第88話 敵討ち⑩

 二十番の魔剣はベヒモスの高い魔法防御力を誇る皮膚や筋肉を切り裂き、そして奴の頭部を支える頑強な頸椎を断つ。


 首は胴体から離れ地面に落ちた。

 そして胴体の部分はゆっくりと前かがみに崩れるように倒れた。


 先程までベヒモスの咆哮と激しい攻防戦で騒がしかった森に静寂がおとずれる。 

 シャルロットが俺の側まで来ると右手を上げる。


「やったわね!」

 俺も右手を上げる。

「ああ、やったな!」

 そしてハイタッチを交わす。


「ふ、ついに、やりおったわい。セバスちゃんよ、大丈夫かのう?」


 ルカは、セバスティアーナの両腕にグレーターヒールを唱えると、セバスティアーナは治った腕を回しながら答える。


「ありがとうございます。私では奴の一撃を回避するには修行不足でした。しかし……ついに敵討ちが終わりましたね。あの二人を見ていると、彼らを思い出してしまいます」


「ああ、そうじゃな。そういえば、ドイルとカレンも戦いが終わると、ああやってハイタッチをしておったのう、吾輩達もやってみようかのう?」


「やめてくださいよ。ところで、いつまでその『盗撮眼鏡』を掛けてるつもりですか? 戦闘中は我慢していましたが、いい加減外してくれませんか?」


「おう、そうじゃった。さてと見納めに若い二人のあられもない姿でも……おい、セバスちゃんよ。魔獣とは首が飛んでも心臓は動いている生き物か?」


「いいえ、首を切断して生きてる生き物を私は知りません。……! まさか!」


「おい! お前達そこから離れろ! やつは生きている!」


 ルカが俺達に叫ぶ。

 俺とシャルロットは一瞬のことで何の話か理解できなかった。


 だが、次の瞬間。


 首を落としたはずのベヒモスの前腕がものすごい勢いで俺達に襲い掛かってきた。

 間に合わない! くそ、油断した。


「ちっ! もう二度と友を見殺しにしてなるものか『グレーターテレポーテーション』!」


 一瞬で目の前にはルカが立っていた。そしてルカは左手を前に伸ばし何重にも張り巡らされたマジックシールドを展開するが……。


 グレーターテレポーテーションの同時発動によって魔力が分散されたのだろう。


 ルカの左腕は指先から肩までの全てが粉々に吹き飛んでしまった。


「シャルロット! 撤退だ!」


 俺は急いでルカを抱えながらヘイストで後方に下がる。


 まずい、ルカの口からは血が溢れていた。

「シャルロット、急いで回復魔法を! くそ、俺が油断したばっかりに。ルカ様の腕が……」

 

「……ふ、安心するがいい。吾輩の左腕は肩から指先まで全部義手じゃ。だが衝撃であばらが数本いってしまったかのう。……だが、今回はお主らを守れてよかったわい。後は頼んだぞ……」


 気を失うルカ。まさか回復が間に合わなかった?

 俺は回復魔法を掛けているシャルロットを見る。


「安心して、生きてるわ。でも魔力枯渇でしばらくは意識は戻らない。それよりも今はあいつよ! なんなのよ! まだ生きてるっていうの?」


 くそ、だとしたら作戦は失敗だ。俺達の決めたルールに従うなら俺とシャルロットは今すぐ逃げなければならない。


 ……だけど、それなら逃げるべきはルカとセバスティアーナさんのはずだった。

 俺達は完全に油断してた、今頃は俺達が死んでいた。だけどルカはルールを破って俺達を助けた。


 だから、俺達だって一回はルールを破っても問題ない。

 ごめんシャルロット。俺はお前を巻き込んでしまう……


 俺の表情から全て察したのかシャルロットは答える。


「馬鹿ね、私は構わないわよ。それに、そのルールは私は嫌いよ? あんたが了承したから仕方なく従っただけよ」


 ありがとう。


 俺は力いっぱい魔剣に力を込める。

 目の前の首のないベヒモスはやみくもに周囲に前腕を振り回している。

 ベヒモスの爪は周囲の木々をまるで雑草を刈るかのようになぎ倒していった。


 理性はない、そして何も見えていない。


 ならば!


「モガミ流忍術・表、一の太刀『牙』!」


 俺は、魔剣を水平に構え暴れるベヒモスに向かって一直線に突進した。

 狙うは奴の心臓。

 頭と心臓を破壊しても、なお生きていたなら、潔く諦めるさ。

 だが、それは後の話だ。今は全身全霊を捧げた一撃を奴にくらわせるのみだ!


 だが、次の瞬間、奴は動きを止めた。

 そして二本足で立つ、両腕を広げ俺を羽交い絞めにするつもりだ。


 ――! しまった!


 こいつは理性がある。頭がない事と無作為な攻撃に騙されていた。

 最初に気付くべきだった。こいつは最初の攻撃の時点で俺とシャルロットを狙って攻撃をしていたことを。


 負けだ、だが。諦める物か、俺が先かお前が先か。俺の本気の一撃を舐めるな!

 

 俺はヘイストの魔法を重ね掛けしてさらに加速する。

 もう俺にも制御できない。どうにでもなれ。


 奴は広げた両腕を今、まさに俺に叩きつけようとしていた。

 ごめん、やっぱり無理だよな。 


 ……だが直立したベヒモスはその状態で動きを止めた。


「やはり二本足で立つと影縫いは効くようですね。いくら力で地面を引き抜こうとも。バランスの悪い二本足では踏ん張りが聞かないでしょう?

 それに、私の『影縫い・二式』は根が深いですよ? あの師匠すら解くことはできませんでしたから。さあ、カイル様、全力の一撃をお願いします!」


「うおおおお!」


 魔剣はベヒモスの胸筋を貫き肋骨を粉砕し、そして心臓を貫く。

 俺は再びヘイストを唱える。


 ベヒモスを狩るために作られた二十番の魔剣。機械魔剣『ベヒモス』はついに、奴の心臓を粉砕し、その切っ先は背中にまで突き抜けた。

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