1-11 初めての実践
斬裂魔を発見したその直後。
俺は相手に自身の気配を気取られたことを悟り、草むらから姿を現した。
「まさかこちらの存在に気付かれるとは思わなかった」
「…………」
ガサガサという草木が擦れる音と共に姿を現した俺に対し、
奴は特段反応を示すことなく、ただ静かにこちらを見据えていた。
恐らく風紀委員会ではない第三者を相手に警戒しているのだろう。
「察しの通り、俺は風紀委員会ではない。ただかといってお前の味方と
いうわけではない」
「…………」
その言葉に斬裂魔は分厚いフードに隠れされた首を分かり易くかしげてみせる。
「あーつまりだな、俺はお前を捕まえに来た人間ってことだ」
「…………」
すると斬裂魔は静かに持っていた日本刀の切っ先をこちらへと向け戦闘態勢を
取り始める。当然こちらとしても端から説得してどうこうしようというつもり
はなく、俺としてもその方が何かと都合がいい。
「(やるか)」
俺もまた術式を発動し近接戦闘の構えを取る。
と同時に斬裂魔がその場から走り出す。
逃げるというよりは場所を変えるというように俺と着かず離れずの距離を
保ちつつ、先程とは別の開けた場所へと移動する。
そして――――
「――――!?」
街灯すら届かない公園奥のエリアへと足を踏み入れた瞬間、
奴の切っ先が俺の服を掠める。
その振りはまさしく訓練された人間のそれであり、奴の足運びや体捌きは
並の人間のものではなかった。
「(あっぶねッ!)」
あと半歩、俺の踏み込みが一呼吸でも早ければ、今の一撃で決着がついていた
かもしれない。そう思うと俺は思わず奴から距離を取ってしまっていた。
近接戦闘時、長物を使う敵に対し距離を取るというのは愚策の他になにもの
でもない。しかし無暗に相手の間合いに踏み込めばいいというものでもない
のは確かで――――互いに力量差がそれほどないことを加味すると、
以前の不良との決闘のようなへまをすれば確実に負けるのは目に見えていた。
「(まさか生徒会以外にこれほどの実力者がこの特区内にいるとは驚きだ。
だが任務の為、コイツはここで仕留める他に道はない)」
「いくぞ」
「――――!」
再び斬裂魔の狂刃が俺を捉える。
しかし相手の武器は本物の日本刀ではない。
日本刀をモデルにした魔道具。
仕組みとしては使い手の魔力を流すことで刀に切れ味を持たせているに過ぎず、
本体の性能としては切れ味は皆無。
ならばこそ強化した俺の身体と戦闘服の防御力も合わせれば受け止めることも
可能である。
「ふんッ」
俺は左腕を使い振り下ろされた刃を受け止める。
力強く重い衝撃が腕へと伝わるが、戦闘服や腕は斬れてはいない。
多少の痛みはあれどこの程度なら問題がなく、俺の魔術を知らない相手ならば
驚きもする。かくいう奴もまた須臾の気後れが生じているに違いない。
その一瞬、それだけが俺の狙いである。
「(無影流、一線ッ!)」
直後、斬裂魔の懐に入り込んだ俺は右足を踏み込ませ、自身の使う武術
『無影流』の最速技である右手拳による突き技を放つ。
直撃――――確かな重みと衝撃により斬裂魔の身体は宙へと投げ出される。
が、当たったのは奴の身体ではなく日本刀の柄の部分。
奴は俺が技を放つ僅かな時の中で、偶然か俺の攻撃を間一髪で防いでいた。
しかし強化された俺の打撃は強力であり、その衝撃は例えガードしたとしても
本人へと伝わる。加えて意識外からの素早い動きに思考が追い付かず、
どれだけ訓練した人間でも受け身を取ることさえままならない。
現に斬裂魔もまたその例に漏れず背後の木に勢いよく背中を強打させる。
「グハッ」
並の人間ならそれで勝負あり。
風紀委員の中でもこの衝撃に耐えられる者はそう多くないだろう。
だが相手は今なお生徒会から逃れる特区内屈指の犯罪者。
油断も慢心もあってはならない。
「(故にこそ、今度こそ最速で片をつけるッ!)」
ダッ――――と俺は踏み込んだ足の力をそのまま利用し、数メートル先にいる
奴に接近。立ち上がり三度刀を振ろうとする動きを先読みし徒手空拳による
制圧を試みる。
吹き飛んだ先が林の中ということもあり、奴は思うように刀を振るうことが
叶わず、こちらの手数の多さに徐々に圧倒されていく。
「うっ!」
「(ここだな、無影流――――
「うごッ…………」
奴の手元と襟元に連続の打撃を打ち込み体勢を崩すと俺はここぞとばかりに
相手の鳩尾に目掛け回し蹴りを決める。
今度は流石の奴といえもガードする余裕はなく、今日一番の呻き声と共に
ガサガサと音を立て段差となった地面を転がり落ちる。
足場の悪い中、俺も咄嗟に追撃を試みようと段差を滑り落り奴の様態を
確認する。だが、その心配は杞憂に終わることとなる。
「気を失っているのか?」
どうやら段差の途中にあった岩に頭をぶつけたらしく、持っていた武器は
遠くへと投げ飛ばされ、奴は痛みに悶えることなくその場に倒れこんでいる
様子だった。
「呼吸は……まだしているな、死んではいない」
俺は気絶したままの斬裂魔を抱え起こすと呼吸と心拍を確認する。
するとその時、何処からともなく爽やかな風が木々の間から流れ込み、
斬裂魔のローブを揺らす。そしてそれに伴い雲間から白々しい程に
眩しい月明かりが顔を出し二人を照らし始める。
「は?」
その影響により先程まで分厚い布に覆われ影になっていた斬裂魔の顔が
露となった。が、予想外なことにその人物は俺のよく知る人物であったことで
俺は言葉を失った。
「――――なぜ貴方がここに」
それは俺のよく知る憧れの先輩、遠乃緋音その人であった――――。
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