第84話 敵討ち⑥

 セバスティアーナさんの放った『発勁』をもろに喰らった無名仙人はその場に倒れた。

 ……殺してしまったんじゃないだろうか。


 あまりにも大きな音にテントにいたシャルロットとルカが出てくる。


「ものすごい音がしたけど、……お爺さんだいじょうぶかしら?」


 シャルロットが倒れている無名仙人に近づくがセバスティアーナさんが止める。


「シャルロット様。気を付けてください。近づくとお尻を触られますよ? こちらは終わりましたのでお二人は安心して続きをどうぞ」


 シャルロットの足元に延びていた無名仙人の腕をセバスティアーナさんが容赦なく踏み付けた。


「ひっ! じゃ、じゃあ後は任せるわ」


 シャルロットとルカは再びテントに戻る。


「ち、久しぶりにダメージを受けてしまったから、若いみずみずしい果実に癒されようと思ったのにのう」


「やはり意識はありましたね。発勁を当てたはずなのに手ごたえがありませんでしたから。……ところで師匠、私はどうでしたか?」


 無名仙人は何事もなかったように起き上がると服に着いた土を払っていた。


「剣術、体術は不合格。だがお主の忍法は認めよう。特にお主の影縫いは儂でも逃れることができなかった」


「ありがとうございます。で、師匠はこれからどうされますか?」


「ふむ、別にどうもせん、儂はこのまま去るとする」


「待ってください。俺にも修行を付けてくれませんか?」


 俺は思わず言った。

 師匠はセバスティアーナさんだし、彼女の教えに何の不満もない。

 だがあんな戦いを見せられたら、どうしても我慢できなかった。


「少年、お主の師はセバスティアーナであろう? 何故に儂に聞く」


「師匠、私からもお願いしますよ。正直なところ私ではこれ以上カイル様の役に立てそうもありませんし」


「ふむ、まあよかろう。かかってこい。お主の腕をみてやろう、構わん本気でかかってこい!」


 そう言うと、ノダチを俺に渡す。


 俺はノダチを握り、少し距離を取る。


「ではいきます」


 俺は深呼吸をする。

 そして魔力を高める。


「ヘイスト!」


 身体能力を高めて一気に距離を詰める。


「セバスティアーナよ、お主の刀を一本借りるぞ」


 そういうと、足元に刺さっていた『ダブルコダチ』を一本抜き取る。


 俺の上段からの渾身の一撃は軽くいなされてしまった。


「ふむ、今の攻撃はなかなか良い、一撃に込めた剣の重さは合格点。儂でも正面から受け止めることは出来んじゃろう」


 俺はもう一度下段から斬り上げる。しかし無名仙人は体を捻りなんなくかわす。

 そして、刀の裏側で俺の腕を叩いた。鈍い痛みを感じたが、怪我はなかった。手加減してくれているのだろう。


「その攻撃は駄目じゃな。一撃目に比べてスピードも力も半分以下じゃ、その攻撃をするくらいならさっさと距離をとって次の攻撃に集中せよ」


 数分が経った。

 俺は全力の攻撃を繰り返し無名仙人に放つが、全ていなされた。

 ついには魔力が尽きてしまい俺はその場に跪いてしまった。


「さてと、大体お主の状況がわかったわい。

 小手先の技術はセバスティアーナが上。だが一撃の鋭さ、重さに関してはお主が上のようじゃな。

 ……まあ、あとは経験しかないじゃろうな。たしかにセバスティアーナにはもう教えることが無いのは理解した。

 それにしても、お主の魔法。ヘイストじゃったか? あれは速度のみを上げる魔法じゃろう? それにしては随分とおかしな点があるが……」


「はい、俺のヘイストはレベルが高いらしく。筋力などの身体能力も強化できるみたいです」


「うん? それは本当にヘイストか? もっと上位の魔法に思えるが……まあよいわ。


 儂からのアドバイスは、そうじゃな。

 お主は一撃を徹底的に磨け。

 お主のヘイストと最も相性のいい戦法であろう。

 今のやり方は間違っておらんて。


 そして、格上と戦う場合は二撃目は諦めよ。失敗したらすぐに離脱。そういった戦いがお主に向いておる。


 あとはそうじゃな、味方についての理解を深めることか。

 お主の相棒は魔法使いのお嬢ちゃんじゃろ? 相棒の使える魔法は全て理解せよ。そうすれば自然とお主の出来ることも増えるだろうて。

 むしろ、今から優先するはそっちじゃな。剣の腕は数日では延びんし過度な修行は無駄に疲れるだけじゃろう。

 ……そんなところかのう。無事生き残ることを期待しておるぞ?」


「はい、ありがとうございました。大師匠」


 俺は無名仙人に深々とお辞儀をするとテントに向かう。

 シャルロットとルカもやることを終えたのか外に出てきた。


「おお、お主らも終わったところか。吾輩達もちょうど終わったところじゃ。少年にお嬢ちゃんをお返ししよう」


 シャルロットは魔力を使い果たしたと言っているが意識を失ってはいない。魔法使いとして上のレベルに到達したみたいだ。


「シャルロット、魔法について話があるけど、いいかな?」


「ええ、いいわよ。何について聞きたいのかしら」


「そうだな、シャルロットが使える極大魔法について詳しく聞いておきたいんだ。そうだ、せっかくだしあの本を持ってこよう」


 俺はカバンにしまってあった本『美しき戯曲魔法』を取り出すとテントの明かりをつける。


「無名仙人からのアドバイスで、俺は相棒についてもっと理解しろって言われたんだ。今日からは剣の修行はほどほどにするよ。

 シャルロットには悪いけどしばらくは俺の魔法の先生になってくれないか?」


「もちろん構わないわ、でもその本は嫌いよ。……でも、せっかくあんたが魔法に興味を持ってくれたんだから付き合ってあげるわ――」


 テントの外。


「おい、迷惑系ジジイよ、お主にしては気が利くではないか。

 あの二人ときたら、進展したかと思ったらまた後退するを繰り返しておってな。なかなかにもどかしいところがあったのじゃ」


「ふん、ババアめ、お前に言われるまでもない、儂はいつだって若者の味方じゃ」


「ふーん。エロジジイは若い女にしか興味はないかと思っておったぞ?」


「それは変らんさ、まあ、無事に生きておればまた会うこともあろう。

 セバスティアーナよ、お主は免許皆伝じゃ。だが気をつけよ、これ以上の力を求めるならお主は人の道を外れることになろう。

 その道は孤独じゃぞ? まだ人並の幸せが欲しいと思っているならば、その辺はよく考えておけよ? お主もギリギリの年齢じゃしな。

 ではさらばじゃ」


 こうして無名仙人は姿を消した。


「師匠もそれを言いますか。……まったく」

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