第91話 エピローグ
バシュミル大森林深部にて。
無名仙人は一人、バシュミル大森林の奥深くにいた。彼は探していた魔獣を見つけると素早く息の根を止める。
「無益な殺生……すまぬ。お主に罪は無いが……『火遁・紅蓮』」
燃え盛る炎で死体はあっという間に灰と骨になった。
「だが、お主を見逃せば儂のこれまでの殺生も意味がない。いや、殺生に意味などないのだ。詭弁じゃな」
手を合わせ念仏を唱える無名仙人の後には魔獣の骨が山のように積まれていた。
「これで、奴が眷属にした魔獣は全て殺した。やつが自然に復活するまで千年は安泰じゃろうて……儂の仕事は終わった。あとは千年後の英雄に委ねるとしよう……」
◆
迷宮都市タラス。
俺達は無事に迷宮都市タラスに帰還することができた。
ルカは魔力枯渇と、今まで自身の魔力をサポートしていた義手を失ったことで、かなりのダメージを受け意識は戻らなかった。
セバスティアーナさんは、ルカの失われた義手の代わりを探して屋敷の倉庫に保管されていた初期型の義手を彼女に装着させた。
数日間、俺達は交代でルカの看病をした。
…………。
さらに数日経ち、ルカは目を覚ました。
「ふう、なんじゃ、セバスちゃん。お主も死んでしまったのか。まったく、お主まで死ぬことはなかろうに、まったく可愛い奴じゃのう」
「ルカ様こそ。悪運強く生きてます。相変わらず殺しても死なない人です。私は、私は…………」
ルカに抱き着くセバスティアーナさん。
初めて見た、あんなに感情を露わにして泣く彼女を初めて見た。
「……カイル、二人っきりにしましょう」
俺はシャルロットに促され屋敷の外に出た。
「ねえ、カイル。あの時、最後に使った魔法、あれって極大魔法の最終章でしょ? なにがあったの?」
「俺が使った魔法は極大神聖魔法。最終戦争、最終章、第一幕『英雄王の帰還』だった。
あの時、俺の魂は深淵に繋がったんだ。不思議だろ? 今までまったくその片鱗はなかったというのに」
「……それは違うわね。
今にして思えば貴方のヘイストの異常な進化に疑問を持つべきだった。ヘイストの上位魔法が極大神聖魔法『英雄王の帰還』だったのだから。
で、発動条件はなんだったの? 今までの魔法使いでは習得できなかった『英雄王の帰還』、何かはっきりした条件があるはずよ」
「うーん、条件って程の事でもなかったかな……」
「うそよ! 英雄王は平民だった少年が冒険の末にお姫様を助ける。そして姫から祝福を得て英雄になる。そして幸せな結婚って王道のストーリーがあるのよ? ……まあ、本の話だけどね」
「なるほど、なら、発動条件は満たしているのかな。でもそれは前借な気がするんだけど……ただ、確かなことがある」
「え? なに?」
「約束したろ? シャルロット……結婚しよう。その、あれだ、俺は英雄王では無いけど、その、何ていうか、その、好きだ。愛してる。シャルロットと二人でこの先も幸せに暮らしていけたらって……」
「馬鹿……、私はずっと待ってたのに、今ここで言っちゃうの? ムードってものが……あっ!」
俺はシャルロット手を握る。シャルロットは一瞬驚いたが、俺の目を見て言う。
「幸せに暮らしていけたら……って。だめよ、幸せになるんでしょ? 二人で努力して、あんたも私も!」
口論はすぐに終わる。
見つめ合う二人。
そして唇と唇が重なる。
「うーん、いいのう、ドラマのクライマックスじゃ。おい、セバスちゃん、お主もやることがあるだろうが? ノイマンにさっさと返事をせんか!
今時珍しいぞ? どんなに冷たくあしらわれても、あんなに一途な男はおらん。ストーカー気質であろうと10年続けば大したものじゃ。それにお主、なんやかんやで奴が嫌いではないのだろう?
よく考えよ。キモイといってもそれはお主への愛情表現の一つじゃ。それにやつはこの国の宰相。スペックは完璧じゃろうが。……それに、吾輩が生きてるうちに孫娘でも見せてくれると嬉しいぞい?」
「……娘限定ですか」
「当たり前じゃ! 吾輩はな、初めてセバスちゃんを見たときに衝撃が走ったのだ。やはり女の子は良い。……うん? だが男の娘でもありかもしれんな……。ショタセバスちゃん……うん、ありかもしれん」
◆
迷宮都市タラスには相変わらず、いつもの時間が流れる。
スタンピード程の事件はおこらないが、魔物は相変わらず襲ってくる日常。
冒険者の仕事は無くなることはない。
俺達が夫婦になってもそれは変らないのだ。だが一つ変ったことがあった。
事件というほどではないが、スタンピード事件の時に逃げ出したタラス総督は、宰相ノイマンの働きかけで直ぐに逮捕されたようだ。
ルカは代理総督であったが、タラスの住民や騎士に冒険者達の支持が厚く、代わりの総督はなかなか見つからなかった。
ここは辺境ではあるがカルルク帝国の最北端の重要な拠点である。
帝国は人選に悩んだ。
だが、じきに帝国首都ベラサグンから新たな総督が赴任してきた。
新しいタラス総督は、ルカの屋敷に訪れてきた。
俺達は総督を出迎える。
総督らしく立派な馬車だ。
隙のない実力のある騎士たちが馬車を囲っている。
その馬車から数人の従者が出てくる。そして最後に新総督のお目見えだ……あれ? 見覚えがある。
「やあ、皆さん、お久しぶりだね。ベヒモスを倒した貴殿らの活躍に皇帝陛下もよろこんでいるよ」
「あなたは! ノイマンさん?」
――ルカの屋敷の応接室にて。
「いやぁ、このたびタラス総督に就任した、元帝国宰相のノイマンだ。よろしく頼むよ。……ところで、私の女神、セバスティアーナ殿はどちらに?」
セバスティアーナさんはティーカップの乗ったトレイを落とした。
あのセバスティアーナさんが取り乱すとは。いや、ストーカー嫌いはまだ治っていないのか?
「カイル、ここは私達で処理しましょう。セバスティアーナさんは総督様の対応をお願いできますかしら、うふふ」
シャルロット、急におばさんみたいな態度。でもセバスティアーナさんは調子がよくないようだ。
彼女は働きづめだ、俺としては休んでほしい。だから俺は言った。
「割れた食器は俺達が片づけますので、セバスティアーナさんは少し休憩を。いてて! なんだよ、シャルロット」
「馬鹿ね、いい感じなのよ。それが分からないの? 分からないならもう喋らないで!」
酷いことを言われた。
ルカは応接室にてタラス総督としての全権委任状にサインすると、ふうっと溜息を着いた。
「政治は精神的に疲れるのう。お主が来てくれなかったら吾輩はどうなっていたか」
ルカは引継ぎ内容を手早く話す。早すぎて俺には理解できない。
だがノイマンさんは、ルカの早口を途中で止め。確認しながらメモを取る。
そのメモを後にいた部下に渡していた。
数時間で引継ぎは終わる。
そして雑談に入った。
当然、俺とシャルロットは結婚したとノイマンさんに話した。
「なんと! それはめでたいですな。しかし、お二人は結婚式はまだだと? それはいけませんね。それは良くありません。
カイル殿の育ての親、今はエフタル共和国の建設大臣でしたな、彼らもご招待してグプタで結婚式を上げようではないですか。
あそこにはいい宿もありますし、ビーチもあります。新婚旅行としては最高じゃないですか? 私もあの場所には縁がありましてな! ぜひ同行させていただきたく」
「おう、ノイマンよ。お主はタラス総督に赴任したばかりじゃろうが。どの面でまたグプタにいくつもりじゃ?」
「いいえ、私の目的はラブレターの返事に来ただけです。それに私ごときが一人いなくなっただけで政治ができないのは問題です。ですから、若いが優秀な部下を数名連れてきております、政治は彼らがいれば問題ないでしょう」
いまいち歯切れの悪いセバスティアーナさんが口を開く。
「……私はラブレターを貴方に書いた覚えは有りません。勘違いです。ただ「貴方は本当に私が好きなのですか? 愛しているのですか? 私はもういい歳ですよ? 跡継ぎはできないかもしれません。それでもいいのですか?」と書いただけです」
「いいんです! それに貴女様は年齢を気にしておられるご様子。私ごときでは時間は止められません。ならば今すぐにと私は皇帝陛下に辞表を叩きつけたのです! 私は本気です!」
そして、ノイマンさんは立ち上がり、セバスティアーナさんの前に行くと跪いた。
本物の貴族の所作をみた。
背筋が延びていて、普段のノイマンさんからは考えられないほどの気品を感じた。
「セバスティアーナ殿。私と結婚しては貰えないでしょうか? 私は貴女を幸せにするだけの器量を持っているつもりです。
……私には武力はありません。ですが、それ以外の力は付けてきたつもりです。私にチャンスを与えてください」
沈黙が周りを包み込む。
そして、セバスティアーナは彼の手を取った。
「はい。私の負けです。私の様なふつつか者でよければ。……ですが、裏切ったら許しませんよ? 他の女性に浮気をしたら容赦なく殺しますよ? 私は嫉妬深いですから」
「はい! 他の女性には興味はありません。これだけは断言できます。私は貴方だけを愛すると」
…………。
「ねえ、カイル……。あんたは失格よ。私、今みたいなプロポーズをしてほしかった……」
「おい、なんてことをいうんだ。俺だってやり直したいと思ってるんだからな!」
「うふふ、だからよ。ノイマンさんのお言葉に甘えてグプタにいって結婚式をしましょう。
あんたもそれまでに誓いの言葉を練習しなさい? それにエフタルのおじ様たちや、ベアトリクスさん。グプタの盟主様たちの前で恥ずかしくないセリフを考えなさいよ!」
「愛してる……じゃ、だめなのか?」
「馬鹿! ……それはいいけど、それだけじゃないでしょ? その……、もう! グプタに着くまでには勉強しなさいな!」
こうして、俺達は再び港町グプタまで旅だったのだ。
今度は逃げるためではない、将来を誓うための旅だ。
終わり。
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