第64話 目的地へ②
よし出発だ。
目指すはカルルク帝国の最北端、迷宮都市タラス。俺達の旅の最終目的地。
街を出て街道沿いに北に進む。目の前には大きな山脈が見える。
山々にはまだ積もった雪があるが、穏やかな陽光が射し込んでいる。
前方に広がる風景は所々に雪解けの光景が広がっている。氷が解け、小川が流れ、緑の芽生えが見られる。
俺達はまだ少し残る雪の上を歩く。周囲には解けた雪が水たまりとなり、春の花々が咲き誇っている。
「ねえ、カイル。その手紙には何が書いてあるのかしら?」
「さあな、でも皇帝陛下の親書だろ? それを受け取らずに送り返すとは随分だと思うんだけど、セバスティアーナさんは何が書いてあるか分かりますか?」
「さあ? まあ、大体予想は着きます。迷宮都市タラスの総督になってほしいか、あるいは首都で要職に着くか、でしょうか?」
「そんなの俺が受け取って良かったのですか?」
「私からは何も言えません。それはルカ様しだいです。案外お二方から薦められれば承諾するかもしれませんし。今の引きこもりも治るかもしれません。まあ、最終的にルカ様が判断すれば良いのですから」
「ふーん、まあ気持ちは分からなくないかも。敷かれたレールの上を歩くなんて人生の損失だし。今の私は自分の足で歩いてる。今ほど幸せだと思ったことはないわよ」
「シャルロット様はさすがですね。そのお歳でルカ様よりもしっかりした考えをお持ちです。しかしルカ様は……ただ怠惰なだけです。自分の好きな研究以外は何もしたくないと常々おっしゃっているのですから」
「私だって、そんなに大したものじゃないわよ……。ねえ、セバスティアーナさん。ところでこの七番の魔剣って正式には何ていうのかしら? まさか『ダーリ……』ではないだろうし」
「ああ、陛下が言い淀んだのはですね。名前とそれが造られた理由が恥ずかしいのですよ。その名も、七番の魔剣。魅惑の短剣『ダーリンアタック』と言います」
ぶふっ。俺は吹き出しそうになった。
あの皇帝陛下が? そんなへんてこな魔剣をルカ・レスレクシオンに造ってもらったのか?
「なにそれ、名前からしていかがわしいイメージしかわかないわ」
シャルロットは身に着けていた魔剣を取り外そうとする。
「安心してください。本当に効果は体力魔力の回復ですから。それに発動後はしばらくは自己治癒力が上がるという効果もあります。
なぜそんな名前なのか、詳しく知りませんが恥ずかしいエピソードらしいので迷宮都市タラスについたらルカ様に聞くとしましょう」
「ええ、楽しみね。あの皇帝陛下の恥ずかしい過去、気になるわ」
やはり女性陣はゴシップが好きなようだ。いや、正直俺も、あの清楚なイメージの皇帝陛下の若かりし頃のエピソードが気になっている。
時は過ぎ、いつの間にか山脈の手前まで来ていた。
久しぶりに野宿だ。俺はキッチンカーを道からそれた雪解け水が流れる小さな川沿いに止める。
しかし、考えてみたら俺は女性二人と同じテントで寝泊まりするんだよな。前は自然にできたのに久しぶりだとドキドキしてしまう。
だが気にしてるのは俺だけだ。
この気持ちがばれたら茶化されるに決まってるんだ。平常心だ。
女性陣は今日の献立の話をしている。
「さて、夕食の準備をしましょうか。キッチンカーには保存の効きにくい生肉などが冷蔵庫に入っています。これは今日食べてしまいましょう。
残りは全て火をとおせば三日くらいは持つでしょうし。
シャルロット様は何が食べたいですか?」
「ステーキがいい! あ、久しぶりに串焼きもいいかも! 香辛料を効かせたやつ。肉料理なら何でもいいわ」
「はい、承りました。では今日はフェルガナの名物料理、肉の串焼きにしましょうか」
「やったー!」
親子か! いや年齢的には全然おかしくないけど。
まあ、おかげで煩悩は吹き飛んだ。
俺は速やかにテントを組み立てテーブルや食器の準備をした。もちろん肉のカットなどは手伝った。
シャルロットは薪拾いをしている。串焼きなら直火で焼かないと意味がないと言ってたからだ。
たしかにあの香ばしさはコンロの火では無理だろう。
肉に鉄串を刺す。そしてつぶした香辛料をまぶして準備完了だ。
火の準備はばっちりだ。シャルロットは料理以外なら完璧なのだ。
最初は大きく炎を上げていたが半分以上が炭になり、安定した火力のバーベキューコンロが出来ていた。
…………。
肉が焼ける音、脂が滴り、煙が上がる。いい匂いがあたり一面に広がる。
「もう待ちきれないわ。これ焼けた? 一口食べてみてよ」
シャルロットは俺に串を差し出す。俺は一口肉を食べる。表面はこんがりと焼けており、噛むと脂のうま味が口に広がる。程よく香辛料が効いてピリッとした辛みがアクセントになって。
「旨い! もう焼けてる」
俺がそう言うとシャルロットは自分の口に串を持っていきパクパクと食べだした。
「あらあら、目の前で堂々と「あーん」からの関節キッスとか……熱々ですわね、私はお邪魔でしたでしょうか?」
セバスティアーナさんはお皿に盛られた葉っぱを持ってきてテーブルに乗せると俺達を見ながら言った。
「ふぇ? お肉は熱々ですよ? セバスティアーナさんも早く食べてください。美味しいですよ?」
「うふふ、大好物の前では色気よりも食い気……ということですかね、カイル様も大変ですね」
「何が言いたいんですか、って、セバスティアーナさん、そのお皿の葉っぱは何ですか?」
「これですか? これはグリーンローブといいまして。食べれる野草ですよ。先程、小川のほとりに生えていたので摘み取っておいたんですよ。
肉と一緒に食べるととても美味しい野草です。こうして一枚広げて肉に巻いて食べるとシャキシャキとした食感が楽しめますよ」
「へえ、おいしそうね、私も試してみる」
なるほど、野草か。レンジャー講習でも食べれる野草は習ったけど、難しくて一年やそこらじゃとても無理だと思って諦めたんだったな。
なんせ、食べれる野草と食べちゃいけない野草の見分けが付かなかったからだ。
野草は下手をしたら死ぬほどの猛毒のやつもあるし。そこまでして草を食べるのかと当時の俺はあきらめたのだ。
だが、言われたとおりにこのグリーンローブを肉に巻いて食べるとシャキシャキとした食感に加え、絶妙な苦味とみずみずしさ、そして爽やかな香りが肉の脂のしつこさを和らげ。
なんていうか、旨い。
「お二人ともお気に召したようでなによりです。ちなみに肉では取れない栄養もあります、美容にも最適なんですよ? まあ、若いシャルロット様には無縁でしょうが、うらやましい限りです」
「え? 私は逆にセバスティアーナさんがうらやましいわ。全然若く見えますけどおいくつなんですか?」
「うふふ、さて、まだまだグリーンローブはありますのでたくさん召し上がってくださいね」
「あ、はい……カイル、ほらもっと肉を焼きなさいって。もうなくなっちゃったじゃない」
夜は更けていった。
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