おまけエピソード《緋音を見捨てる選択肢》
《公園内で斬裂魔との戦闘後――――司が緋音を助けなかった場合》
『どうしたハイド7? 移動するなら今の内だぞ。斬裂魔を置いて
その場から離脱しろ』
「――――あぁ」
俺は目の前で倒れこんでいる斬裂魔である遠乃緋音を静かに抱きかかえると、
近くの木の根元にできるだけ優しく凭れかけさせる。
その際、彼女のほつれた長い髪をそっと肩に掛けなおすと
月明かりに照らされた白い柔肌が露となるのを見て、俺は歯を食い占める。
『追手が茂みに入ったぞ。急げよハイド7』
「分かっている!」
無意識的に語気が強くなり、情報屋を怒鳴るようにしてその場から距離を取る。
「おい、人が倒れてるぞ!」
「この服装。まさか斬裂魔か!? 急ぎ本部に連絡だ!」
草葉の陰から追ってきた風紀委員会により遠乃緋音が確保されたのを確認し、
奴らの警戒が途切れた瞬間にそっと移動を開始する。
「こちらB-2、公園内西エリアの茂みの中で斬裂魔らしき人物を確保。
至急人を送ってくれ」
風紀委員会の無線のやり取りを最後に俺は人知れず公園内を抜け、
事前に想定していた脱出ポイントから無事に離脱。
どうやらあの場にいた人物で遠乃緋音以外には、誰も俺の存在には気が付いては
いないらしかった。
「はぁはぁ、ここまでくればもう大丈夫だろう」
遠乃先輩をその場に残し公園内から脱出した後。
俺は住宅街にある人気の無い路地で「ふぅ」っと息を搗く。
先程の状況から鑑みてそろそろ先輩の身柄が捜索隊の本隊に抑えられた頃合い。
一連の事件である犯人である斬裂魔が捕まったのだからもう俺を追いかける
者はいない。
「(これでよかったんだよな…………)」
そう思ったのも束の間――――突如として背後から声が聞こえてきた。
「――――あら、貴方は斬裂魔ではないのですか?」
「ッ!?」
その声に俺は咄嗟に振り返るとその場から飛び退き、その人物から距離を取る。
「なっ…………」
そして俺はその人物を月光の元に確認し絶句した。
「不思議なものですね。斬裂魔の通報があった公園内から出てきたのが
まさか別人だなんて」
続けて女は冷たく、そしてどこまでも深く沈むような色のない瞳で
こちらを射抜き見る。
「でもそのような異様な恰好をしている人をみすみす見逃しては生徒会の沽券に
関わりますよね」
さらりとした美しい髪を掻き上げる女性。
生徒会、学生会長、九里賀谷桐花は続けて告げる。
「さぁ見知らぬ人よ。よろしければ私と談じてはいただけませんか?」
「…………」
想定外に次ぐ想定外の事態に思わず全身の血の気が引いていくのが分かり、
じっとりとした嫌な汗が全身から吹き出し徐々に呼吸が浅くなっていく。
一体何が自分をそうさせるのか逡巡するも答えはすぐに出た。
それは相手があの九里賀谷桐花だからである。
ジャキッと俺は今しがた風紀委員から奪い取ったライオット銃を構える。
「――――対話はお嫌いですか?」
しかし彼女はそんな状況に対しても一切怯むような様子はなく、
ただただ粛々と言葉を続ける。
「(大丈夫だ、落ち着け俺。相手は未だ無防備…………それにこの距離感だ。
滅多なことでは間合いを奪われることはない!!)」
「(それに俺は彼女の使用魔術を事前に知っている。対し俺の方は強化魔術とは別に
もう一つ、学園側に露見していない魔術がある。魔術師同士の戦いにおいてそれは
圧倒的なアドバンテージになるはずだ)」
「反応はなし……ですか。やはり私は人を警戒させてしまうようですね」
そういうと彼女は心底ガッカリといったように両の肩をすくめる。
それがこちらに対しての油断を誘う為のものなのかは判らないが、
少なくとも接敵して即戦闘というような雰囲気は感じられない。
ビューッと春風が夜道に流れ二人の間の空気を一新する。
するとそれを機に九里賀谷桐花は一歩、また一歩とまるで銃を警戒していない
のか警戒に歩を進める。
「止まるんだ」
「いいえ止まりません。打ちたければどうぞご随意に、私は抵抗致しません」
ゴクリと自分の呑んだ唾が首筋を通り頭に響く。
現在の俺は既に全身に強化魔術を張り巡らせている状態であり、
もう一つの魔術もいつでも発動できるように意識している。
その状態の俺は術式の副次的効果により集中力が格段に上がり、
恐怖心も薄れている…………はずなのだが。
どういうワケか彼女のその言動に僅かに指先が震え、上手く力が伝達しない。
だが当然、彼女はこちらの心中を察し汲み取るようなことはせず、
その歩みを止めることはない。
「クッ――――!」
そんな彼女の行為に対し俺は今の今まで感じていた雑念を取り払い、
一思いに躊躇なく引き金を引いた。
しかし次の瞬間、俺の手に握られていた銃から弾が発射されることはなく。
瞬きほどの一瞬、意識が途切れ…………気が付けば俺は体勢を崩し地面に
片膝をついていた。
「(――――ッなにが……!?)」
突然のことにすぐさま思考を回そうとするも直後、視界がグニャリと曲がり、
平衡感覚を喪失した脳では直近の出来事を思い出すことはできず狼狽する。
ただそれと同時に胸の中から感じる不快な吐き気と共に押し寄せる
耳鳴りによってそれが脳震盪であることは心ともなく理解できていた。
「ただの手品ですよ。それもほんのちょっとした特技程度の簡単なものです」
「ッ――――」
そう、ニヒルな笑顔を得意げに語る彼女。
その笑顔は嘲りや嘲笑でもなければ、ましてや慈愛でもない。
ただ純粋な悪意のない笑顔――――。
その顔はまるで子供が見ず知らずの相手に歩み寄るときに浮かべる
優しげな表情を思わせる。
「クソッ!」
意識が途切れそうなのを精神力だけで無理やり踏みとどまらせ、
再度彼女に向け銃を構える。
バァン、バァン!
今度の発砲は向こうにとっての虚を突けたこともあってか、事前に防がれるような
ことはなく、放たれた弾丸は多少のブレはあれど真っ直ぐに九里賀谷桐花に向けて
弾け飛ぶ。
だが――――直後に弾丸は別の物体により弾けあらぬ方向へと軌道を曲げる。
「(は?)」
言を俟たずともなくそれは九里賀谷桐花の魔術によるもの。
冷静に考えれば彼女の魔術ならば現実的にできない芸当ではない。
しかしこと実践において先手を取られ、彼女の射程距離内において
圧倒的技量を見せつけられた今。
精神的揺さぶりは十分に効果を発揮する。
「どうですか? 少しはお話をしてくれる気になりましたか?」
「…………ッ」
こちらとしてはこの場に置いて話すことは一切ない。
当たり前だが、歩み寄りも現時点では候補にすらなりえない愚策行為。
ここは当然、逃げるが最善手であることに変わりはない。
俺は銃を捨て得意の近接格闘術に持ち込もうと踏み出す。
「それは――――些か無謀ではありませんか?」
自分としてはそれは何も無謀な策略ではなく、十分に称賛のある、
もしくは逃げるだけの隙を相手に作れると踏んでの行為だったわけだが、
どうやら彼女にとってそれは蛮勇にも似た行為だったようで。
「ガァ……ッ」
瞬間、俺の視界は再びブラックアウトし、その光景を最後に俺は意識を失った。
◇
その後、俺は生徒会に捕まったことで任務に失敗。
それを契機として魔力対策室は別の方法での機密情報の確保に路線を変更し、
俺は組織から名実ともに除籍処分を受けた。
そして俺の身柄は生徒会から母体組織であるマギアテックスに移送される
こととなった現在。
生徒会保有の拘置所で俺の元に一人の人物が現れた。
『生きているかハイド7』
その声は今や懐かしささえ感じられる情報屋の声であった。
本来であれば危険を承知で姿を現した奴に対し驚嘆といった態度を取ってやる
ところだが。
既に長期間にわたる尋問と任務失敗という罪に対し、俺は心身ともに疲弊し
そんな軽快なやり取りすらできずになっていた。
「なんのようだ?」
そんな俺に対し、情報屋は何か言いたげに押し黙る。
『すまなかったハイド7。私があの時、学生会長の動きに気付けていれば
こんなことには…………』
「――――お前が謝ることはない。あれは、あそこで即座に逃げるという選択を
取れなかった俺のミスだ。それに俺は元よりお前を信用していなかった。
どちらにせよ遅かれ早かれこうなっていただろうな」
『…………』
その言葉に情報屋は拳を強く握り締める。
顔を隠している為、奴が今どういった表情でそうしているのかは
伺い知れないが、なんとなくこの現状を惜しんでくれていることだけは
理解できた。
『残念だよ、ハイド7』
すると奴は徐に懐から何かを取り出しそれを格子内に投げ入れる。
それは小さなカプセル状の錠剤であった。
「…………助かる」
情報屋はその言葉を聞き終えると一人、闇の中へと消えていく。
それを見届けた俺はそっとその投げ込まれたカプセルを手に取り、
躊躇うことなくそれを服用した。
――――おまけバッドエンド完――――
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