウさんの場合、暫定がFランクなだけで、半年前の時点でCランクへのランクアップが、実は決定してるんですけど、」


「彼の行方が分からず、ギルドにも現れなかった。だから手続きを行えていない?」


「……はい、そうです」


 半年もの間、ヴァイグルのギルドの方で目撃証言を得られなかったという事は。まさか殆どの時間をヴァイグルの外。まさか魔の森で過ごしていたのか。


「……彼に何かあったんですか?」


「……ギルド規則として、冒険者の詳しい個人情報を第三者にはお伝え出来ません」


 続けて謝罪をするが、彼女は悪くない。ギルドとしては冒険者の情報を、他人に渡すのが罰則対象なのは当たり前だ。彼女としても心苦しいだろう。

 この辺りは本人に聞くしかない。答えてくれるとは思えないが。


「じゃあ、盗賊討伐の報酬金をお願いします。2つにお袋に入れて、割合は6対4で」


「はい、承りました」


 報酬金を用意するアカリさん。割合を半分にしなかったが、当然だ。自分はシュウに助けられたし、彼は3人の盗賊を倒した。比べてこちらは2人だ。彼の方が多くの報酬を貰う権利がある。


「こちらになります」


「ありがとうございます」


 これで後は、袋を持って鍛冶屋に向かうだけだ。そこで彼と合流して、


「そうだ、アカリさん」


「はい、なんでしょうか?」


「彼に……シュウに何かギルドからの伝言はありますか?」


「えーっと……ギルドは貴方のお帰りをお待ちしております、と伝えといてください」


「はい、わかりました」


「あ!あと、これは個人的な伝言なのですが……以前、冒険者登録の時は申し訳なかった、このようにお願いします」


「わかりました」


 お礼を言ってきた彼女に礼で返す。彼女とシュウの間に何があったかも、彼の身に何があったのかも分からないが、取り敢えずは助けてもらったお礼をしよう。話はその後だ。


「行方不明か」


 彼はどこで、どのように過ごしていたのだろう。まさか本当に、魔の森の中で過ごしていたとでもいうのか。

それに加えて、


「半年前か、まさかね」


 考えても分からないことだらけだ。取り敢えずはボルクの鍛冶屋に向かうとしよう。




 * * * * *




 「ここが、ボルクの鍛冶屋か」


 トビアスは通りを歩き、現在鍛冶屋の前に立っていた。別に早く入ってしまえばいいのだが、この鍛冶屋に対して彼は何故だか圧を感じていた。


「なんか、異様な雰囲気を感じるんだよな」


 商業都市ヴァイグルの大通りという最高の場所に位置しているにも関わらず、他の店と違って煌びやかさの欠片も無い。もし仮に、これが王都だとしたら、住民から「品が崩れる」だの「王都にふさわしい外見をしろ」と言った苦情が来る程だ。


「でも、良い評判は聞く、同じくらい悪いのも聞くけど」


 店主に難癖を付けられたらどうなるのかという不安はあるが、ここで立ち止まっていても仕方がない。シュウに集合場所として指定されたのだから行かなくては。


 トビアスは無駄に覚悟を決めて鍛冶屋へと入る。


「ごめんくださーい、シュウはいます━━、」


「おい、シュウ!てめぇは、毎回毎回!装備をボロボロにして来るのは止めろって何回言ったら分かるんだよ!!!」


「これでも、十分戦えてますよ」


「だとしてもだ!もう少し装備の調整をする頻度を!増やせってことだよ!!!」


「大丈夫ですよ、ボルグさんの装備を信頼してますから」


「かーっ!!!褒めても何もでねーぞ!!!何時の間にか、こんなに生意気になりやがって!!!ヴァンの野郎に似てきたじゃねーか!!!」


「ははは、ありがとうございます」


「……」


 店に入った瞬間、凄まじい怒号が飛び交ってる。正確には飛び交っていなくて、片方の老人の声がとんでもなく大きいだけなのだが。あの大声で叫んでいるのが店主のボルグだろうか。

 だが、それよりも驚いたのは、


「……これは」


 森の中では、何を言っても最低限の事しか言わず、ほとんど無言を貫いていた冒険者。シュウが普通に会話をしている。自分はてっきり、彼は誰に対しても無口なのだと思っていたが、そうではないようだ。

 今はそこに驚いている場合じゃない。


「あ、あのー、すいませーん」


「あぁ???誰だ、おめーさんは!!!何か用か???」

 

 本当に声が大きい人だ。それに店に入ってきた人に対して「何か用か」と言ってくるとは。悪い評判の理由が少しわかった気がする。


「こんにちは、僕はトビアスと言います。シュウに用があって、」


「なるほどな!!!てめぇが、シュウの言っていた冒険者か!!!よく来たな!!!」


「……」


 大声で話すボルグさんに、顔は見えないが無言でこちらを見てくるシュウ。この空間が気まずい。取り敢えず、このボルグさんがどんな人なのかを《感受の瞳》で、


「━━、おい、お前、トビアスって言ったな」


「は、はい」


 突然先程までとは打って変わって、静かな声で話しかけられ、ドキリとする。自分は一体何かをしたのだろうか。


「その瞳を止めな」


「……は?」


「その他人の内側を除くような、気味の悪い瞳を止めろって言ってんだよ」


「……」


 それはトビアスにとって初めての経験。彼の加護を知っている人は、彼の反応を見て加護を使用したかどうかを察することができる人はいる。彼の仲間などがそうだ。

 それでも、初対面の人に加護の事を、瞳の事を言及されるのは、彼にとって初めての事だった。


「お前が、かなり良い奴だってのはよく分かる。だがな、そうやってこっちを見るのは、ちょいと失礼じゃねーか?」


「……はい、すいません」


 違う。この老人、ボルグさんは加護の事を言ってるのではなかった。ただ自分が、他人の内情を勝手に知ろうとしているのが気に障ったのか。

 何という人だ。一目でそこまで見抜いてくるとは。


 トビアスは理解した。噂にあった「一目見ただけで店を追い払われた」というのはこの事だ。この人は相手の瞳をみれば、相手がどのような人間の良し悪しを理解できる。それで自分が作った物を装備するのに値するかどうかを見極めていたという事か。


「……はっはっは!!!まあ気にすんな!とは言え、てめぇが信頼できるやつだってのは良く分かったからな!!!」


「は、はい。失礼しました」


 こちらの気も知らずに、先程までの大きな声で笑い始めるボルグさん。気難しいというよりは本当に元気な人だ。


「良かったじゃねーか、シュウ!!!良い仲間を見つけたみたいだな!!!」


「……別に仲間じゃないですよ」


「はっはっは!!!よく言うぜ!!!」


「……」


 この人との会話についていくにはもう少し慣れが必要だなと感じるトビアスだった。

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