第2話 魔法学院

 エフタル王国、王立魔法学院。


 王都サマルカンドにある王国唯一の魔法使いの為の教育機関。

 将来を約束された者が通う名門中の名門だ。遅刻などもってのほか。


 だが俺は先ほどのごたごたで遅刻寸前だ。

 いや鐘が鳴ったということは実質遅刻なのだが。


 間に合え。先生次第だ。


 俺の最強魔法『ヘイスト』の真価はここで発揮するのだ。

 走る、走る。後ろからはシャルロットの声が聞こえるが関係ない。


 そうだ、彼女は遅刻しても関係ない。実力的にはいつでも卒業できるのだ。

 だが、俺は違う。

「先生、すいません、遅刻しました」


「ああ、ラングレン君、見ていたよ。まだ教科書を開いていないから君はセーフだ。席に着きなさい」


 ふう、セーフか。


 少し遅れてシャルロットが教室に入ってきた。

「シャルロット・レーヴァテイン。遅刻だ。あえて言うが少しは自重してくれないと学院としても困るのだが。

 名誉を掛けた決闘は悪くない。が、やりすぎると良くない前例を生み出してしまうのだ。

 何かあったら決闘。これでは貴族としての品位が低下してしまう。君は将来は伯爵家の復権を目指しているのだろう?

 おっと、今は授業中だった。君は放課後残るように。学院長から話があるそうです」


「はい、すみませんでした。先生」


 普段は先生にも突っかかっていく気概があるシャルロットではあったが。

 家の話となると急にしおらしくなる。


 遅刻したからとかそういうのは日常茶飯事で意にも返さない態度の彼女だが家の話だけは別のようだ。 

 複雑な事情があると、同級生達からはなんとなく聞いたことがある。


 俺としては貴族のお家騒動に突っ込みたくないから深くは知らないし、俺にとってはろくなことにならないのは明白だ。


 しかし、今年で最後か。

 俺は平民だからと貴族の会話にかかわる事を避けてきたが、卒業後は俺も貴族の端くれになる。


 もう少し真剣に将来を考えないとな。


 三年ともなれば魔法の才能の優劣には結論がでている。


 これから変れるとしたら座学である。つまり教養が高ければまだ社交界でもやっていけるのだ。


 幸い、平民にしては俺の使える中級魔法のヘイストはレアな魔法の一つだ。


 それに身体能力向上の魔法は俺と相性がいい。

 だが強いのかというと先程の決闘でお察しではあるが……。


 まあ、ようは使い方だ。

 平民出身者としては中級魔法の一つ持っていれば万々歳である。


 後は、貴族社会に溶け込めるように友達作りといったところか。

 俺には知り合いはいても親友というほどの友達はいないしな。


 性格が合わないのだ。

 貴族だって生まれながらに性格が悪いということではないはず。


 育った環境がそうなんだろう。平民だって似たようなものだ。

 皆、自身の環境を受け入れた結果ああいう性格に育つのだろう。


「やあ、ラングレン君、あの飛び級お嬢様にまたコテンパンにやられたようだね、見てたよ」


 こいつもその一人だ。

「ラルフ・ローレンか、見てたんなら助けてくれよ」


 ラルフ・ローレン。

 彼はローレン伯爵家の長男。入学した時から俺に突っかかってくる貴族だ。


 別に友達ではない、住む世界が違うしな、いやでも友達と言えばそうかもしれない。

 彼は基本的に僕を見下してはいるが、それでも決闘騒ぎにはならずに会話は成立している。

 そうだな、親しい学友というやつかな。

 身分を考えればそうなるのだろう、彼も別に俺を極端に嫌っているわけでもない。


「いやいや、前にも言っただろう。僕は年下のレディに手を出すほどの野蛮人ではないのさ」


 さわやかに言ってはいるが、嘘だね。

 お前は相手の身分で自分の立ち回りをコロコロ変える奴だ。


 シャルロットもいずれ伯爵家の当主になる。自分と同じ身分に、それに魔力は彼女の方が断然上だ。

 自分の将来を天秤にかけてまで、平民である俺を助けるリスクは取れない。

 俺もそれくらいは分かるから文句は言わない。いや文句くらいは言わせてもらう、それで許している。


 窓から外を見ると広場に馬車が止まっている。そこから数人がかりで何か大きな箱を運んでいる。

 学院長もそこにいた。

 数人がかりで木箱を開けると、中から……楽器ケースだろうか。大きさからして、チェロでも入っているんだろうか。

 俺は音楽には詳しくないけどそのケースはそれだけでも高そうだ。

 どんな素晴らしい楽器が入っているんだろうか。


 こういうのはラルフ君が詳しいだろう。

 俺は彼に聞いた。

 

「なあ、ラルフ、あれってなんだろう。誰か楽器でも買ったのだろうか?」


 ラルフもそれを見ると、「ああ、あれね」となにか知ったような感じで話を続けた。

「僕も詳しくないけど、学院長殿が最近オークションで購入したというアート作品だって話だ。

 なんだっけルカ・レスレクシオン最後の名作、いや迷作かな」


「迷作ね。それなら俺も知ってるよ、魔剣だろう? とても大きく重い、誰も持てない剣。しかも魔法機械とミスリル、魔石をこれでもかと使った、贅沢な逸品」


「その通り! その造形美、まさしくアートだ。あのルカ・レスレクシオンが機能美を捨てて完全なアート作品を作ったんだ。

 しかも現在、彼女の行方はわからないという、まさに謎が謎を呼んで値段が吊り上がってね」


 ラルフは饒舌に語ったかと思ったら、すぐに溜息をつく。

 

「はぁ、そんな逸品をまさか学院長が落札するとはね。いくら学院長とはいっても大富豪という訳ではない。

 僕はそこに胡散臭い金の動きがあると思ってね。僕が卒業するまで汚職で捕まるなんてことしないでほしいな、僕の恩師が犯罪者なんて一族の恥だ」


「それは同意だな。しかし魔剣か……ルカ・レスレクシオンの最後の魔剣と言えば二十番の魔剣……名前はなんだっけ」


「おいおいラングレン君。君はもう少しアートを学ぶべきだよ。

 二十番の魔剣、機械魔剣『ベヒモス』これはレスレクシオン卿が最後の遠征で敗北したベヒモスにちなんで名付けられたんだよ。

 奴を倒すためにと、復讐から生まれた魔剣。


 うーん、美しいじゃないか。でも結局レスレクシオン卿は頭がおかしくなってどこかへ旅立ってしまったという。まさに悲劇の作品。


 いいかい? 貴族社会はね。こうしたアートに対する教養は必要不可欠だ。特に男子たるもの、こうした教養の一つでもないとモテないぞ?

 ここは一つ僕がアート史について特別に講義を――」


 おっと、始まった。これは面倒くさくなりそうだ。

「悪いなラルフ君、今からバイトなんだ。俺みたいな苦学生は忙しいんでね、じゃあな!」


「おい! またそうやって逃げる、僕を軽く見てるだろ? いつか痛い目をみるぞ」


 とか言ってるが俺はこいつにいじめられたことはない。

 うるさいけど決闘騒動は一度もない。どちらかというとシャルロットの方が暴力的だ、こいつは、その後の冷やかし話で突っかかってくる手合いだ。

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