2-02  九里賀谷問答

 沢城歌恋と別れてしばらく。

 俺はようやく生徒会室までやってきていた。


「失礼します」

「あら先輩、お久しぶりですね」


 最低限の礼節を弁え室内に入ると生徒会長である九里賀谷桐花が俺を出迎える。

 彼女とは編入前のあの日以来、会うのはこれで二度目となる。


「思ったよりも予定時間より早かったですね」

「ダメだったか?」

「いえ問題ありません。ただ少しお待ちいただく形にはなると思いますが」

「座っても?」

「ええどうぞ」


 生徒会長の許可をもらい来客用の椅子に腰掛ける。

 そうする中で軽く生徒会室の中を見渡す。


 下請けとはいえ魔術特区の全権を担う生徒会の本拠地というだけあって

 さぞや豪華絢爛な装飾でも施されているのだろうと思ったがどうやら

 そういう訳ではないらしく――――むしろ並の生徒会室よりも簡素な

 造りなのではないかという印象を受ける。


「生徒会室、イメージと違いましたか?」

「あぁ。なんというか意外と庶民的なんだな」

「ここに来る生徒はみんな同じようなことを言います。

 もっと広くてオシャレな所かと思ったとか」

「どうしてそうしないんだ?」

「必要ないからですよ。そんな予算と時間があるなら他に回した方が効率的です」

「なるほどな」


 俺が入室した後も一度も手を休めることもなく、

 現在進行形で雑談しながらもテーブルの上の大量の書類を選別し驚異的な

 事務作業をこなしている人間が言うと説得力がまるで違う。


「生徒会の仕事か?」

「はい」

「かなり量があるな」

「これでもまだ少ない方ですよ。多い時はこの三倍はあります」


 とテーブルに置かれた大量の紙の書類を目の前にこともなげに告げる彼女は、

 凄まじいスピードで書類に目を通し署名や捺印を施していく。


「それちゃんと読めているのか?」

「勿論ですよ。じゃないとハンコの意味がありませんから

 ――――はい終わりました」


 確認を終えた書類が仕分け箱を一杯にしたのを機に「ふぅ」と一息。


「さてお待たせして申し訳ありませんでした先輩」

「急いでないし俺は構わないよ」

「そうはいきません。折角先輩とお話しできる機会なんですから

 一秒たりとも無駄にはできません」


 そう言うと彼女は棚上に置かれたティーセットを手に取り紅茶を入れ始める。


「紅茶好きなのか?」

「はい。昔からよく飲んでいたもので」


 桐花はテキパキとお湯で温めたポットの中に茶葉を入れると蓋をして数分蒸らし、

 同じくお湯で温めたカップに蒸らした紅茶を注いでいく。


「どうぞ」

「ありがとう」


 差し出されたカップを持って一口。

 飲んだ瞬間に爽やかな香りが鼻腔を突き抜け、その後に優し気な風味が

 口一杯に充満し程よい後味を残していく。


「どうですか? 姉の淹れたものと比べると不出来であれど、

 味は保証できると思うのですが?」

「うん、とても美味しいよ」

「本当ですか?」

「ああ」

「ふふっ、それは何よりですね」


 紅茶を誉められたことがそれほど嬉しかったのか、

 桐花はニッコリとした屈託のない満面の笑みを浮かべる。


「それで桐花、今日来た要件なんだが」

「はいもちろんちゃんと伺っていますよ。風紀委員会の仮入隊の件ですよね?」

「そうだ」

「聞きましたよ。あの魔導師科の遠乃緋音さんの推薦だとか」


 彼女もまた自身で淹れた紅茶を口へと含む。


「編入一ヶ月でもう人脈を獲得するとは流石は先輩ですね」

「運が良かっただけだよ」


「それよりも風紀委員会への仮入隊をするには一定の役職以上の者の推薦と

 面談が必要になる。これがその面談と考えていいんだよな?」

「そういうことになりますね」


「ただ面談というのは只の形式的な話になりますので、基本的に推薦状さえあれば

 仮入隊自体は誰でもできます」

「じゃあ何故わざわざ俺を生徒会室へ呼び出したんだ?」

「一つは私が先輩とお話ししたかったから」

「…………」

「そんな警戒しないでください。これでも純粋にお話がしたいだけなんですから。

 それに私の立場上、こうでもしないと中々会ってお話もできませんからね」


 それについては職権乱用だろという突っ込みがあるものの、多忙な身の彼女の

 ことを考えるとそういう思考になるのもまぁ、特段におかしなことではない

 のかもしれない。


「そんなに俺と話がしたいなら偶になら付き合ってやってもいいぞ」

「本当ですか?」

「ああ。あくまで偶にだがな」

「それでも構いません。私としては願ってもない申し出です」

「…………」


「一応聞くがどうしてそんなに俺に興味を抱くんだ?

 何か特別な事情でもあるのか?」

「いえ別にそういうつもりではなく――――なんというかその、上手く言語化

 できないのですが、人として匂いが近いんだと思います」

「匂いが近い?」

「はい。もう少し具体的に言うなら似た感性を持つ者同士というところでしょうか」

「…………悪いが、君と俺とではそこまで似ていないと思うのだが」

「そうかもしれませんね。だけどそれを証明する為にも私は貴方を知りたいと

 思うのです」

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